顎変形症とは、さまざまな原因により顎の骨の形態や位置、顎間関係に異常が生じ、口の中や顎顔面に機能障害や審美障害*をきたした状態をいいます。いわゆる「受け口」や「出っ歯」のほとんどはこの顎変形症に該当します。一方、進行性下顎頭吸収は下顎の関節が徐々に減少していく進行性の病気で、厚生労働省が難治性疾患としての研究班を組織していました。これらの症状の場合、検査結果に基づき歯科矯正治療や手術治療などを検討します。国立国際医療研究センター病院では、CT検査、レントゲン検査などの一般的な検査に加え、レーザー3次元解析による立体的な画像の診断も行うことで、治療前の変形具合や治療後の経過をより具体的に把握しています。
今回は国立国際医療研究センター病院 歯科・口腔外科診療科長の丸岡 豊先生に顎変形症や進行性下顎頭吸収に対する検査と治療についてお話しいただきました。
審美障害……歯並びの乱れや顔の変形など容貌に関する障害
顎変形症とは、顎の形状や大きさのアンバランスによって歯の咬み合わせが悪くなる症状で、咀嚼や会話に支障が出たり、顎関節に異常が出たりすることがあります。
特に顎の変形は特徴的で、一般的に「受け口」「出っ歯」といわれる状態などは、顎変形症の代表的な状態であるといえます。これらの症状のほとんどは生まれつきのもので、成長し永久歯が生えそろう頃に、目立ち始めることが多いです。
また、口唇口蓋裂という唇や上顎に変形が生じる先天的(生まれつき)な疾患では、治療を行う過程で上顎の成長不全が起こるため、上顎後退症になってしまうことが多いです。
変形の度合いが大きい時は仮骨延長法*を用いて徐々に顎骨の位置を動かす方法をとることもあります。
顎変形症は、その症状が悪化することで直接的に命に関わる、というようなことはありません。しかし、治療によって咬み合わせを整えると、食事や発音をしやすくなり、顎の筋肉や関節にかかる負担も減らせます。そして咬み合わせを整えた結果として顔の変形を改善できるため、患者さんの生活の質の向上が見込めます。
仮骨延長法……骨を切った際、治癒の過程で生じる「仮骨」を引き伸ばすことで、骨を延長させる治療。
一方、進行性下顎頭吸収は、下顎の関節(下顎頭)の体積が徐々に減少する進行性の病気です。下顎頭が吸収・変形することによって下顎が奥に引っ込んだような印象になり、前歯がきちんと閉じない状態になってしまいます。その結果、顎運動の障害や咀嚼時に前歯でものが咬めなくなる分、奥歯に大きな負担がかかり、痛みや歯周炎、ひどい場合は徐々に奥歯が脱落するなどの症状が生じることもあります。また咬み合わせの不安定さは下顎頭の吸収をさらに促進してしまいます。
進行性下顎頭吸収は、厚生労働省が難治性疾患としている病気のひとつです。英語表記の Progressive Condylar Resorptionの頭文字をとり「PCR」と略して呼ばれることもあります。厚生労働省の研究班長として私がかつて行なった調査では、患者さんの男女比は1:10と女性に多く、また発症年齢でみると10〜20代の若い世代と50代以降の世代に多いことがわかりました。50代以降の患者さんの場合には、リウマチなどなんらかの自己免疫疾患を併せて持っていることがあります。なお、発症の原因や正確な患者数などは明らかになっていません。
顎変形症の診断は、基本的にはCT検査やレントゲン検査、顔面の写真などを用いて行われます。これらの検査は顎や歯の変形をみるためだけでなく、治療計画を立てたり、治療後の経過をみたりするためにも使用されます。また、進行性下顎頭吸収の場合には、これらの検査を複数回行うことで症状の進行をみることができます。
CT検査とは、X線を使って身体の断面を撮影する検査です。CT検査では顎の骨の形だけでなく周囲の神経や血管についても調べることができるので、手術が必要かどうかを検討する際や、手術が必要な場合に治療計画を立てる際などにも役立ちます。
顔面形態分析により顎変形症と診断された場合、治療を行うかどうかは患者さんご本人やご家族の方とのご相談によって決めます。前述の通り、顎変形症は直接命にかかわる病気ではありません。治療には手術前後の矯正歯科治療を含めて健康保険が適用されますが、全身麻酔下の手術や一定期間の入院加療も伴うため、治療するか否かは患者さんの意志を尊重したうえで決定されます。
国立国際医療研究センター病院では、さらにレーザー3次元解析による検査も行っています。レーザー3次元解析とは、レーザーポインターなどに用いられるようなレーザー光線で皮膚表面の形状を3次元座標で記録し、解析する検査です。レーザー3次元解析には次のような特徴があります。
<レーザー3次元解析の特徴>
など
この検査を行うことによって、医師がより具体的な治療計画を検討できる他、患者さんに対し変形の具合や治療の方針をわかりやすく説明することができます。
