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早期乳がん治療の新たな可能性、重粒子線治療の歴史

早期乳がん治療の新たな可能性、重粒子線治療の歴史
唐澤 久美子 先生

東京女子医科大学放射線腫瘍学講座 教授・講座主任

唐澤 久美子 先生

目次
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がんの治療法には、主に手術療法、薬物療法、放射線療法の3つの選択肢があります。なかでも放射線療法は、体への負担が少なく、合併症がある方や高齢者でも実施できることがメリットです。放射線療法のひとつ「重粒子線治療」は、がん病巣に放射線を照射してがんを治療する、高い効果が期待できる、日本が世界に誇る高度医療です。

今回は、重粒子線治療とはどのような治療なのか、その歴史について、東京女子医科大学放射線腫瘍学講座教授・講座主任/医学部長の唐澤久美子先生にお話を伺いました。唐澤先生は、2011年から2015年まで放射線医学総合研究所(現QST病院)に在籍し、世界で初めて乳がんの重粒子線治療の臨床試験を開始した、重粒子線治療の発展に尽力する医師のひとりです。

日本のがん治療の現状

日本人の2人に1人以上が生涯でがんになる時代

がんは、日本人の2人に1人以上が罹患する、ありふれた病気です。1人の患者さんが複数のがんを経験することも、決して珍しいことではありません。その意味でも、さらに負担が少なく効果を見込めるがん治療が望まれています。

高齢化が進む日本では、高齢者と非高齢者で同様の治療を行うことに疑問があるという考え方が浸透してきました。私が評議員を務めるがんサポーティブケア学会でも、「高齢者がん医療Q&A」を作成し、高齢者に対する手術や薬物療法の非高齢者との差について記述しています。さらに高齢化が進むことが見込まれるなかで、もっと体に優しいがん治療があって然るべきではないでしょうか。

世界をリードする日本の放射線治療「重粒子線治療」

がんの治療には、局所治療と全身治療があります。局所治療の代表は手術と放射線療法、全身治療の代表は薬物療法です。放射線治療は、体への負担が少ないことがメリットで、手術が難しい合併症がある方や高齢者でも実施することができる、世界ではごく一般的な治療法です。

実は、日本は、放射線のひとつである粒子線の理工学分野の開発において、世界の最先端で活躍してきました。なかでも、1994年に臨床使用を開始した「重粒子線治療」は、がんの病巣に粒子線ビームを照射し、効果が一般的なエックス線より期待できる、日本が世界に誇る放射線治療です。

次では、重粒子線治療の歴史についてお話しします。

日本が世界に誇る重粒子線治療の歴史

1980年代以降、粒子線治療の研究を続けてきた日本

粒子線治療の歴史は、1946年、粒子線をがん治療に応用すべきだと米国の物理学者が提唱したことに始まります。1954年には、粒子線の一種である「陽子線」を照射する放射線治療が米国で開始されました。

日本の放射線医学総合研究所の研究者たちが、「重粒子線」をがん治療に使うための装置を開発するプロジェクトを開始したのは、1984年のことです。数ある重粒子の中から、最終的な選択として炭素イオン線を選んだ理由は、炭素は質量12と、適度に重く、生物学的実験でもX線より約3倍がんを殺す効果が高く、それをがん細胞に正確に照射することができれば、より確実にがん病巣へのダメージを与えられるだろうと予想したのです。

このことは、世界の研究者たちの間でも予想されていましたが、重粒子線をがん治療に応用することは困難だと判断して、研究を終了した国もありました。しかし、日本は、厚生労働省の「対がん10カ年総合戦略」(1984~1993年)の一環として、重粒子線治療の研究を続けることとなりました。

「HIMAC」による検証を経て、1994年に重粒子線治療の臨床試験を開始

放射線医学総合研究所は、当初、さまざまな重粒子を重粒子線治療に利用できる可能性を考えて、どの重粒子線が治療に適しているのか見極める研究を行いました。その際、世界初の重粒子加速器として建設されたのが、重粒子線がん治療装置「HIMAC(ハイマック)」です。

1993年に完成したHIMACを用いて、物理学的検証試験および生物学的検証試験(動物実験)を実施した結果、炭素の原子核(炭素イオン)が重粒子線治療に望ましいと判断されました。炭素より大きな原子は照射する際に加速しづらく、小さな原子では狙いを定めることが困難だったからです。実際に、臨床試験では炭素の原子核(炭素イオン)を用いることに決定しました。

