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肺がん末期治療を考える ―「治療の限界」がある進行性肺がん治療で大切なこと

肺がん末期治療を考える ―「治療の限界」がある進行性肺がん治療で大切なこと
磯部 宏 先生

国家公務員共済組合連合会 KKR札幌医療センター 病院長

磯部 宏 先生

目次
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近年、肺がんの治療法は進歩しています。これは「新薬」が相次いで登場したからです。2002年には「分子標的治療薬」、2015年には「免疫チェックポイント阻害剤」が登場し、一部の肺がん治療に使用できるようになりました。こうした新薬は多くの肺がん患者さんの予後改善に貢献するのではないかと期待されています。

しかし、こうした新薬が登場しているなかでも、いまだ肺がんの治療には「限界」があるといわれています。そして進行性の肺がんでは、いつか治療を続けることを断念し、人生の最期と向き合わなくてはならないときが訪れることがあります。

肺がんの治療の「限界」とは、いったいどのような点なのでしょうか。また、いつ治療を断念し、どのように人生の最期と向き合っていくべきなのでしょうか。本記事ではKKR札幌医療センター病院長であり、北海道肺がん患者と家族の会のアドバイザーを務められている磯部宏先生に、進行性肺がんとの向き合い方についてお伺いしました。

進化する治療、それでも完治が難しい「進行性肺がん」

進行性肺がん

完治が難しい肺がんとは?

比較的初期の肺がんでは、治癒を目指すことのできる可能性が高いと考えられます。

通常、ステージⅠ~ⅢAの比較的初期の肺がんでは、まず手術を行います。場合によっては薬物療法で治療を続けますが、このとき行われる薬物療法は、あくまで手術後の再発を予防するためのものです。

一方、ステージⅢB,C、Ⅳの肺がんでは、肺の縦郭(じゅうかく)リンパ節や全身の臓器にまでがん転移がみられます。そのため治療は手術ではなく、薬物療法が中心になってきます。こうした比較的進行した肺がんでは、その後の治療が難しくなってくる場合があります。

そして、患者さんやがんの状態にもよりますが、場合によってはいずれ治療の「限界」が訪れるリスクがあると考えられます。

肺がん治療の「限界」とは?

治療の限界を知っておくことはとても大切なことです。実際にどのような点が治療の限界になり得るかについてみてみましょう。

分子標的治療薬・免疫チェックポイント阻害剤は適応が限られている

看護

近年登場してきた分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害剤などの「新薬」は、これまでの治療と併用することで、奏効率(がん腫瘍の縮小・消失の度合い)が高くなることが示されています。

しかし、分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害剤は、全ての患者さんに対して使用される薬剤というわけではありません。

たとえば分子標的治療薬のなかでも、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)とよばれる薬剤では、EGFR遺伝子という遺伝子に変異がみられる患者さんで奏効することが分かっています。このように、患者さんの肺がん細胞が保有している遺伝子の変異の状態によって、奏功しやすい薬剤と奏功しにくい薬剤があるということが分かってきました。

こうしたことから、遺伝子検査の結果を鑑みた結果、「新薬」と呼ばれる薬剤が適応にならないケースも出てくるといえます。

薬剤への耐性化が懸念されている

看護

薬剤の耐性ができてしまった場合には、治療は奏効しにくくなります。

抗がん剤であっても、分子標的治療薬であっても、免疫チェックポイント阻害剤であっても、投与し始めたときから効果が得られないケースがあります。これは「自然耐性」とよばれるもので、患者さんのなかには一定数、初めから効果が得られない方もいらっしゃいます。

一方で、薬剤を使用しているうちに、徐々に効果が減弱してしまうケースがあります。これは「獲得耐性」とよばれるもので、がんの薬物療法を受ける患者さんの多くはこの獲得耐性によって治療が奏効しなくなっていく傾向があります。

こうして薬剤の耐性ができてしまった場合には、薬剤を切り替えたり、複数の薬剤を組み合わせたりしながらいくつかの薬剤を順に使用していくことになります。しかし、薬剤の切り替えも限度があり、いずれは薬物療法が奏効しにくくなると考えられます。

