区西南部医療圏の医療

写真:PIXTA
人口増に伴い、幅広い世代に寄り添った診療が求められる
東京都の区西南部医療圏に属する目黒区、世田谷区、渋谷区は約147万人の方が住んでおり、今後も人口増加が予想される地域です。人口増減率は2015年~2020年にかけて、4.99%と全国平均(-0.75%)を大幅に上回っています。高齢化は進むものの、2023年時点の推計では、人口増加が2045年まで続くことが予想されており、医療提供体制においては、幅広い世代の患者さんに寄り添った診療がますます求められるでしょう。
目黒区の医療を支える
国立病院機構 東京医療センター

医療体制を整え、
地域の方々の健康を支える
当院は1942年に創設された3つの医療施設を前身として発足しました。2004年には国立病院機構の1施設となり、640床の病床と、35の診療科*を擁して、地域に根付いた診療を提供しています。国立病院というと、大病をしたときに受診する病院というイメージがある方もいらっしゃると思いますが、当院は地域密着型の病院として機能しています。患者さんは、目黒区、世田谷区にお住まいの方が中心です。当院では、手術機器などの設備を充実させるだけでなく、ユマニチュードを生かした、温かみのある全人的な診療を大切にしています。体調面で不安なことがある方は、紹介状をご持参のうえぜひ当院にご相談ください。
2025年9月時点

国立病院機構 東京医療センターにおける
多発性骨髄腫・
不整脈(心房細動)
・膵臓がん/膵嚢胞の治療・
“介護疲れ”を感じる方へ
多発性骨髄腫の治療
症状があっても必ずしも手遅れではない――治療は“CRAB症状が現れてから”
多発性骨髄腫は、骨の中(骨髄)にある通常は抗体を産生している形質細胞から発生する血液のがんの1つで、高齢の方に比較的多くみられる病気です。この病気は、骨髄腫細胞(がん化した形質細胞)が増えることでさまざまな症状を引き起こします。


たとえば、骨髄の中で骨髄腫細胞が増えることで、正常な血液が作られなくなり貧血になります。また、骨髄腫細胞から産生されるサイトカインによって、“破骨細胞”が刺激され、骨吸収が過剰になり病的な骨粗鬆症になります。そのため、骨がもろくなり、手を突くなどのちょっとしたことで骨折しやすくなることもあります(病的骨折)。骨吸収に伴い高カルシウム血症が起こり、口の渇きや意識障害を起こすこともあります。また、骨髄腫細胞が産生する異常なタンパク質(Mタンパク)によって腎機能障害が起き、むくみなどの症状が現れることもあります。これらは多発性骨髄腫の代表的な症状として“CRAB症状”と呼ばれています。
これらの症状が出ると「もう手遅れではないか」と心配される方もいらっしゃるかもしれません。しかし多発性骨髄腫は進行が遅いこともあり、これらの症状が出てから治療を始めることが一般的です。ですから、もしCRAB症状が出て病気が見つかったとしても、必ずしも手遅れではありませんので安心いただければと思います。
“真に患者さんに合う”薬を選び、多発性骨髄腫に立ち向かう
多発性骨髄腫の治療は、新しい薬が続々と開発され、近年目覚ましい進歩を遂げています。以前は診断されてからの生存期間の中央値が3年程度でしたが、今では10年を超えるまでになり、今後はさらに伸びていくことが期待されます。また従来の抗がん薬(殺細胞性抗腫瘍薬)のように、吐き気をもよおしたり、髪の毛が抜けてしまったりするほどの強い副作用が出る薬による治療から、比較的副作用が少ない腫瘍に特異的に作用する薬(分子標的薬)による治療になってきました。そのため、体力が低下している高齢の方へも治療が可能になってきています。
薬がたくさん開発されていくにつれ、患者さん一人ひとりに合わせた薬選びや治療計画がますます重要になります。当院では、患者さんの年齢や体の状態はもちろん、生活環境や通院可能な頻度など、その方の暮らしに寄り添いながら治療方法を考えていきます。単に“効果の期待できる薬”というだけでなく、点滴の薬と飲み薬のどちらがよいのか、入院はせず通院でできる治療なのかなど、さまざまな選択肢の中から、患者さん一人ひとりに真に合った治療法を一緒に見つけていきます。

治療を支えるのは、医師だけではありません。新しい薬といっても副作用がまったく出ないわけではありませんから、薬剤師がチームの一員として治療に深く関わっています。薬の飲み忘れがないようにサポートしたり、副作用について丁寧に説明したりすることで、患者さんが安心して治療に取り組めるよう、きめ細かなサポートを行っています。
また、標準的な治療を行っても難治性になりCAR-T細胞療法*が必要な場合には、関連病院と緊密に連携して、速やかに紹介できる体制が整っており、タイムラグなくシームレスに次の治療へ進んでいただけます。
次々と開発される新薬の情報にキャッチアップするため、私たちは常にアンテナを張り巡らせつつ診療にあたっています。そして、患者さんにタイムラグなく薬を届けられるよう、院内外のさまざまな手続きを迅速に済ませるなど“今、届けられるよりよい治療”の提供に全力を尽くしています。まだ根治できる病気ではありませんが、「今後さらによい治療法が登場してくる」――この希望を胸に、患者さんにはいつも「ファイティングポーズで治療に向き合おう」とお伝えしています。不安なことは1つずつ解消しながら、一緒に治療に臨んでいきましょう。

