生まれてきた子どもが健やかに育ちますように。そのような親御さんの願いに応えるように、日本では“新生児マススクリーニング”が行われています。
“新生児マススクリーニング”は、生後間もない赤ちゃんに一部の生まれつき(先天性)の病気の可能性があるか調べる検査です。また、希望すれば“拡大新生児スクリーニング”という検査を追加で受けることもできます。
新生児マススクリーニング、そして拡大新生児スクリーニングとは、どのような検査なのか、赤ちゃんのうちに病気を見つけることが重要な理由とともにご紹介します。
新生児マススクリーニングは、生後5~7日(日齢4~6日)の全ての赤ちゃんを対象に、先天代謝異常症など生まれつきの病気の可能性があるかどうかを調べる検査です。
先天性の病気の中には、赤ちゃんのうちから治療を受けることで病気の発症や障害の重症化を予防できるものがあることから、自治体(都道府県・政令指定都市)が実施しています。検査費用は無料です*。
検査では、赤ちゃんのかかとからごく少量の血液を採取します。検査を実施した医療機関から血液を染み込ませた専用のろ紙が検査機関に郵送され、2週間ほどで検査結果が医療機関に届くしくみです。
検査の結果、病気の疑いがなければ通常1か月健診で保護者に伝えられますが、病気が疑われる場合は健診前に連絡されます。
“新生児マススクリーニングの結果=病気の確定”ではありませんが、“病気の可能性がある”という判定だった場合はできるだけ早く精密検査を受けましょう。精密検査の結果、実は病気ではなかったことが分かること(“偽陽性”と呼ばれる)や、診断が確定してもほとんど症状が現れない“軽症例”となる場合もあります。
新生児マススクリーニングで発見できる病気は、“先天代謝異常症”と“内分泌疾患”の2種類に分けられます*。
生まれつき代謝**のはたらきに異常が生じる病気の総称です。たとえばメープルシロップ尿症という病気では、アミノ酸の代謝がうまくはたらかないために、発達の遅れや意識障害、呼吸困難などが現れることがあります。重症化すると命に関わる可能性もありますが、適切な治療を受けることで症状の改善が期待できます。
ホルモンの分泌が異常(不足または過剰)になることで起こる病気で、新生児マススクリーニングでは先天性甲状腺機能低下症と先天性副腎過形成症が対象です。いずれの場合もなるべく早期に病気を見つけて、病態に応じた治療を受けることで、発症を未然に防いだり重篤化を防いだりできる可能性があります。
お住まいの地域によっては、新生児マススクリーニングの追加検査にあたる“拡大新生児スクリーニング(オプショナルスクリーニング、拡大スクリーニングなどと呼ばれることもあります)”を受けることができます。希望する方は全額自己負担で検査を受けることができますが、お住まいの地域によっては無料であったり、助成金を受けられたりする場合があります。
拡大新生児スクリーニングでは、新生児マススクリーニングの対象疾患ではない以下の9つ(女児は7つ)の病気の可能性を調べることが可能です*。
上記の病気は、現状、拡大新生児スクリーニングの対象ですが、医学の進歩に伴い検査精度は向上し、治療の選択肢が広がっています。並行して、政府もこれらの病気を新生児マススクリーニングの対象として追加すべきか、継続的に検討を重ねています。
2023年11月現在、政府は、脊髄性筋萎縮症と重症複合免疫不全症を新生児マススクリーニングの対象として追加する方針です。
拡大新生児スクリーニングの実施状況はこちらから確認できます。
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拡大新生児スクリーニングの対象の病気は希少疾患であり、診断や治療が難しい傾向にあります。しかし、近年は医学の進歩に伴い薬が開発され、治療可能になった病気もあります。早期発見・治療によって症状の進行を抑えられ、その後の経過が良好になることや、病気によっては命が救われることが期待できるため、拡大新生児スクリーニングを受けることが大切といえるでしょう。
現状で検査対象となっている病気の特徴と、早期発見・治療が重要な理由については以下をご覧ください。
脊髄性筋萎縮症(SMA)は、運動神経細胞の異常によって筋力の低下や筋肉の萎縮が起こる病気です。多くは2歳未満で発症します。発症年齢や重症度によって4つのタイプに分けられ、自力で立つことや歩くこと、座ることができないなどの症状が現れるほか、重症型では呼吸が弱くなって、人工呼吸器をしなければ助からなくなります。
近年では効果が期待できる治療薬が複数登場したことで、症状の進行を抑えたり、運動機能の低下を防いだりすることができるようになりつつあります。特に、早期に治療をスタートすることで症状の進行を抑える効果が期待でき、症状が出始める前に治療すると正常に近い発達が得られるといわれています。以下は、SMAの治療のタイミングによる経過の差を表した表です。早期に治療を行うことで、その後の経過が大きく変わることが分かります。