近年、この耐性化のしくみが徐々に明らかになりつつあり、耐性があらわれた場合に使用する「新薬」も登場しています。そうしたしくみの解明や「新薬」の登場に期待が集まる一方で、そのような「新薬」に対しても、いずれ同じように耐性ができる可能性があることから、薬剤耐性化の問題は、がん治療において非常に大きな課題となっています。

薬物療法の「リスク」が「ベネフィット」を上回ってしまう可能性も

薬物療法

また、治療を続けている間に、薬物療法によって得られる効果よりも、副作用によって患者さんにかかる負担のほうが大きいと考えられる場合には、薬物療法を断念しなければならないケースがあります。

こうしたことから、比較的進行した肺がんの治療を行う際には、いつか「治療の限界」を迎える可能性が出てきます。

もちろん、がんの状態や進行度によっては治るケースはありますが、繰り返し述べるような「治療の限界」を迎えるケースもあります。このことを知ったうえで、状態によっては「限界」を見据えてこれからの治療を考えていくことが必要になります。私は、これまでに肺がん患者さんを診てきたなかで、後悔しない治療を行うためにも、「治療の限界」を知るということはとても大切なことだと感じています。

肺がん治療は、なにを「目的」にすべき?

予後

進行性肺がんの治療の目標は「普通の生活を送ること」

本来、治療の目的は「病気の治癒」です。しかし進行性の肺がんでは、繰り返しになりますが、いつか「治療の限界」が訪れ、病気の治癒を目指すことは難しいのも事実です。このように治癒を目的としない治療を続けていく際には、いったいどのようなことを目標としながら治療と向き合えばよいのでしょうか。

私が考える進行性肺がんの治療の目標は、「腫瘍を縮小させ、進行を抑え、症状をできるだけ緩和し、普段と変わらない生活を送れるようにしていくこと」です。入院や外来で薬物療法を行いますが、それは生活の一部であって、生活の全てではありません。

ここで大切なのは、抗がん剤などの薬物療法によって生活の質を低下させないことです。先ほどもお話ししたように、薬剤の副作用が有用性を上回ってしまっては、治療を続けるメリットが損なわれてしまいます。抗がん剤を使用してがんを治療できたからといって、寝たきりになるなど生活に大きな支障が及んでしまっては、治療によって患者さんの生活の質を下げてしまうことになります。がんの治療を続けながら、仕事をする、家事をする、そうした日常生活を続けるということを大切にしなくてはいけないと思います。

治療をやめる、その判断はいつから?

看護

治療の継続の目安となるのは「虚弱(フレイル)」の状態

これ以上治療を続けても患者さんにとって負担のほうが大きくなってしまうと考えられる場合、がんの治療を断念することがあります。この判断はとても難しいところです。実際に治療を断念するタイミングはいつなのでしょうか。

私は2019年10月現在、北海道肺がん患者と家族の会のアドバイザーを務めており、肺がん治療に関する講演を行うことがありますが、そのなかで「これ以上、薬物療法を行わない」と決めるタイミングについて、下記のようなスライドを使って解説しています。

治療の限界

上図の左側の青い部分および黄色い部分は、介護や人の介助を得ずとも健康で自立した生活を送れる時間(健康寿命)を示しています。一方、右側の赤い部分は、脳卒中や認知症といったなんらかの病気を発症し、障害を抱えて人の助けを借りながら生活する期間を示しています。

また、障害を引き起こす少し前からは「老化」が始まります。老化に伴い、たとえば体力が落ちたり、早く歩けなくなったり、ちょっとした物忘れがあるといった症状が、年齢を重ねるにつれて徐々に現れてきます。この時期は、上図では黄色で示されている部分で、「虚弱(きょじゃく)」または「フレイル」と呼ばれているものです。

この図の中で、抗がん剤などの薬物療法を行ってよい時期はどこまでかを考えてみます。元気で健康な青色の時期であれば、体力もあり、薬物治療を実施することができるでしょう。一方で、上図における赤色の状態の方に、負担の大きい薬物療法を行うことは望ましいとはいえません。