不整脈(心房細動)の治療不整脈の見逃しを防ぐ診断体制を整備
不整脈という言葉はよく耳にすると思いますが、その中でも特に注意が必要なのは心房細動という病気です。心房細動にかかると、心臓の上の部屋(心房)が1分あたり400~600回の速さで小刻みに震えて、心臓が十分に機能しなくなります。
心房細動の怖いところは、自覚症状が現れにくい患者さんも多いという点です。動悸や息切れなどの症状が現れるケースもありますが、症状がみられないこともあります。気付かない間に心臓の中の血液がよどみ、血栓(血の塊)となって脳梗塞につながるリスクもあるため注意が必要です。
ご自身の心臓を守るために、日頃から脈を指で触って確認(検脈)してみたり、血圧計の不整脈チェック機能を使ってみたりするのもよいでしょう。また、定期的に健康診断などで心電図をとることも非常に大切です。

ただし不整脈は、いつも症状が出ているわけではありません。不整脈を見逃さないよう、当院では1週間分の心電図を記録できるパッチ型の心電計を導入しています。ご自宅で1週間装着して過ごすだけで、不整脈が起きたときの心電図を記録できるため、より的確な診断につながります。
病態に応じた治療を行い、患者さんの健康を守る
不整脈と診断が付いたら、まずは薬による治療を進めていき、薬による効果がみられない、または症状が強い、根治を望むなどの場合は、カテーテル治療(カテーテルアブレーション)を検討します。カテーテル治療とは太ももの付け根から心臓へ細い管(カテーテル)を挿入し、カテーテルの先端から発せられるエネルギー(熱や電圧)によって不整脈の原因となる電気信号の流れを遮断する治療です。外科的な手術に比べて体への負担が少なく済むことがこの治療の特徴でありメリットです。
当院では熱エネルギー(高温で焼灼するものと冷凍して凝固させるもの)を利用した治療のほか、パルス電圧を用いた“パルスフィールドアブレーション”にも対応しています。2024年9月に保険収載されたパルスフィールドアブレーションは、心筋細胞だけにダメージを与えることができ、従来のカテーテル治療よりも合併症が少ないことが利点とされています。とはいえ、患者さんの体の状態や心臓の構造によって、ふさわしい治療はそれぞれです。当院では病状を総合的に診たうえで、適切と思われる治療法を選択し、安全性の向上に努めています。
なお私たちは不整脈だけでなく、心臓弁膜症や心不全など、心臓や心血管に関する幅広い病気に対応できる診療体制を整えており、総合病院として心臓血管外科や他科と連携した診療も提供可能です。

日本全体の流れと同様、この目黒区・世田谷区周辺の地域でも高齢化は進んでいくといわれており、心臓の病気にかかる方も増えていくことが見込まれます。残念ながら、心臓の病気は放っておいても自然に治ることはありません。しかし、早い段階で治療を始められれば、症状が軽くなったり、病気の進行を遅らせたりできる可能性が高まります。皆さんの心臓、そして健康な人生を守っていくお手伝いができればと願っていますので、気になる症状があれば、いつでも気軽にご相談ください。

膵臓がん/膵嚢胞の治療
症状が出にくい膵臓の病気――がんになる前から見守る体制を築く
膵臓の病気はなかなか症状が現れず、見つけにくいという特徴があります。健康診断や検診などの超音波検査で、膵臓に嚢胞(膵嚢胞:粘液がたまった袋状のもの)が偶然見つかることがありますが、このうち膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)は膵臓がんにつながる可能性があるため、注意が必要です。

