転移性脳腫瘍に対する治療法の1つに放射線治療があります。放射線治療とは、腫瘍に放射線を照射して縮小や消失を目指す治療法です。放射線治療には、脳全体に放射する全脳照射と、腫瘍に対して集中的に照射する定位放射線照射の2つの方法があります。
定位放射線治療を行う装置には複数の種類があり、それぞれに特徴があります。近年では、今までのデメリットを改善し、より患者さんへの負担が少ない装置も開発されました。今回は定位放射線治療装置であるガンマナイフの特徴について、医療法人伊豆七海会 熱海所記念病院 脳神経外科 ガンマナイフ部長の中谷 幸太郎先生にお話を伺いました。
転移性脳腫瘍に対する放射線治療には、全脳照射と定位放射線照射の2つがあります。
全脳照射とは脳全体に放射線を照射する方法で、治療の対象となる腫瘍のほかに、画像検査では写らない微小な腫瘍がある場合にも同時に治療ができます。しかし、正常な脳神経の部分にも照射することになるため、脱毛や頭痛、吐き気や嘔吐、体力低下などの副作用が現れる可能性が高くなります。また、微小な腫瘍がない場合が多いために余分な放射線を浴びてしまっている可能性があります。
一方、定位放射線照射は、画像検査で写る腫瘍に対して集中的に放射線を照射する方法です。全脳照射に比べて脳の正常な部分への照射を避けることができるため、放射線の被ばくによる副作用を抑えることが期待できます。
定位放射線照射を行う装置の1つである「ガンマナイフ」とは、頭部を囲むように固定された約200個のコバルト線源から腫瘍に向かって放射線の一種であるガンマ線(γ線)を集中的に照射する装置です。治療の効果が外科手術に似ており、ガンマ線によって腫瘍を切り取るように周囲への影響を与えないというイメージから、ガンマナイフという名称が付けられました。
ガンマ線はまっすぐに進む性質があるために腫瘍周辺の正常な組織に放射線が広がりにくいという特徴があります。そのため、ガンマナイフ治療には放射線が腫瘍にたどり着くまでに貫通する頭皮・頭蓋骨・脳・血管など、腫瘍周辺の正常な組織への影響が少ないという長所があります。
標準的には患者さんの頭部を金属製のフレームで固定して照射するため、腫瘍への照射の誤差は0.3mm程度です。また、手術にはリスクを伴う脳の深部にある腫瘍にも対応できます。ガンマナイフ治療には副作用が少ないという特徴がありますが、脳浮腫による麻痺やけいれん、放射線壊死*が起こることもあります。
*放射線壊死:放射線の照射によって細胞が壊死すること。
脳腫瘍に対するガンマナイフ治療は、基本的に保険適用の治療法です。当院では、2泊3日の入院での治療の場合は3割負担で18万円ほどかかります。なお、高額療養費制度を使用した場合には年齢や所得水準などによって個人負担額が異なります。
お話ししたように、従来のガンマナイフ治療では、金属製のフレームを用いて患者さんの頭部を固定して照射します。患者さんの頭部に局所麻酔をかけたうえで4か所に特殊なピンを刺すことで頭部を固定します。
このフレーム固定では、局所麻酔などの薬剤を投与することやフレーム自体を装着したり外したりした際に痛みを感じるなど、患者さんの負担につながることがあります。
しかし近年、フレームで固定する必要のないマスクシステムを導入したガンマナイフ治療が登場しました。このマスクシステムを導入したガンマナイフ治療では、フレーム固定の代わりに患者さんの頭部に合わせた専用の枕とマスクを作成して使用します。
当院では、2019年に257件のガンマナイフ治療を実施しました。そのうち、フレーム固定によるガンマナイフ治療は19件、マスクシステムによるガンマナイフ治療は238件です。このように、当院ではマスクシステムを導入したガンマナイフ治療に積極的に取り組んでいます(2020年3月時点)。
マスクシステムを導入したガンマナイフ治療では、最初に患者さん一人ひとりの頭部に合わせたマスクと枕を作成します。その後、頭部画像診断を実施し、検査結果を基に治療計画を作成します。準備が整ったら、作成した治療計画を基に放射線治療を開始します。
マスクシステムを導入した新しいガンマナイフ治療には以下のような特徴があります。
先ほどお話ししたように、マスクシステムを導入したガンマナイフ治療では、フレームの代わりに、患者さんの頭部に合わせた枕とマスクを使用します。マスクは患者さんの顔に被せるだけで設定が完了するため、従来のフレームを固定する際の局所麻酔などが不要となり、患者さんの負担軽減につながります。
