頭頸部がんの医療情勢

頭頸部がんの医療情勢

希少疾患ゆえの課題がある一方、
治療法は進歩・多様化
希少疾患ゆえの課題がある一方、 治療法は進歩・多様化

頭頸部とうけいぶがんとは、首から上にできるがん(目と脳を除く)の総称であり、鼻・副鼻腔ふくびくうがん、口腔こうくうがん、咽頭いんとうがん、喉頭こうとうがん、甲状腺がんなど多くの種類があります。ただ、いずれのがんも、肺がんや胃がん、大腸がんなどと比べると発生頻度が低く、頭頸部がん全てを合わせても、日本人のがん全体の約3%といわれています。特に鼻や耳にできるがんは少なく、“希少がん*”と呼ばれるものもあります。
希少な病気ゆえの課題の1つが、専門医が少ないことです。患者数が少ないため経験豊富な医師も少なく、その少ない医師や病院に患者さんが集中することが多い実情があります。一方で、医療の進歩に伴い、近年では頭頸部がんの領域でも新たな治療法が多く登場しており、がん専門施設や大学病院ではそれぞれの強みを生かして積極的に治療に取り組んでいます。

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希少がん:人口10万人あたり6例未満のまれながん。患者数が少ないために、ほかのがん種に比べて診療・受療上の課題が大きい。

全国のがん医療を支える
東京慈恵会医科大学附属病院

全国のがん医療を支える東京慈恵会医科大学附属病院

日本の中心にある大学病院として
高度な医療を提供
日本の中心にある大学病院として高度な医療を提供

当院は1882年の開設から約140年にわたり、日本の中心にある大学病院として高度な医療を提供してきました。2020年には外来棟をリニューアルし、“患者さんに優しい、高度医療・未来医療に対応できる外来”というコンセプトの下、従来の病院構造にとらわれず診療科同士が連携しやすい空間となりました。全国から患者さんを受け入れており、特に医療技術に強みのある耳鼻咽喉・頭頸部外科をはじめ、担当医師を指名して来院される方も多くいらっしゃいます。開設からの指針にしている“病気を診ずして病人を診よ”というモットーを忘れず、日々医療技術を磨き、患者さん一人ひとりに対して誠実な医療を提供してまいります。

院長プロフィール

東京慈恵会医科大学附属病院の
頭頸部がん治療

上顎洞がんの治療

形成外科・脳神経外科と連携して手術を行う

上顎洞がんは頭頸部がん全体の約3%とまれながんですが、当院では鼻・副鼻腔にできるがんの手術を得意とする医師が在籍していることもあり、積極的に診療に取り組んできた実績があります。
手術が必要な場合は、耳鼻咽喉・頭頸部外科の中でも鼻の治療を得意とする医師に加え、形成外科や脳神経外科の医師たちがそれぞれの専門性を発揮し、タッグを組んで治療にあたっています。
がんとともに上顎骨を切除した場合、体のほかの場所から組織を採取して移植する再建手術を行いますが、当院では骨を移植する“骨性再建”を導入し、術後の顔貌に配慮した治療に努めています。一般的な再建手術では、腹直筋という軟らかい筋肉を顔に移植するため、頬が凹んだり、目の位置が下がったりするなど、顔貌が大きく変化してしまう可能性があります。一方、骨性再建では顔の骨格を再建できるため、術後の顔貌をきれいにすることが期待できます。また、当院は内視鏡を口や鼻から挿入して行う手術を得意としていることも強みです。本来、上顎洞がんを全摘出する手術では目の内側から鼻にかけて広く切開する必要がありますが、当院では患者さんの状態によっては顔を大きく切開することなく、内視鏡で摘出する方法を選択することもあります。

