連載難病・希少疾患患者に勇気を

4歳未満で乳歯が抜けるのは「低ホスファターゼ症」の可能性も―小児歯科専門医受診を

公開日

2023年06月10日

更新日

2023年06月10日

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2023年06月10日

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子どもの歯は6歳前後から永久歯への生えかわりが始まり、4歳ぐらいまでに乳歯が抜け落ちることはほとんどない。もし、通常よりも早くに歯が抜け落ちたなら、その陰に別の病気が隠れているかもしれない。低ホスファターゼ症(Hypophosphatasia:HPP)という遺伝性の病気は、乳歯早期脱落の原因になりうる。ところが、そうした情報に詳しくない一般歯科医も多く、患者が見逃されている可能性が指摘されている。早期に発見することで、小児科医による診断を経て、適切なケアにつなげられる可能性があるとして、大阪大学大学院歯学研究科 小児歯科学講座、仲野和彦教授はHPPの啓発に努め、早期発見を呼びかけている。

強い骨や歯が作れなくなる「低ホスファターゼ症」

HPPは、病的バリアント遺伝子によって骨や歯を作るのに必要なアルカリフォスファターゼ(ALP)という酵素のはたらきが悪くなったり、はたらかなくなったりするために起こる。ALPのはたらきが低下するとカルシウムが骨にたまることができず、強く健康な骨を作ることができなくなる。

HPPは重症型と軽症型とが存在している。重症型はALPの量が非常に低く、たとえば肋骨が正常に形成されないなど命にかかわるような症状が出るため、医師による重点的なケアを受けることがほとんどで、その後も歯科医への受診例は少なかった。

一方で、骨の弯曲や乳歯の脱落といった症状だけで命にかかわらないような軽症型は、患者自身もあまり自覚症状がないことからHPPの診断に至らないまま生活している例も多いことが分かってきた。

従来、HPPは両親からバリエーション遺伝子を受け継いだ場合に発症する(潜性遺伝:以前は「劣性遺伝」と表現された)と考えられてきた。一方、軽症型の患者を分析すると、両親のうち片方だけからバリエーション遺伝子を受け継ぐことで発症している(顕性遺伝:以前は「優性遺伝」と表現された)ことが分かってきた。このような軽症型の患者が意識されるようになったのは、ここ数年のことだという。

HPPで歯が抜ける理由

軽症型の子どもの歯が早期に脱落するのは、歯の根の表面に問題があるからだ。歯の根の表面では「セメント質」という硬い組織に「歯根膜」という線維が付着してあごの骨に固定される。セメント質を作る際にもALPが必要だが、HPPではセメント質がしっかり作られず接着が弱くなり、歯が揺れて最終的に抜け落ちる。

歯を失う理由には通常、外傷、虫歯、歯周炎がある。歯周炎は歯と歯ぐきの間の「歯周ポケット」に歯周病菌がたまり、菌の反応で歯を支える組織が破壊されることで起こる。歯周病菌は酸素の濃度の高いところでは生きられないため、歯周ポケットが深くなければ定着できない。子どもは歯周ポケットが浅いため、歯周炎になって歯が抜けることはほとんどない。HPPの患者さんは歯の根がくっついておらず歯周ポケットが深くなっているため、汚れがたまりやすい傾向がある。だが、基本的には歯の骨への接着が弱いために抜け落ちてしまうので、どれだけ口の中をきれいにしても乳歯の早期脱落は防げない。

「生えかわりでもないのに乳歯が抜ける場合は、何らかの全身疾患が原因になっている可能性が疑われるのです。そこで、1~4歳で歯が抜けるという子どもをスクリーニングすることで、小児歯科の領域からHPPの患者さんの早期発見につなげていきたいと考えています」と仲野教授。

乳児歯科健診でのスクリーニングも提案

最近になって、HPP軽症型の患者さんがこれまで見過ごされてきたことが意識され始めた。その結果、診断されず、自覚もないままに中年期、老年期を迎える人がいることも分かってきた。そうした人の中には、一生懸命歯を磨き歯ぐきもきれいなのに歯がぐらつくようなケースも埋もれているとみられる。また、骨が弱いため骨粗鬆症と間違って診断されて一般的な骨粗鬆症治療薬を処方されると、かえって病気が悪化するという報告も出てきている。

「小児期に診断に至るようなシステム作りを行うことに並行して、成人を扱う医師や歯科医にもこの病気について広く知ってもらいたいと、啓発活動を進めています」と仲野教授は説明する。