HIMACが完成した翌年の1994年、日本は、世界で初めて重粒子線治療の臨床試験を開始しました。

重粒子線治療において20年以上の歴史を持つ、放射線医学総合研究所

放射線医学総合研究所は、1994年6月~2018年12月までに、1万人以上の患者さんに対して重粒子線治療(炭素イオン線)を実施しています。また、炭素イオン以外のさまざまな大きさの粒子を組み合わせて行うマルチイオン照射など、重粒子線治療に関する研究にも、精力的に取り組んでいます。

重粒子線治療は、高度な医療であることから、取り扱う医師や科学者にも高度の専門知識と技術が求められます。放射線医学総合研究所に在籍する医師や物理工学者は、重粒子線の研究に長く携わってきた放射線治療専門医や粒子線研究分野の理工学者で、高度で専門的な研究の基盤が整っているほか、放射線の照射を担当する診療放射線技師も高度医療専門職としての研鑽を積んでいます。治療の際は、適切な照射位置に患者さんの体をしっかりと固定し、正確にがん病巣を狙うことが重要であるため、患者さん一人ひとりに合わせた放射線治療用固定具の開発にも力を注ぐなど、設備の充実も図っています(詳しくは記事2「早期乳がんに対する重粒子線治療の臨床試験─治療の流れについて」をご覧ください)。

より多くの患者さんが重粒子線治療を受けられるように

重粒子線治療の保険適用は順次拡大

放射線医学総合研究所は、重粒子線治療の研究のなかで、全身のさまざまながんに対しての治療を検討して臨床試験を続けてきました。

そのなかでも、研究が進み、重粒子線治療の利点が明らかになったがんに対しては、保険適用で治療を受けることができます。また、研究がかなり進行して、有用性の証明があと一歩のがんは、先進医療としての治療が認められています。今後さらに研究が必要だと考えられているがんについては、安全性や有効性を確認するため、重粒子線治療の臨床試験が行われています。保険適用が認められていないがんに対する先進医療の場合、技術料約314万円については全額自己負担となりますが、臨床試験で行われる場合、技術料について患者さんの自己負担は必要ありません。

2013年より早期乳がんに対する重粒子線治療の臨床試験を実施

重粒子線治療の運用が始まって以降、さまざまながんに対する研究が行われてきました。しかし、乳がんに関しては、私が放射線医学総合研究所に異動して2011年に臨床試験の必要性を広めるまで、ほかのがんと比べて臨床データの収集が遅れていました。

現在、重粒子線治療を実施している施設は限られており、治療費も高額ですが、近い将来、多くの患者さんが重粒子線治療を受けられるようになることを期待しています。乳がんの臨床データを集めることは将来にとって重要だと考え、所内の合意を取り付けて準備を進め、2013年に早期乳がんに対する重粒子線治療の臨床試験を開始しました。

日本における、乳がんに対する重粒子線治療の臨床試験

早期乳がんの患者さんが臨床試験の対象となる

QST病院(旧放射線医学総合研究所病院)では、次の2つの臨床試験の参加者を募集しています。

  • 60歳以上のI期乳がん
  • 20歳以上の0-I期乳がん

臨床試験の対象となるのは主に、乳がんが周りの組織に広がっていない非浸潤性の上皮内がん(0期)の患者さんと、乳房のしこりが2cm以下で転移のない乳がん(Ⅰ期)の患者さんです。0期やⅠ期という早期の乳がんは転移の可能性が少なく、がんになっている部分への重粒子線治療によって、完治が期待できるため、臨床試験の対象とすることを決定しました。

この臨床試験は、国立研究開発法人のプロジェクトです。よりよい医療のため、そして、がんの患者さんに適切な治療を受けていただくために、日本の威信をかけて行っているといっても過言ではありません。また、重粒子線治療の技術料については、患者さんが負担する必要はありません。臨床試験の対象となる乳がんの患者さんは、ぜひ参加をご検討ください。

QST病院(旧放射線医学総合研究所病院) のWebサイトはこちら

乳がん治療の新たな可能性を検討する唐澤久美子先生の思い

乳房に傷をつけずに乳がんを治せる重粒子線治療は、早期乳がんの患者さんにとって恩恵があると考えています。日本が世界に誇る重粒子線治療を、乳がんに対しても実施できるよう、多くの患者さんのご理解を得て、研究を進めていきたいと考えています。経済的なご負担もありませんので、ぜひ臨床試験へのご参加をお願いいたします。