緩和ケアに対し、「病気の末期に痛みや苦痛を和らげるケア」というイメージを抱いている方は少なくないのではないでしょうか。本来、緩和ケアとは、病気によって生じるあらゆる問題に対応し、患者さんがよりよい人生を送ることができるようにケアすることを指します。そのため、病気の進行にかかわらず、何かしらの問題を抱えていらっしゃる場合には、緩和ケアの対象となります。
本記事では、緩和ケアとはどのようなものなのか、市立東大阪医療センター 緩和ケア内科部長である進藤喜予先生にお話を伺います。
WHO(世界保健機関)では、2002年に、緩和ケアを以下のように定義しています。
緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである。
つまり、緩和ケアとは、病気を抱えている患者さんやそのご家族に対して、医療従事者が病気によって生じるあらゆる苦しみや問題に対応し、患者さんやそのご家族がよりよい人生を生きることをサポートすることです。
緩和ケアの対象となる問題には、次のようなものがあります。
また、緩和ケアが対象となる病気は、がんだけではありません。生きることに困難を抱えていらっしゃる場合には、どのような病気であっても緩和ケアの対象となります。神経難病や呼吸不全、心不全の患者さんも、緩和ケアを受けられるような体制を整えています。
それでは、緩和ケアで実際に行っているケアを、具体的にご説明します。
痛みに対しては、主に医療用麻薬などの鎮痛薬を使用して、痛みをコントロールします。「麻薬」と聞くと、悪いイメージを抱く方がいらっしゃるかもしれませんが、痛みをコントロールするうえではとても有用な薬です。医療用麻薬を服用しながら、仕事を続けたり、日常生活を送ったりしている患者さんも多くいらっしゃいます。
また、鎮痛薬の必要性を判断するうえで、私は「患者さん一人ひとりの生活に基づいた痛みの評価」が重要だと考えています。
一般的に、痛みの強さは、NRS(Numerical Rating Scale)という指標を使用して評価します。この方法は、ご自身が感じている痛みを、0(痛みなし)〜10(これ以上は考えられない痛み)の数値から選択していただき、痛みの強さを数値化するものです。ただし、患者さんによって、痛みの感じ方や耐性は違うため、同じ数値だからといって、同じように鎮痛薬が必要とは限りません。
そこで、私は、痛みを訴える患者さんに、「痛みで困っていることは何ですか?」という聞き方をするようにしています。そうすると、「痛みで眠ることができない」、「動くと痛いがじっとしていれば痛みはない」など、患者さんごとにさまざまな感じ方をされていることが分かります。また、患者さんによっては、「痛みは強いが、薬で頭がぼーっとするほうが困る」という方もいらっしゃいます。むやみに鎮痛薬を使用して痛みを抑えようとすることで、患者さんの生活の質を低下させてしまうこともあるのです。
痛みのケアだけに限りませんが、緩和ケアは患者さんの思いや願い、価値観、主観が対象となります。それらを聞かずして、患者さんの求めるケアはできません。そして、そのためには医師だけでなく、看護師など緩和ケアに携わるあらゆる職種が、患者さんの何気ない言葉や表情を敏感に感じ取り、アプローチすることが大切です。
患者さんが感じている症状に対して、その症状を取り除く治療を行います。
一例ではありますが、患者さんが腹水(お腹の中に体液が過剰に貯留した状態)によって苦しさを感じている場合には、腹水を抜き取り、不純物をろ過したうえで、体に必要なものだけを再び体内に戻す、腹水濾過濃縮再静注法(CART:カート)と呼ばれる治療を行うこともあります。また、十二指腸が腫瘍によって狭くなり食事が摂れない場合には、十二指腸をステントと呼ばれる金属で広げる治療を行うこともあります。
このように緩和ケアでは、さまざまな診療科の医師が持つ知恵と技術を用いて、患者さんのつらい症状を取り除き、より生活しやすくなるようなサポートを行います。
患者さんの中には、身体的な痛みや苦しさは感じていなくとも、精神的な問題を抱えている方が、非常に多くいらっしゃいます。痛みや症状に対するケアよりも、よりよく生きるための精神的なケアも、緩和ケアでは重要だと考えています。