イラスト:PIXTA、加工:メディカルノート
なお、膵臓の手術は大がかりになることが少なくないため、病状次第で必ずしもすぐに手術が必要になるというわけではありません。IPMNが見つかった場合は、良性のものと悪性のものがあるため、まずは画像検査で嚢胞の大きさや中身、膵管の状態などを細かく調べて、どちらのタイプかを判断します。良性だと判断された場合でも時間が経つと悪性に変化したり、膵臓の別の場所にがんが発生するIPMN併存膵がんという病気になったりするリスクもあります。そのため当院では、IPMNが見つかった患者さんへ定期的な検査を行い、膵臓の状態を継続的に見守る体制を築いています。
体への負担に配慮した診療体制で、膵臓がんの早期発見に臨む
経過観察は、体への負担が少ない検査を中心に行っています。CTやMRIなどの画像検査のほかに、膵臓をより詳しく調べるために、口から内視鏡を入れて胃や十二指腸から超音波を当てる超音波内視鏡検査(EUS)にいつでも対応可能な体制を整えています。膵臓のすぐそばまで内視鏡を近づけて検査ができるため低侵襲(体への負担が少ないこと)なうえに、お腹の上からの検査では見えにくい病変も、より正確性高く診断できます。
これらの検査で、IPMNが膵臓がんに進行しているかどうかの判断が難しい場合は、ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)という検査も検討します。内視鏡を使って膵臓内部の観察や組織の採取を行う検査で、膵臓がんの早期診断に役立つ一方、膵炎などを引き起こすリスクがある検査のため、本当にこの検査が必要かどうかを見極めることが非常に重要です。
当院では6つの診療科・部門(消化器内科、一般・消化器外科、放射線診断科、放射線治療科、臨床腫瘍科、臨床検査科)の医師たちが、毎週合同カンファレンスを実施し、患者さん一人ひとりの検査の必要性や診療方針を決定しています。画像所見や患者さんの体調面などを、あらゆる視点から多角的かつ慎重に議論しています。

膵臓がんが治癒を目指せる唯一の治療法は、やはり手術です。私たちは、膵臓の病気を抱える方ががんになった場合でも、手術可能な早期の段階で発見できるよう、継続的に見守っています。健康診断などで異常が見つかった場合は、症状がないからといって放置せず、ぜひ当院で定期的な検査を受けていただければと思います。

“介護疲れ”を感じる方へ(ユマニチュードというケア技法)
家族を大切にしたい――介護の助けになる“伝え方”
高齢化が進むなかで、介護を必要とするご家族との会話、コミュニケーションがうまくいかず“介護疲れ”を感じる方も少なくありません。優しい気持ちを持っていても、それを相手に受け取ってもらうためには、実は技術が必要です。
「あなたのことを大切に思っています」という気持ちを、“相手が理解できるように表現することで、相手に受け取ってもらえる”ケアの技法があります。それがユマニチュードです。

“ユマニチュード”は1979年フランス発祥の認知症のケア技法です。ユマニチュードが従来のケア技術と異なるのは、「あなたのことを大切に思っている」というメッセージを「相手が理解できる形で届ける」技術を徹底させる点です。この技術によって相手とのよい関係を築くことができ、穏やかにケアを受け取ってもらえる可能性が増え、同時に看護や介護をする方の負担が減ることも分かってきました。実際に当院では、診療に関わるスタッフがユマニチュードを学び、日常の診療に取り入れています。看護師や医師が、患者さんへのよいケアとは何かを考え、実践していることは当院の大きな特徴です。
ユマニチュードの基本は「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱でできています。これらの動作は決して特別なことではなく、私たちが普段、大切な人に対して無意識に行っていることを意識的に行おう、というものです。この技法を院内、そしてご家庭で実践することで“ケア”が相手に伝わるようになります。
家庭で実践するユマニチュード――技術を知り、不安を解消してほしい

当院では患者さんのご家族にもユマニチュードを学ぶ機会を提供しています。介護を必要とするご家族が元気だった頃の姿と今の姿を比べてしまい、つらくなってしまうことや、ついつい「もっとしっかりしてよ」と叱咤激励して自己嫌悪してしまうこともあるでしょう。また、食事の介助の方法や着替えなど具体的な介護の方法を知りたいと思ったり、いわゆる認知症の行動心理症状がでたときに、どうしてよいかわからず途方に暮れてしまったりする方もいらっしゃるかもしれません。
当院では、介護を行っているご家族向けに、ユマニチュード教室を月に1回開催しています(毎月最終金曜日・午前10時~)。「見る」「話す」「触れる」「立つ」といったユマニチュードのコミュニケーションの基本や介護の方法を学ぶことで、介護の負担が軽減することが分かっています。その基本技術を日本ユマニチュード学会の認定インストラクター(以下、認定インストラクター)の資格を持つ看護師がお教えします。
さらに入院プログラムも準備中です。これは、糖尿病患者さんに向けた教育入院*のユマニチュード版のようなものです。当院には、認定インストラクターが5名在籍**しており、介護を必要とされる方と、介護を行うご家族の方に入院していただいてご自宅での介護の様子や困り事を伺いながら、それに対する解決法を提案するプログラムを検討しています。介護のつらさは周りから見えづらく、人にも相談しづらい部分があるかと思います。ですが、どうかご家庭だけで抱え込まず、お困りの方はいつでも当院にご相談ください。
はじめて糖尿病と診断された方や、糖尿病治療を見直したい方を対象に、病院に入院して生活習慣や治療内容を見直し、よりよいコントロールを目指すもの。
2025年9月時点

- 公開日:2025年10月25日