甲状腺ホルモンは、全身の臓器にはたらきかけて新陳代謝を盛んにする役割を持ち、妊娠や発達、成長などにも必要不可欠なホルモンの1つです。甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンには、4つのヨウ素(ヨード)を持つ“サイロキシン(T4)”と、3つのヨウ素(ヨード)を持つ“トリヨードサイロニン(T3)”の2種類があります。T3は甲状腺から分泌されるほか、肝臓や腎臓でT4から変換されます。
これらの産生量は、脳の視床下部という部分によって刺激を受けた下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)によって調節されています。たとえば、血液中の甲状腺ホルモン濃度が下がると、この情報が視床下部と下垂体に伝わります。すると下垂体はTSHの分泌量を増加させるようはたらきかけ、甲状腺ホルモンの分泌を増やそうとします。
一方、血液中の甲状腺ホルモン濃度が上昇すると、下垂体はTSHの分泌量を抑えるようはたらきかけ、甲状腺ホルモンの分泌を減らそうとします。この仕組みを“フィードバック機構”といい、このフィードバック機構によって血液中の甲状腺ホルモン濃度は一定に保たれているのです。
甲状腺機能低下症は、血液中の甲状腺ホルモンが不足し過ぎたことにより新陳代謝が低下する病気です。
何らかの原因で先述した仕組みが正常に機能しなくなり、甲状腺ホルモンの分泌が低下してしまうと、新陳代謝を上げる仕組みがうまくはたらかなくなります。その結果、寒がりになる、気力がなくなる、疲労感などの代謝低下に伴う多様な症状が現れます。
甲状腺機能低下症とは逆に、甲状腺ホルモンが必要以上に作られ新陳代謝が活発になり過ぎてしまうと“甲状腺機能亢進症”という病気になります。甲状腺機能亢進症では暑がりになる、イライラしやすくなるなどの甲状腺機能低下症と対照的な症状や、脱毛、疲労感など甲状腺機能低下症と共通した症状も現れることがあります。甲状腺機能亢進症のもっとも多い原因はバセドウ病という自己免疫疾患*です。このほか、甲状腺ホルモンが過剰になる病気として、甲状腺に生じた炎症により甲状腺ホルモンを蓄えている濾胞が壊れ、甲状腺ホルモンが漏出して甲状腺ホルモンが高値となる破壊性甲状腺炎があります。その後、甲状腺ホルモンは数か月で自然に正常値に戻っていきます。一過性に甲状腺機能が低下してから、正常に戻っていくこともあります。
甲状腺機能低下症は、甲状腺自体に異常があって甲状腺ホルモンの分泌が低下する“原発性甲状腺機能低下症”と、甲状腺自体には問題がないものの、脳の視床下部や下垂体に異常がみられる“中枢性甲状腺機能低下症”に大きく分けられます。
原発性甲状腺機能低下症の原因の大半は橋本病です。橋本病とは自己免疫性疾患の一種で、甲状腺に慢性的な炎症が起こっている状態を指し、成人女性に多いことが知られています。
ただし、全ての橋本病患者さんが甲状腺機能低下症になるわけではなく、大部分の患者さんの甲状腺ホルモンは正常の範囲内で、自覚症状も首の腫れや違和感以外にはあまりありません。しかし、4~5人に1人未満*1で甲状腺の炎症の程度が重くなり、甲状腺機能低下症を発症するといわれています。
橋本病でなぜ免疫異常が生じて甲状腺に炎症が起こるのかは分かっていませんが、もともとの遺伝的な病気のなりやすさ(遺伝学的疾患感受性)を持っている方に、何らかの環境因子が加わることで発症する多因子疾患と考えられています。
橋本病以外の原発性甲状腺機能低下症の原因としては、破壊性甲状腺炎後(その後の一時的な甲状腺機能低下症)によるもの、甲状腺の手術や放射線治療による影響、先天性のもの、特定の薬剤の服用などがあります。
原発性甲状腺機能低下症が甲状腺自体に異常があるのに対し、中枢性甲状腺機能低下症は、視床下部または下垂体に起こる異常を要因として発症するタイプの甲状腺機能低下症です。これらの機能が低下するとTSHが十分に分泌されなくなり、血液中の甲状腺ホルモンのバランスが崩れるため、甲状腺機能低下症をきたします。
中枢性甲状腺機能低下症は、くも膜下出血などの脳の病気、脳の外科手術後や頭部外傷、下垂体の病気、遺伝子変化などが原因となって起こり、原発性甲状腺機能低下症に比べると発生頻度は少ないとされています。