では、フレイルの状態はどうでしょうか。フレイルの状態は、障害を引き起こしているわけではありませんが、体力の低下が現れ始めています。このときに負担の大きな薬物療法を行うと、障害を引き起こしている状態まで容体を悪化させてしまうリスクがあります。ですから私はフレイルの状態では、負担の大きい薬物療法は断念すべきだと考えています。

フレイルの状態であるかどうかの判断を私が行う際には、たとえば、廊下まで運ばれてきた食事を取りに行く元気がなくてベッドでぐったりしている、食べ終わっても食器を返却する気力がないといったように、「生活の質が明らかに低下していること」が、1つの目安になると考えています。

患者さんの体調の変化に気付き、負担の大きい治療をどこまで続けられるのかを見極めるために、私は日々病院を回診し、患者さんの様子をしっかりとみていくことを大切にしています。

実際に薬物療法をやめるかどうかは患者さんと話し合って決めていきますが、私はこのように健康寿命の最後、フレイルの状態になったところというのが、抗がん剤などの薬物療法をやめる判断をする、ひとつのタイミングだと考えています。

治療の継続は、患者さんやご家族の意思を尊重する

前項で述べたような状態が確認され、薬物療法の継続が難しいと判断して、医師から患者さんに「そろそろ治療を続けられないのではないか」と切り出すこともありますが、なかには患者さんが「もう治療を続けなくて大丈夫です」とおっしゃる場合もあります。

一方で、医師から治療の中止を切り出したとしても「まだ治療を続けさせてください」とおっしゃる患者さんもいらっしゃいます。

このような場合、私は、原則的に患者さんやご家族の意思を尊重しています。治療の中止を決定することは、人の命を左右する判断でもあり、本来であれば私たちが一方的に決めることではないと思っています。ですから患者さん、そしてご家族の方と相談しながら、治療を継続するかどうかを決めていきます。

いつか限界が訪れる「がん治療」との向き合い方

看護

限界を知るタイミングはいつなのか

私は肺がんの患者さんの診療を行うとき、進行性で根治が難しいと判断できる場合には、薬物療法を始める前に、患者さんに根治が難しいこと、そしていつか治療を続けられなくなる可能性があることをしっかりとお話しします。

治らないがんの宣告というのは、患者さんも、そのご家族も、そして宣告を行う医師にとっても、非常につらいものです。しかし、最初の段階でしっかりとお伝えしないと、患者さん側も医療従事者側も、あとからもっとつらい思いをしてしまいます。

「頑張れば治る」と治療を受けて、必死に闘い続けていたにもかかわらず、最初の段階で医師がお伝えしなかったために、ある日突然、がんの根治が難しく、今の状態に対する適切な治療法がないと知ったときの患者さんのショックは計り知れないものでしょう。だからこそ、これまでお話ししてきたような「治療の目的や目標」、そして「いつか治療に限界がくる」ということを、初めに知っていただき、最期の時間の使い方と向き合い方をしっかりと考えられるようにしていくことが大切だと思います。

治療のはじめに宣告を受けることはとてもつらいと思いますが、重要なことだと考えています。

限界を知ったとき、どう向き合えばいいのか?

治療の限界を知ったとき、患者さんやそのご家族は、非常に大きなショックを受けると思います。また、気持ちの整理がつくまでには時間が必要だと思います。

私がこれまで向き合ってきた患者さんのなかには、気持ちの整理がついたあと、残された時間を旅行や帰省などで思いっきり過ごそうと計画される方もいらっしゃいました。そして、いまだからこそできることをしたいとお話しされる方のためにお力添えしてきたこともあります。

たとえば、肺がんが進行してしまうと体は痩せ細り、酸素療法を開始する場合もあります。そうした状態で旅行や帰省をすることは、一般的に考えても大変なことです。また、大変になるのは体調面だけではありません。飛行機に酸素療法用の酸素ボトルを持ち込むには、事前の手続きなどが必要です。また海外旅行の場合、がんの痛みを緩和するために医療用麻薬を使用している場合には、適切な手続きを事前に行っていないと海外で摘発される可能性があります。これを防ぐためには、英語で書かれた診断書を用意する必要も出てきます。こうした手続きや診断書の用意に、医師として対応できる部分に協力してきました。