顎変形症を治療するには歯科矯正治療と手術治療の両方が必要です。ここでは、それぞれの治療方法についてご説明します。
顎変形症では、手術前後の歯科矯正治療は必須です。この場合、通常であれば自由診療扱いの歯科矯正治療を、保険診療として受けられます。
具体的には、顎口腔機能診断施設*に指定されている医療機関で顎変形症の診断を受けた場合で、かつ治療に歯科矯正治療と手術治療の両方が必要と認められた場合に、どちらの治療も保険適用で受けられます。
顎口腔機能診断施設……地方厚生局によって定められた施設基準をクリアし、認定された施設のこと。
歯科矯正とは専用の器具を用いて歯を移動させ、歯の並びを整える治療方法です。歯科矯正にはさまざまな方法がありますが、手術前後の歯科矯正治療では、「ブラケット」と呼ばれる器具を1本1本の歯に取り付け、それにワイヤーを通し少しずつ引っ張ることで歯の並びを整えます。
歯科矯正では、歯が引っ張られたり押されたりすることによる痛みや、器具により口の中に傷ができやすくなることがあります。また、少しずつ歯の位置を整えていく治療なので、手術の前準備としての矯正が完了するまでに1年以上の時間がかかることもあります。
顎変形症の方の場合、長年の顎の位置の不調和を自分で無意識のうちに修正して生活しています。手術前の歯科矯正治療では本来の顎の骨に合わせた形で歯並びを整えますので、一時的に見かけ上はかえって変形が強く見えたり、咬み合わせが悪くなったりすることもあります。
顎の変形に対する手術では、「骨切り術」により顎の骨を切って動かします。たとえば下顎を治療する場合、神経や血管の走行に注意しながら、顎の骨を3つに切り、中央の骨を前に出したり、後ろに下げたりすることによって咬み合わせを治します。骨と骨との固定には純チタンなど金属製の器具を用います。
骨切り術は、全身麻酔下に行います。また、手術は口の内側から行うため、顔に傷が残ることはありません。
進行性下顎頭吸収の場合も、基本的に歯科矯正治療だけでは咬み合わせを完全に元に戻すことは難しいので、手術治療を併用することになります。
進行性下顎頭吸収は、単なる顎変形症とは異なり、成長期を過ぎてからも顎の形状に変化があらわれる恐れがあります。したがって、慎重に診断を行ったうえでいつ治療を実施するのかを見定めることが重要です。
具体的には、下顎頭吸収に伴う疼痛や開口障害などの症状をマウスピースなどを用いて緩和しながら、顎の変形がストップしたことを確認してから治療に移ります。このように治療のタイミングを計ることで、治療を複数回行う必要がなくなります。
顎変形症の手術治療で顎の位置が変わると、咬み合わせだけでなく舌の位置や唇の状態なども大きく変わります。しかし、食事を摂れるようになるタイミングは早く、手術当日には流動食を摂ることができる方がほとんどです。完全に咀嚼できるようになるまでには時間がかかりますが、時間が経てば、徐々に自然に咬めるようになります。
また一時的に顔が大きく腫れたり、神経の知覚鈍麻なども生じるため、腫れが引いたり、新しい環境に慣れるまでしばらくは強いストレスや不快感を感じる方もいます。しかし、この状態を越えると、咬み合わせや顔貌の問題が改善されます。
顎変形症や進行性下顎頭吸収は、うまく咬めなかったり、顔の変形をきたしたりするため、これが原因で強いコンプレックスを抱えるなど、精神的に苦しい思いをしている患者さんもいます。私たち歯科・口腔外科医は咬み合わせを整え、顔の変形を改善し、患者さんの生活の質が少しでも上がるよう治療に尽力しています。気になることがあれば一度ご相談ください。
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 副病院長 歯科・口腔外科 診療科長 医工連携推進室長、東京医科歯科大学 臨床教授
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 副病院長 歯科・口腔外科 診療科長 医工連携推進室長、東京医科歯科大学 臨床教授
日本口腔外科学会 口腔外科指導医・口腔外科専門医日本顎顔面インプラント学会 指導医日本有病者歯科医療学会 指導医・専門医日本口腔内科学会 専門医・指導医 ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター日本顎顔面外傷学会 会員日本レーザー歯学会 会員日本病院歯科口腔外科協議会 会員日本歯科HIV研究会 会員日本エイズ学会 会員
東北大学歯学部卒業。2018年4月現在、国立国際医療研究センター病院 歯科・口腔外科診療科長として、顎変形症、顎関節症、血管病変などの診療に従事している。
丸岡 豊 先生の所属医療機関
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