上顎洞がんの治療

抗がん薬と放射線を組み合わせた治療法も

一般的には手術と術後の放射線治療が中心となりますが、当院では“超選択的動注化学療法併用放射線療法(RADPLAT)”という方法を積極的に行っています。がんに栄養を届けている血管にカテーテル(医療用の細く柔らかい管)を挿入して高濃度の抗がん薬を投与する薬物療法と、放射線治療を併用する方法で、近年注目されている治療法です。がんがかなり進行し、手術もRADPLATも難しいという患者さんには“導入化学療法*”という薬物療法で治療効果を上げる試みも行っています。この治療によりがんが縮小し、手術が可能になった方もいらっしゃいます。当院にはカテーテル治療を得意とする医師がいるためRADPLATを積極的に行っており、それにより進行がんでも約80%の患者さんが根治**しています。薬物療法は日々進歩しており、新たな治療薬も多く登場しています。当院では日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医を中心に、常に最新情報を入手して知識のアップデートに努めており、患者さん一人ひとりの病期や体の状態などを考慮した治療のご提案を心がけています。

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導入化学療法:がんの縮小や機能の温存などを目的に、治療の最初に抗がん薬治療を行うこと。

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対象:上顎洞がん(ステージⅠ~Ⅳ)と診断され、東京慈恵会医科大学附属病院で手術加療/超選択的動脈注射化学療法及び放射線治療/導入化学療法及び放射線治療を行い、治療後フォローを行っている上顎洞原発扁平上皮がん患者68例
調査期間:2017年4月~2022年4月
評価:治療後4か月毎にCT及びMRIによる画像評価を行い、再発なしと判断された事例
※根治とは再発せずに5年経過した場合を定義する。

上顎洞がんの治療

私たちは診療科の枠を超えたチームで自信を持って手術にあたっていますし、同時に患者さんとのコミュニケーションも大切にしています。治療の選択肢を丁寧にお話しし、希望をお伺いしたうえで進めていますので、気になることはどのようなことでもご相談いただければと思います。

解説医師プロフィール

外耳道がんの治療

患者数が少なく、手術できる施設も限られる

外耳道がんの治療

外耳道がんを含む聴器がん(外耳・中耳・内耳にできるがん)は非常にまれながんで、その割合は約100万人に1人といわれています。耳だれや耳の痛みなどの症状があるため、クリニックなどへの受診が発見のきっかけとなることが多いようですが、患者数が少ないこと、外耳炎などの病気と症状が似ていることなどから、すぐに診断に結びつかないこともあるのが実情です。
現在のところ、標準的な治療法は確立されていません。手術や、薬物療法と放射線治療を組み合わせた治療を選択されることが多いようです。手術を行える施設は全国的にもかなり限られていますが、当院はがんの根治を目指し、手術が可能な患者さんには積極的に手術を行っています。外耳道の周囲には脳や三半規管、蝸牛かぎゅう ぎゅう、顔面神経、頸動脈などの重要な器官や神経、血管などが密集しているため、手術の難易度は高いですが、私たちは研鑽を積んだ医師によるチームで対応し、術後の生活まで配慮した治療を心がけています。

手術から再建、術後フォローまで充実の体制を整備

外耳道がんの治療

当院には、耳とその周辺の構造に精通した医師、難度の高い側頭骨手術、側頭頭蓋底手術を得意とする医師らによる“耳班”があることが強みです。手術を行った患者さんの2年全生存率は87.2%、2年無病生存率は71.4%という治療成績*を得られています。
外耳道がんの手術は大きく分けて“外側側頭骨切除術”と“側頭骨亜全摘術”という方法があります。いずれも難度の高い手術ですが、当院では脳神経外科の医師とチームを組んで自信を持って対応しています。特に後者は大がかりな手術で、がんの切除後には機能や整容面を回復させるための再建手術が必要になることが多いです。当院の切除手術では顔面神経が損傷されることはかなり少ないものの、がんを取り切るために神経を切断せざるを得ないこともあります。そのため再建手術では経験を積んだ形成外科と協力し、顔面神経をほかの場所から移植した神経とつなぎ、術後の患者さんの生活の質(QOL)を維持できるように努めています。
また、当院では術後のフォロー体制が充実していることも強みです。手術による合併症・後遺症として顔面神経麻痺やめまいなどの症状がみられる場合は、医師や言語聴覚士などによる治療やリハビリテーションを提供しています。精神的な治療やサポートを専門とする診療科によるケアもありますので、不安やつらさは我慢せず、医師やスタッフにお声がけください。