こうした経験を通してよく分かったことは、がんが進行してさまざまな障害が生じてくると、最期を迎えるまでにやりたかったことをやりきれない場合も出てきてしまうかもしれないということです。治療に限界があることをより早く知り、受け入れていくことができれば、今しかできないことに目を向けた時間の使い方ができるようになると考えています。

近年、アドバンス・ケア・プランニングという言葉が広まりつつあります。アドバンス・ケア・プランニングとは、その後の人生をどのように生きたいかを事前に考え、家族などの大切な人を交えて、継続的に話し合いの場を持ち続けることです。肺がんと診断されたとき、何を大切にしたいのか、がん治療にあたって何を目標にするのか、そして「治療の限界」が訪れたとき、どこでどう過ごしたいのかといったことをあらかじめ考え相談し、大切な時間を有意義に過ごしていただきたいと思います。

患者さんが限界を知り、医師がしっかり状況と伝えることが重要

医師と患者

病院によって異なる宣告の方針

がんの宣告をどのように行い、治療をやめるタイミングをどうやって決めていくのかについては、病院や主治医の方針、患者さんやご家族の状況などによって異なってきます。

どのような場合でも、医師、患者さん、ご家族が情報を共有する機会をしっかりと作ることが重要です。どういった治療を行うのか、これからどういったリスクがあるのかをしっかりと共有する機会を作っていくことが望ましいと考えています。

私は、進行性肺がんの患者さんに対して、根治が難しいこと、そしていつか治療に限界があることについて、治療をはじめるときに、全てを丁寧にお伝えできるよう尽力しています。受け入れることはとても大変なことだと思いますが、患者さんやご家族の方に「治療の限界」について知っていただきたいと思いますし、肺がん治療に関わる医師の皆さんにも、しっかり伝えるということを大切にしていただきたいと考えています。

よりよい治療を選び、最期を大切に過ごすために

「新薬」の登場により、肺がんの治療成績は進歩しています。また、薬物治療の副作用に対する対策も行われてきています。

主治医とじっくり相談されて、よりよいと考えられる治療を選択してください。また、肺がんであっても5年以上の長期生存も可能になってきています。再発や増悪などに対する不安はあるかもしれませんが、過度な不安は持たず、社会から孤立することなく、それまでと変わらぬ生活を続けてほしいと願います。職場でも家庭でも、それまでと同じ役割を果たしながら、生活の一部に肺がん治療や定期観察を組み入れていただきたいと思います。そのために、社会福祉士や社会保険労務士などのさまざまな職種の方々からの支援を受けることを検討するのも、1つの手段です。

そのうえで、私は治療の限界があることを患者さんにもっとしっかりと知ってほしい、そして医師もしっかりと患者さんに伝えてほしい、と日々考えています。「治療に限界がある」ということを伝えることは、患者さんの時間を貴重なものにするということにつながると考えます。ですから私は、患者さんに治療のことを丁寧に説明することはもちろんですが、これからのことを一緒に考えていくのも医師の重要な責務だと思っています。

【患者さんからのよくある質問】

Q: アドバンス・ケア・プランニングとは、事前指示やリビング・ウィルとは違うものなのですか?

A: アドバンス・ケア・プランニングとは、患者さんの価値観を尊重し、それからの人生の計画も含めた治療・ケアの方向性を、患者・家族・医療者で話し合っていくプロセスです。アドバンス・ケア・プランニングには、事前指示やリビング・ウィルも含まれますが、事前指示やリビング・ウィルは延命措置や蘇生措置、代理意思決定者などの最終段階の対応についての意思表示であるのに対し、アドバンス・ケア・プランニングは診断・治療開始時から最終段階まで続く、連続する意思確認です。さらに、事前指示やリビング・ウィルの多くは本人の意思のみに基づく決定であるのに対し、アドバンス・ケア・プランニングは家族や医療者も含めた話し合いによる意思確認です。