HPPのため乳歯の早期脱落が起こることは、小児歯科専門医にとっては“常識”だが、一般の歯科医は乳歯の早期脱落とHPPの関係について詳しくない場合もある。「乳歯が抜けてもいずれ永久歯が生えてくるのでそのままにしておく」という人も少なからずいるという。日本小児歯科学会の会員は約5000人(2023年5月現在)、同学会認定専門医は全国に約1100人(同)しかおらず“専門医空白県”もある。「小児歯科」を標榜する歯科医院・診療所は全国に3万~4万軒あるとされるが、その多くは学会の会員ではなく、認定専門医でもない。

一般の歯科医に対しては、早期に乳歯が脱落したり、成人で歯周病ではないのに歯が揺れたりするなどの場合はHPPの可能性があるということを知ってもらい、疑わしいケースは小児歯科専門医につなぐなどするよう呼びかけている。

また、仲野教授は、小児の歯科健診でスクリーニングすることを提案している。「1歳半、3歳などで乳幼児歯科健診があります。その際に、歯が脱落している子どもをスクリーニングし、早めに小児科に紹介して診断につなげようという動きが出てきています」と、仲野教授。乳幼児歯科健診は自治体が実施主体のため、仲野教授は機会あるごとに自治体や歯科医師会の担当者にHPPについて説明し、健診項目に乳歯の早期脱落を加えるようはたらきかけているという。

症状の現れ方に差異がある理由は

前述のように、軽症型の患者さんは両親のいずれかからバリエーション遺伝子を受け継いでいる。同じ顕性遺伝の軽症型でも症状の現れ方や重症度に大きな違いが生じるのは、遺伝子バリエーションがそれぞれに異なっているためだ。

酵素はタンパク質からできており、タンパク質は遺伝子にコードされた設計図に基づいてアミノ酸を並べて作られる。

ごく簡略化して説明すると、遺伝子はAGCTという4種類の塩基のうち、3つ1組で1つのアミノ酸と対応し、設計図の順にアミノ酸をつなげてタンパク質ができる。「AAAGGGCCCTTTA……」という塩基配列があるとすると、「AAA/GGG/CCC/TTT/A……」と区切って読まれ、「AAAに対応するアミノ酸」+「GGGに対応するアミノ酸」+「CCCに対応するアミノ酸」+「TTTに対応するアミノ酸」……がつながってタンパク質が作られる。

この遺伝子の最初の1文字がAからTになっていると、1つ目のアミノ酸がTAAに対応するものに置き換わるが、2つ目以降のアミノ酸は同じ並びになる。ところが1文字目のAが欠損すると、「AAG/GGC/CCT/TTA……」となって、まったく違うタンパク質が作られたり、無意味な配列としてタンパク質が作られなくなったりする。

患者は希望をもって治療を

HPPで不足している酵素のALPを人工的に合成した薬(一般名「アスホターゼ アルファ」)が2015年に世界で初めて日本で承認された。それ以前は、患者には対症療法以外なかったが、この薬ができたことで重症型患者も命をつなぐことができるようになってきた。

ただ、歯に対する薬の効果はまだ検証できていないという。薬が使われるようになって約7年が経過し、初期に使われた子どもの永久歯がやっと生えてくる段階だ。「歯ができる時期は、1本1本違います。そのため、薬を使い始めた時期と歯の形成状態を照らし合わせれば、この薬が歯の形成に効果があるのか分かります。現在、症例報告レベルで効果の有無が発表され始めてきています。さらに、今後多くの症例での結果を包括的に分析すると、効果の有無を明確にできるでしょう。もし効果があるということになると、歯の形成促進のために我々歯科医も処方を検討することになるでしょう」と、仲野教授は見通しを語る。

現状では、軽症型で乳歯の早期脱落がある患者さんに対して歯科医ができるのは対症療法が主だという。

「残念ながら抜けてしまった箇所には入れ歯を入れて、見た目の回復だけではなく、子どもの時期に獲得すべき発音や咀嚼(そしゃく)、嚥下(えんげ)などの機能をきちんと獲得してもらえるようにすることを最優先に考えています。また、永久歯への生えかわり以降では、永久歯は歯根が長く乳歯に比べると脱落はしにくいですが、歯の表面がうまく形成されないことで、歯とそれを支える骨との接着が不十分であるため、一般の人よりも歯周炎になりやすいことを念頭に、1本でも多くの歯を長く残すことを目指しています」と治療方針を語る。

そして、治療を受ける患者さん・ご家族の心構えについて次のように語りかける。

「現在の治療に全力を傾けながら、近い将来に根本治療法を確立するための研究活動を精力的に進めています。患者さんやご家族は明るい未来を期待しながら、私たちの頑張りを見て、現在の治療を受けてもらいたいです」
 

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