乳腺科

乳がん〜完全分担による乳房再建でよりよいでき栄えに〜

最終更新日
2021年05月24日
乳がん〜完全分担による乳房再建でよりよいでき栄えに〜

神鋼記念病院は、兵庫県神戸市に位置する急性期病院で、国のがん診療拠点病院として、さまざまながんの診断・治療にあたっています。

副院長と乳腺センター長を兼任する山神 和彦(やまがみ かずひこ)先生は、乳腺科の医師として乳がんの診断・治療の臨床に従事するのみならず、乳がんに関する研究も含めたさまざまな取り組みにも尽力されています。今回は山神先生に、一般的な乳がんの診断さらに神鋼記念病院における乳がん治療の特色や取り組みについて、詳しくお話を伺いました。

乳がんの一般的な治療方法についてはこちら

治療・取り組み

将来、薬物療法のみで手術なしの時代が来るかも知れませんが、現時点では根治(完全に治ること)のためには手術を省略することはできません。そのため、患者さんの状態を個別に判断し、不必要で過大な手術は避け、変形が少ない乳房、すなわち整容性を追求する手術方法が重要だと考えられます。
当院では、手術が必要となる患者さんに対しては、侵襲(しんしゅう)を少なくできるセンチネルリンパ節生検や整容性(美容)を追求できる乳房再建に力を入れた取り組みを熱心に行っています。

センチネルリンパ節生検

以前は(わき)のリンパ節郭清(腋のリンパ節を根こそぎ切除すること)は、標準的な手術方法でした。しかし、術後の合併症(腕の違和感やリンパ浮腫(ふしゅ)の可能性を高めるなど)のリスクを考え、手術中にがん細胞が最初にたどりつくリンパ節(センチネルリンパ節、みはりリンパ節)を見つけ、転移がない場合は郭清を省略する方法、センチネルリンパ節生検が標準術式となっています。これは2010年4月より保険適用になり、当院でもいち早く取り入れて手術にあたっています。

ICG蛍光法によるセンチネルリンパ節生検

従来、手術中にセンチネルリンパ節を見つける方法としては、放射線を発生させる物質であるラジオアイソトープ(RI)や色素を注射して探す方法がありました。一般的に色素法による検出は習熟期間が必要とされるようにやや難しく、リンパ節の確認ができないことがあります。またRI法は放射線薬剤の扱いに制限があるため、行える病院は限られています。また、よい手術方法とは、特定の熟達した医師のみが可能な手術ではなく、誰が行っても容易で満足な結果が出ることです。

私達は、ICGといった検査薬が近赤外光にて蛍光を発することを利用してセンチネルリンパ節を見つける方法の開発・臨床応用に携わってきました。そして、この方法は2015年の日本乳癌学会の『乳がん診療ガイドライン』に掲載されるようになり、2018年には独自の診療報酬点数がつき、認知されました。

蛍光法は従来の手段と比較すると感度が高く、リンパ節が光るのでセンチネルリンパ節をより簡単に見つけることができると考えています。日本から海外に発信できる方法として京都大学乳腺外科教室と連携し取り組んできました。京都大学乳腺外科と関連病院とで作られる研究会(京都乳癌研究ネットワークのホームページ)で動画が確認できます。

乳房同時再建術

当院乳腺センターの乳がん手術に対するチーム医療の1つに、形成外科と連携した乳房同時再建術があります。形成外科と緊密に連携することは、乳腺科単独で行う再建よりも選択肢が増え、でき栄えも良好です。

当院は乳がんを含む乳腺の切除手術は乳腺外科医が、乳房再建術は形成外科医が行う完全分担制をとっています。インプラント(人工物)による乳房再建術は、日本乳房オンコプラステイックサージャリー学会という乳房再建の基盤である学会より承認された、限られた医療機関でしか行うことができません。当院はインプラントによる再建が可能な施設として認定されています。

