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甲状腺医療に関する研究成果、取り組みを3氏が報告―第24回隈病院甲状腺研究会リポート

公開日

2024年05月08日

更新日

2024年05月08日

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2024年05月08日

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第24回隈病院甲状腺研究会が2024年3月2日、神戸市内で開催され、医療従事者を中心に多くの参加者が集まりました。甲状腺医療を専門にする隈病院が、甲状腺に関するさまざまな研究成果、取り組みを報告する同研究会。今回は「成人期における先天性甲状腺機能低下症」「甲状腺細胞診の報告様式」「低リスク甲状腺微小乳頭癌(がん)に対する積極的経過観察」の3つの演題で発表が行われました。研究会当日の様子と、それぞれの発表内容をリポートします。

開会のあいさつ――院長 赤水尚史先生

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開会あいさつを行う隈病院 院長 赤水尚史先生

はじめに、隈病院 院長の赤水尚史先生による開会のあいさつがありました。参加者への感謝を伝えるとともに、発表内容や座長を務める先生方を紹介しました。さらに、今春、竣工を迎えた増改築後の新たな隈病院について、映像とともに案内しました。

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司会を務めた隈病院 外科科長 木原実先生

演題1「成人期における先天性甲状腺機能低下症のマネージメント〜移行期医療を引き継ぐ側の立場から〜」

最初の演者は隈病院 内科(現・内科医長)の久門真子先生です。座長は長野県立こども病院 内分泌代謝科副部長兼生命科学研究センター長 長崎啓祐先生が務めました。

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発表を行う隈病院 内科(現・内科医長) 久門真子先生

◇  ◇  ◇

先天性甲状腺機能低下症(CH)の多くは、新生児マススクリーニングでTSH(甲状腺刺激ホルモン)が高値であることをきっかけに、小児科で診断され治療が開始されます。当院は主に成人を対象に診療しているため、CHの初期治療に関わることはありません。しかし、すでに治療が開始された患者さんが精査に関する相談のために受診される例、治療継続のために受診される例、また成人期に初めてホルモン合成障害と診断される例など、CHに関わる症例は当院にも一定数存在します。

CHとは、胎生期あるいは周産期に生じる先天性の甲状腺ホルモン分泌不全です。この時期の甲状腺ホルモンの不足は、不可逆的な知能障害を引き起こす可能性があるため、速やかな発見とホルモン補充の開始が必要です。

小児を対象とする診療科と、当院のような成人を対象とする診療科では、患者さんとの関わり方や、扱う社会制度などさまざまな違いがあります。このような違いを踏まえて、いかにスムーズに小児期医療から成人期医療へとつなげていくかが移行期医療の最大の焦点になります。成人のCH診療においては、移行期の途中であることを自覚し、患者さんと医療従事者が十分なコミュニケーションを取りながら診療や必要な支援を行うことが重要です。

当院の診療実績をもとに、成人期のCH診療のポイントをいくつかご紹介します。甲状腺形成不全が原因のCHでは、FT3(甲状腺ホルモンの1つ)の値が相対的に低くなる傾向があります。冷えや浮腫、倦怠感など甲状腺機能低下症状の訴えがあれば、FT3を測定しTSHを抑制するとともにFT3を正常状態にコントロールすることで、症状が改善する可能性があります。また、原因の1つである甲状腺ホルモン合成障害が疑われる症例で、Goiter(甲状腺腫)の増大が見られる場合は、早期より甲状腺ホルモン剤の補充によるTSH抑制を行うことで、Goiter増大の抑制や、縮小が見られる症例もあるため、それにより手術を回避できる可能性があります。

演題2「甲状腺細胞診の報告様式―当院における現状―」

続いての演者は、病理診断科 病理検査室 室長の樋口観世子先生です。座長は、信州大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科学分野 教授 伊藤研一先生が務めました。

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発表を行う隈病院 病理診断科 病理検査室 室長 樋口観世子先生

◇  ◇  ◇

私たち細胞検査士は細胞診において、先生方が採取した検体の染色から、診断、報告までの業務を担当します。今回は、このうち診断と報告についてお話しします。

当院では2022年に6,106件の細胞診を行いました。このうち約9割が甲状腺を対象とするものです。当院が判定区分に使用している「甲状腺癌取扱い規約」に沿った判定区分別頻度では、良性が約60%と最も多く、悪性は約13%でした。当院は紹介でいらっしゃる患者さんが多いため、一般の医療機関よりも悪性の頻度が高い傾向にあります。