重症複合免疫不全症(SCID)は、原発性免疫不全症の1つで、体を守る免疫細胞が生まれつきうまくはたらかないために感染への抵抗力が弱くなる病気です。原発性免疫不全症の中でも、もっとも重症化するといわれています。発症すると、感染症にかかりやすくなり、肺炎や敗血症、胃腸炎などを繰り返したり、髄膜炎(ずいまくえん)を生じたりする場合があります。
治療しなければ生後数か月で感染症にかかり、1年以内に亡くなることが多いといわれています。しかし生後できるだけ早く適切な治療を受けることができれば、感染の予防や、経過の改善が期待できます。
また通常、生まれたばかりの赤ちゃんは各種予防接種を受けることが重要ですが、SCIDの赤ちゃんが生ワクチンの予防接種を受けると重篤な副反応が起こる可能性があります。このため、生ワクチンを使用した予防接種を受ける生後2か月までにSCIDの診断を受けることが大切です。
なお、拡大新生児スクリーニングでは、ほかの多くの原発性免疫不全症の検査も行われています。
副腎白質ジストロフィーは、副腎や脳、脊髄に異常が生じる病気です。発症時期や症状はさまざまですが、子どもの頃に発症すると、知能低下や落ち着きのなさなどの行動の異常、視力・聴力の低下などの症状が現れます。一般的に、治療しないままでいると症状が進行し、1〜2年ほどで寝たきりの状態となるとされています。
造血幹細胞移植*を受けることで症状の進行を抑える効果が期待できますが、症状が現れてから治療をスタートすると十分な効果が期待できない場合が多いといわれています。このため、早期発見による治療の検討が重要なのです。
なお、男性の患者さんが重症化することが分かっているため、男児のみが拡大新生児スクリーニングの対象となっています。
ライソゾーム病は、生まれつき、細胞の中で老廃物を分解するためにはたらく“ライソゾーム”と呼ばれる場所の酵素がなかったり、そのはたらきが弱かったりするために起こる病気の総称です。ライソゾーム病にはさまざまな病気が含まれていますが、現在はファブリー病(男児のみ対象)、ムコ多糖症、ポンペ病が拡大新生児スクリーニングの対象となっています。
希少疾患であることに加えて症状が多様であるために、診断を受けるまでに時間がかかる場合も少なくありません。治療しないままでいると症状が進行し、障害が残ることがあるため、早期発見・治療が重要といわれています。
拡大新生児スクリーニングは、新生児マススクリーニングと同じタイミングで検査を受けることができます。新生児マススクリーニングのときに採取した血液を使うため、追加で採血する必要はありません。
拡大新生児スクリーニングを受けるためには、検査を実施している医療機関に申し込む必要があります。拡大新生児スクリーニングを実施している自治体は現在一部にとどまりますが、少しずつ増え全国に広がっています。検査を検討している場合は、お住まいの自治体または産科医療機関に直接問い合わせましょう。
結果は新生児マススクリーニングと同様、病気の疑いがなければ1か月健診などで保護者に通知され、病気の疑いがある場合はすぐに医療機関から連絡されます。
対象の病気になる可能性はどれくらいあるのでしょうか?
新生児マススクリーニングと拡大新生児スクリーニングの検査の対象である病気は、非常にまれな病気です。発症する可能性は非常に低いですが、もしも病気があり治療しないままでいると、重症化したり命に関わったりする可能性があるため早期発見と治療が重要といえるでしょう。
赤ちゃんの採血に危険はありませんか?
新生児マススクリーニングで行う採血はごく少量であるため、採血による赤ちゃんへの危険はないと考えられます。
検査の費用はどれくらいですか?
新生児マススクリーニングは無料です。ただし、医療機関で実施する採血の費用は自己負担となります。拡大新生児スクリーニングの費用は、お住まいの地域や医療機関ごとに異なります。検査対象疾患数にもよりますが、5,000円(税込)〜1万数千円(税込)程度になります。正確な費用については検査を受ける医療機関へお問い合わせください。なお、無料であったり助成金を受けられたりする地域もあります。
検査の結果、病気の可能性が考えられる場合はどうしたらよいのでしょうか?
新生児マススクリーニングや拡大新生児スクリーニングの結果から病気の可能性があると分かった場合は、本当にその病気か診断を受ける必要があります。病気が疑われる場合は、検査を受けた医療機関から結果と合わせて精密検査による診断を受けることができる医療機関が紹介されますので、そちらで精密検査を受けるようにしてください。
新生児マススクリーニング、そして拡大新生児スクリーニングによって、病気の早期発見が期待できます。対象となる病気を発症する可能性は極めて低いかもしれませんが、たとえば脊髄性筋萎縮症は2万人に1人ほど、原発性免疫不全症は1万人に1人ほどの発生頻度と考えられているので、日本全体で毎年100人近くこれらの病気を持つお子さんが生まれる可能性があります。
赤ちゃんのうちに病気が見つかれば、早期診断・治療によって障害や命に関わるような状態を可能な限り防ぐことが期待できるのです。患者さんとそのご家族が安心して検査・治療を受けられるよう、自治体・医療機関が連携して、情報提供と検査および治療環境の整備を進めていくことも重要だと考えています。