図:2020年1~12月までの乳房同時再建の治療実績

さらに当院乳腺センターの特徴は、手術難易度が高いとされている穿通枝皮弁法(せんつうしひべんほう)(下腹部の脂肪のみを使用、細い血管を顕微鏡を用いて吻合(ふんごう)した自家組織を用いる方法)が形成外科により可能で、上の図に示すように2020年には乳房再建術を行った患者さん55名のうち40名(72%)に実施されました。実際の治療方法は患者さんに乳腺外科と形成外科が個々の専門領域の立場からメリット・デメリットを説明し、一緒に検討していきます。

以下に乳房同時再建の再建方法について概説します。

インプラント(人工物)

  • メリット

人工物なので、下腹部など体のほかの部位にメスをいれる必要がありません。そのため、体にやさしい、比較的入院期間が短い、手術が容易で合併症が少ないことが挙げられます。

  • デメリット

一般に拡張器を大胸筋の下に留置し拡張するため、数か月後にインプラントとの入れ替え手術が予定されます。大胸筋の下にインプラントが入るため乳頭が上昇し、自家組織と比較して再建後の形状が不自然になる場合があります。また、10年前後で交換が必要になる可能性などが挙げられます。

2019年には、インプラントが原因とする悪性リンパ腫の発生が世界各地で見られ、日本でも、一時的にインプラントの使用が中止された時期がありました。2021年4月現在は悪性リンパ腫の発症リスクが低いインプラントを使用した乳房再建術が広く行われています。

自家組織

  • メリット

なんといっても整容性が高いことが挙げられるでしょう。術後の乳輪・乳頭の位置も術前とほとんど変化がなく、自然な仕上がりになることが期待できます。

  • デメリット

患者さんのお腹から脂肪を持ってくる穿通枝皮弁法(せんつうしひべんほう)の場合、下腹部にも傷がつくことや入院期間が2~3週間と長くなることが挙げられます。

また術者視点では、穿通枝皮弁法では顕微鏡で細かい血管をつなぐ必要があり、手術難易度が高いため、形成外科が在籍される場合でも手術可能な施設がかなり少なく限定されます。

そのほかの乳がん治療

  • 抗がん剤治療
  • ホルモン治療
  • 放射線治療

診療体制・医師

写真:乳腺外科の先生方

当院乳腺センターでは基本的には『日本乳癌学会ガイドライン』に準じた治療を行っておりますが、世界の代表的な乳癌関連学会で発表された先駆的な診断・治療法の考えを取り入れ、患者さんの生活の質(QOL)をできるだけ損なわない治療を行うことを重要視しています。

同じ乳がんでも患者さんの年齢やがんの状態、がんの性格(サブタイプ)などで適切な治療法が異なります。近年では乳がんの“個別化治療”が重視されており、それぞれの乳がんに合わせた治療を行うことが非常に重要となります。さらに、患者さんの社会的な背景や、希望などさまざまなことを考慮したうえで、患者さんやご家族を含め話し合いをして治療方針が決まっていきます。共有意志決定(シェアードディシジョンメイキング:Shared decision making)と呼ばれています。 

また、転移のある乳がんの患者さんや再発した患者さんに対する治療方法については、ガイドラインに掲載がない場合も少なくありません。そのため、院内で慎重に審議を行って治療方針を決定するほか、京都大学乳腺外科が中心となって行う研究会(京都大学乳腺外科を基盤に、関連病院とで“京都乳癌研究ネットワーク”をつくり、定期的に研究会が開催されている)に参加し、意見交換などを行っています。

診療科を越えた院内の連携

当院では総合病院という利点を生かし、乳腺科のみでなく、主に腫瘍(しゅよう)内科や形成外科、放射線診断科、放射線治療科、病理診断センターと密に連携をとっております。また、乳がんに対する全ての治療を行えるよう2007年より乳腺センターを開設し、より正確な診療およびより高度な治療を目指しています。

なかでも形成外科との連携では、乳房の再建を乳がんの手術と一緒に行う一次的再建を数多く行ってきました。ほかにも、循環器内科や呼吸器内科、脳神経外科、糖尿病代謝内科、膠原病(こうげんびょう)リウマチセンターなど、幅広い診療科との連携も行っており、別の病気を抱えている患者さんの乳がんの治療についても、より安全で正確に行えるような体制を目指しています。