細胞診標本を確認する際、私たちはまず、その標本が診断してもよい「適正」か、診断してはいけない「不適正」かに区別します。さらに、適正であれば、嚢胞液、良性、意義不明、濾胞性(ろほうせい)腫瘍、悪性の疑い、悪性に区分するのです。血液のみで細胞成分が全くない標本や、十分な細胞量が見られない標本の場合、あえて診断はせず、理由を明記して検体不適正として報告します。

判定区分の1つである「意義不明」とは、良性・悪性の判定が困難な標本のことです。意義不明となる理由はさまざまですが、私たちは意義不明を1例でも少なくするために補助検査を積極的に取り入れています。

当院の細胞診報告書の判定区分には「甲状腺癌取扱い規約」とともに、世界的に広く用いられている「ベセスダシステム」の両方を記載しており、欧米の学術的な研究発表にも対応できるようにしています。また、スクリーニングを担当した細胞検査士と、最終判定を行った細胞診専門医は別個に診断を行い、それぞれの考えを記載するようにしています。報告書の診断で問題がない症例なのか、意見が分かれるような解釈が難しい症例なのかを臨床医に伝えることで、適切な臨床対応につながると考えているからです。また、細胞診画像を添付することで、より分かりやすい報告書になるよう心がけています。

演題3「低リスク甲状腺微小乳頭癌に対する積極的経過観察の長期成績と今後の取り組み」

最後の演者は、外科医長の藤島成先生です。座長は、引き続き信州大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科学分野 教授 伊藤研一先生が務めました。

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発表を行う隈病院 外科医長 藤島成先生

◇  ◇  ◇

低リスク甲状腺微小乳頭がん(PTMC)に対する積極的経過観察(active surveillance:AS)は、1993年に隈病院で、1995年に癌研病院(現:がん研有明病院)で開始されました。以降、PTMCのASに関する英語論文は増えており、世界各国でPTMCに対するASの良好な転起が報告されています。エビデンスが蓄積されたことで「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」にもASが掲載され、内容も「容認」から「積極的に推奨」へと変化しました。

当院で行ったPTMCに対するASの長期成績に関する研究では、ASを長期継続しても、腫瘍の3mm増大やリンパ節転移の出現などの腫瘍進行イベントの急激な増加は認められないことが明らかになりました。その他、PTMCに対するASはIS群(即時手術)より予後良好で、有意に合併症の頻度が少ないという結果が出ています。また、隈病院のような甲状腺専門病院で熟練した外科医が手術しても、手術による予期せぬ反回神経損傷は一定頻度で起きてしまいます。

最近の微小がんに関する当院の取り組みとして、PTMCの腫瘍増大リスクの検討や、腫瘍増大症例に対する進行抑制の試みがあります。我々は、微小がん進行にTSHが影響するか明らかにするために研究を行いました。その結果、40歳未満、腫瘍径9mm以上、Detailed TSH score*≧3(正常よりも高い値)が有意に腫瘍増大のリスク因子であることが分かりました。また、腫瘍増大症例に対する進行抑制について研究した結果、LT4(甲状腺ホルモン製剤の1つ)を投与しTSH値を下げることで腫瘍の進行速度を抑制できる可能性があることが明らかになりました。なお、甲状腺機能が正常なPTMC患者にLT4投与を行い、TSH値を軽度低値にコントロールしても、甲状腺中毒症(血液中の甲状腺ホルモンが過剰にはたらいている状態)とはならないことも明らかになりました。今後は、TSH値を指標にしたLT4投与による腫瘍進行抑制効果と安全性を確認したうえで、臨床に生かしていきたいと考えています。

*TSH値を受診の回数や頻度をもとに患者ごとに調整した値

閉会のあいさつ――副院長(現・院長補佐) 宮章博先生

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閉会のあいさつをする隈病院 副院長(現・院長補佐) 宮章博先生

全ての発表が終了した後、隈病院 副院長(現・院長補佐)の宮章博先生より閉会のあいさつがありました。座長の先生方や参加者への感謝、3演題に対する総括を述べたうえで「引き続き、皆さまと共に甲状腺を極めたいと思っている」という言葉で、本研究会を締めくくりました。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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