前述のフレーム固定などから、従来のガンマナイフでの分割照射は連日のフレーム固定を行う必要があるために患者さんの負担が大きいと考えられていました。また、腫瘍のサイズが大きい患者さんに対してガンマナイフで効果的な治療を1日の照射で行うとなると、脳への放射線の量が多くなってしまうため、副作用が発生するリスクが高くなります。このような理由から、従来のガンマナイフでは3cm以上の腫瘍の治療は難しく、それ以下の腫瘍に対して行うことが一般的でした。
しかし、マスクシステムを導入したガンマナイフ治療では、連日のフレーム固定が不要になったために、容易に分割照射が可能になりました。これにより、3cm以上のある程度大きな腫瘍に対しても複数日にわたって治療を実施することができます。
なお、以前に作成したマスクで再度ガンマナイフ治療を行う際には、患者さんの状態によってはマスクが窮屈に感じられる可能性があります。
実際に、当院でマスクシステムによるガンマナイフ治療を行った症例をいくつかご紹介させていただきます。
本症例の患者さんは、多発する転移性脳腫瘍に対してガンマナイフ治療を行った後、原発巣である乳がんの治療を継続されていました。治療の経過中に左足の筋力低下を自覚されたことにより行った頭部の画像検査の結果から再発病変を認めたため、再度ガンマナイフによる分割照射で治療を行いました。ガンマナイフ治療の3か月後、6か月後の画像検査の結果から、腫瘍の縮小が認められます。
本症例の患者さんは、乳がんの治療中に転移性脳腫瘍の診断を受けられました。治療開始時には3.3cmほどの腫瘍でしたが、ガンマナイフによる1回の照射によって、ガンマナイフ治療から2か月後に行った画像検査の結果では腫瘍の縮小が認められました。また、治療後に記銘力低下*などの症状が改善されました。
*記銘力低下:新しいことを覚えておくことができない記憶障害を指す。
マスクシステムを導入したガンマナイフ治療では、患者さんの鼻に印をつけます。放射線照射中はその印を赤外線モニターで常に監視しており、頭部が動いた場合には安全性を考慮して放射線の照射をいったん中止することになっています。そのため、持続的に放射線を照射するためには「動かないように安静にしている」という患者さんの協力も大切です。
ただし、腰痛などを理由に長時間動かずにいることが難しい場合であっても、休憩をとっていただきながらマスクシステムによるガンマナイフ治療を行うケースもあり、皆さん予定どおりに照射を受けられています。
マスクシステムを導入したガンマナイフ治療では、頭部固定のセットや装置からの取り外しが容易となりました。そのため当院では、患者さんの状態に合わせて、休憩をはさんだり数日間にわたって短時間の照射を繰り返したりするなど、脳腫瘍の種類や状態を考慮するとともに、体に負担にならないよう配慮しながら柔軟に対応するようにしています。
なお、どうしても頭部の位置がずれてしまう患者さんに対しては、従来のフレームを固定したガンマナイフ治療に変更して治療を継続することもあります。
当院では、どんなに状態がよい場合であっても、治療を受けた日は仕事や趣味などを控えていただくようお伝えしています。ガンマナイフ治療後、その日のうちに仕事や趣味など何かに集中した場合に「気持ち悪い」と訴える患者さんがいらっしゃるからです。仕事でないとしても、お裁縫など細かい作業を行うことで気分が悪くなる患者さんもいらっしゃいます。集中したり根をつめたりするような作業は控えるようにしてください。
がんの患者さんが脳転移を早期発見・早期治療するためには、症状のないうちから定期的に頭部の画像検査を受けることが大切です。
転移性脳腫瘍が見つかった場合には、原発巣の治療をいったん中止しなければならないこともあります。できるだけ早く転移性脳腫瘍の治療を終えて原発巣の治療を再開していただく必要があると考えており、転移性脳腫瘍と診断されてから、可能な限り短期間での治療を行うことが重要となるでしょう。
先述のとおり、転移性脳腫瘍の治療法として、患者さんへの負担がより少ないガンマナイフを用いた治療も登場しており、効果を発揮しています。それぞれの治療法のメリットとデメリットを考慮し、主治医と話し合いながらご自身に適した治療法を選択してください。
がんの患者さんは、皆さん不安を抱えて過ごしていらっしゃいます。特に脳への転移が見つかれば、さらにこの不安は強くなるでしょう。ガンマナイフ治療はこれまで転移性脳腫瘍に対しては良好な効果を発揮しており、治療期間も短くて済む特徴があります。患者さんの不安を少しでも軽くできるように、可能な限り早く治療を受けていただけるように取り組んでおりますので、いつでもご相談いただければと思います。
熱海所記念病院 脳神経外科 ガンマナイフ部長
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