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対象:外耳道がん(Pittsburgh分類:cT1-4)と診断された合計41例の患者のうち、東京慈恵会医科大学附属病院で外耳道部分切除術/外側側頭骨切除術/側頭骨亜全摘術を行い、術後フォローを行っている患者16例
調査期間:2015年4月~2023年3月
評価:治療後4か月ごとにCTおよびMRIによる画像評価を行って判断された事例
※2年全生存率は状態に関係なく患者が2年間生存している割合、2年無病生存率は再発やほかの病気がない状態で2年間生存している割合を指す。

解説医師プロフィール

咽頭がんの治療

患者さんの意思を尊重した治療選択を

咽頭がんは、がんができる場所によって上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がんに分けられ、それぞれで原因や治療方針が異なります。主な原因は過度の飲酒や喫煙といわれていますが、ウイルス感染が原因で起こるものもあります。ヒトパピローマウイルス(HPV)への感染が要因となる中咽頭がんは比較的若い年代でも発症します。
上咽頭がんは脳に近く手術が難しい場所にできるため、治療は薬物療法と放射線治療を組み合わせた“化学放射線療法”が中心となります。中咽頭がん、下咽頭がんは手術、化学放射線療法のいずれも有効で、治療方針はがんができる場所や進行度、患者さんの年齢や体力、持病の有無のほか、患者さんの希望も考慮して決定します。

咽頭がんの治療

咽頭がんの手術、特に進行したがんの手術は、会話(発声)や食事(嚥下えんげ)の機能に大きな影響を及ぼします。治療に対する患者さんの考え方はさまざまで、「たとえ声を失ってもがんをしっかり取り切りたい」という方もいれば、「どうしても声を失いたくない」と考える方もいます。当院では、治療方針を決める際には必ず患者さんの考えを確認し、できる限り尊重することを目指しており、そのためにも医師の豊富な知識と経験が不可欠と考えています。

体への負担が少ない内視鏡手術で、根治と機能温存の両立を目指す

咽頭がんの治療

当院では、口から内視鏡を挿入してがんを切除する手術(経口的切除術)を積極的に行っています。内視鏡を用いることで、がんの大きさや切除範囲を正確に診断し、適切にがんを切除することができます。また、頸部を外から切開する手術と比較して、術後の痛みや合併症が少ない、入院期間が短いなど、患者さんの体への負担の軽減が可能なこともメリットです。
術後の患者さんの飲み込み(嚥下)の機能への影響が少なくなるよう、私たちはがんをしっかりと切除しながらも、血管1本、神経1本でも多く残すことができるように努めています。当院では内視鏡手術の経験を積んだ頭頸部外科医がいることに加え、内視鏡治療に精通する内視鏡部との協力体制ができていることが強みです。消化器の手術で使用される精度の高い内視鏡を使うことで、よりスムーズ、かつ正確な手術が可能となっています。がんが大きい、喉の奥のほうにあるなど経口的切除ができない場合は通常の手術となりますが、その場合はがんの切除と併せて再建手術を行える体制が整っています。
患者さんは、がんと診断されただけでも相当につらい思いをされると思います。そのうえ、食事や会話などの機能まで損なわれる可能性があるという説明を受けたときは、受け入れ難い気持ちになるでしょう。しかし、決して希望を捨てないでいただきたいです。近年、頭頸部がんの治療は目覚ましく進歩し、多彩な治療の選択肢があります。当院は患者さんに寄り添い、がんの根治を目指しつつ治療後の生活の質(QOL)も維持できる治療を提供できるよう、常に準備を整えています。ぜひ、ご相談ください。

解説医師プロフィール
  • 公開日:2024年6月19日
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