たとえば、「これ以上できる治療はない」と告知されたがん患者さんの多くは、「生きている意味がない」、「死ぬのを待つだけだ」とおっしゃいます。そのような患者さんには、どんなことでも構わないので、日々の生活のなかで楽しみやワクワクすることを見つけてほしいと思っています。花が綺麗だと感じたりするような、些細なことでよいのです。
かつて、私が担当していた患者さんは、毎日の楽しかったことや嬉しかったことを記した日記を外来診療のときに私に見せながら、「生きていることがすごく楽しいです」とお話ししてくださいました。その患者さんは、緩和ケア介入からおよそ半年後にお亡くなりになりましたが、最後まで充実した人生を送ることができたと、ご家族の方にも喜んでいただくことができました。
「緩和ケア=病気の末期」というイメージを抱いている方も多いかと思いますが、そうではありません。緩和ケアは、病気の進行にかかわらず、治療と並行して行います。そのため、病気が診断された時点から、すでに何らかの困りごとがあれば、緩和ケアを開始します。
中には、がんと診断されたことで、患者さん以上に、ご家族が落ち込んでしまったり、パニックになったりすることもあります。そのようなときには、気持ちが少しでも楽になるよう、ご家族のお話を伺い、精神的なケアを行います。
緩和ケアの大きな問題点は、緩和ケアを専門に行う医師が非常に少ないことです。その理由として、医学部に緩和ケアを専門的に学ぶことができる教室がほとんどないことが挙げられます。
そのため、緩和ケア病棟はあっても、緩和ケアを行う医師が足りない病院は、日本に数多くあります。また、緩和ケアが一般的に普及しているとはいえず、緩和ケアは病気の末期に行うもの、痛みを和らげるだけのもの、といった誤った認識を持った医療従事者が少なくないという現状もあります。
このような現状を受け、厚生労働省では、「がん等の診療に携わる医師等に対する緩和ケア研修会」を実施し、緩和ケアに携わる医師を育成する取り組みを行っています。こうしたバックアップがさらに広がり、緩和ケアについて正しい理解を持つ医師が増えることで、緩和ケアを必要としている患者さんをより多く助けることができるようになると期待しています。
病気になって、人生が苦しくなったと感じている方も多いかもしれませんが、これからの人生を少しでもよく生きるために、何が必要なのかを考えてみてください。それは、痛みを取り除くことかもしれませんし、誰かに話を聞いてもらうことかもしれません。誰かに話を聞いてもらうことで、ご自分の考えや必要なことが分かってくることもあるでしょう。
私たちが提供する緩和ケアは、患者さんの「生きること」を支えていくための治療です。生きることが、痛みによって難しくなっているのであれば、痛みを取り除きます。また、精神的な問題によって難しくなっているのであれば、心のケアを行います。
いま、皆さんは、病気の治療をするために生きているのではなく、生きるために治療を受けています。皆さんには、「生きる」とはどのようなことなのか、よりよい人生を生きるにはどうすべきかを、ときには考えていただきたいと願っています。
市立東大阪医療センター 緩和ケア内科部長
市立東大阪医療センター 緩和ケア内科部長
1990年5月、大阪市立大学医学部血液内科に入局する。血液内科医として研修し、抗がん剤治療を中心に診療を行った。その経験を活かし、1993年4月に大阪市立十三市民病院内科に勤務してからは、固形がんの抗がん剤治療も行うようになった。当時はまだまだ発展段階の治療ではあったが、同僚の外科医師と共にがんを診療するようになり、がんの痛みや終末期患者さんたちの苦しみに直面し、緩和ケアにシフトしていった。緩和ケアに従事するようになり、身体的な苦痛のみならずスピリチュアルな苦しみを考えなければ、真の緩和ケアではないと考えるようになり、近年は実存的苦悩(スピリチュアルペイン)の解明に重きを置いている。
進藤 喜予 先生の所属医療機関
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