地域全体でのチーム医療の提供

院内だけでなく“地域全体でのチーム医療”としての活動も重要と考えています。たとえば神戸市歯科医師会を通じた地域の歯科医師会との連携を密に行っています。がん治療では口腔(こうくう)ケアをしっかり行うことにより、手術後の肺炎予防や回復の促進、化学療法後の口内炎発症の低下などが期待できます。そのため、患者さんに治療の前後に地域の歯科医院へ通っていただき、口腔環境を管理しながら治療にあたるようにしています。また、地域の歯科医院の先生にがん治療における口腔ケアの重要性をご理解いただけるよう、当院の医師が神戸市歯科医師会での講演会を実施することもあります。

治療成績

新規乳がん手術件数

  • 2017年:335件
  • 2018年:340件
  • 2019年:339件
  • 2020年:333件

受診方法

神鋼記念病院では、以下のように予約受付および診療を行っています。

初診の流れ

当院では初診の場合、原則かかりつけ医の紹介状をお持ちいただくこととなっております。かかりつけ医がいない場合は、ご希望があれば地域医療連携室にて地域の先生を紹介いたします。なお、紹介状がない場合、診療科によっては診察ができないことがあるので、受診前にお電話にてご確認ください。

また多くの乳がん患者さんが集中しているので、乳腺科の外来は非常に混雑しております。乳房のしこり、乳頭からの血性分泌などの乳がんを疑わせる自覚症状がある方、他施設からの乳がん疑いの患者さんは直接乳腺科で対応していますが、症状のない方の検診目的、乳房違和感、痛みなどの乳腺症(良性)を疑う患者さんは当院関連の健診センターでの検診にて対応させていただいています。

受付時間

月曜~金曜 午前8:30~午前11:30

初診時に必要なもの

  • 健康保険証
  • 紹介状
  • 医療受給者証(お持ちの方)
  • 当院の診察券(お持ちの方)

セカンドピニオン

当院では患者さん本人、もしくはそのご家族を対象に、セカンドオピニオン(自由診療)も承っております。セカンドオピニオンは完全予約制となっておりますので、担当医に相談した後、事前に電話でお問い合わせください。

また相談時間は30分で11,000円(税込)です。30分を超えると15分5,500円(税込)の延長料金がかかります。

診察・診療の流れ

乳がんの診断方法

マンモグラフィや超音波検査などの画像検査で、乳がんが疑われた場合、病変の細胞や組織を針で採取し、顕微鏡で見る“病理検査”によって確定診断が行われます。そして、乳がんと確定診断された場合、病理組織を用いて非浸潤がんか浸潤がんかが検討されます(後述)。確定診断後は主として造影MRI検査でがんの大きさや広がり、CT検査などで転移の有無が調べられ、治療方針が決定されます。

一般に、乳房部分切除(乳輪乳頭を残す乳房温存術)が可能かの判断を目的に乳房造影MRI検査を行いますが、造影剤を使用するため、喘息(ぜんそく)などの持病を持つ患者さんには行えないことがあります(造影剤により喘息発作を誘発する懸念があるため)。閉経前の患者さんの場合、できるだけ精度が高い造影MRI検査を行うには月経周期と関連がある(月経周期後半は乳腺組織の造影剤の取り込みが亢進(こうしん)し、がんでないのに染まる可能性が高くなる)ため、一般に月経開始日から5~12日の撮像が推奨されています。

治療方針の決定方法

非浸潤がんと浸潤がんで分けて考える

図:乳房の構造(PIXTA)

図:浸潤がんと非浸潤がん

乳がん細胞の発生母地は、多くの場合(約90%)、母乳が乳頭まで通過する乳管です(乳房の構造の図参照)で、乳管の内腔からがんが発生します。当初は、乳管内にがん細胞がとどまっている段階で、乳管外部への浸み出しがないので、非浸潤がんと呼びます。そこから、一定の期間が経過し、乳管の外に浸み出すと浸潤がんに移行します(浸潤がんと非浸潤がんの図参照)。一定の期間とは、がん細胞の悪性度や微小環境によりさまざまと考えられています。

全身につながる血管やリンパ管は乳管の外に存在するので、浸潤がんの場合は、血管やリンパ管を通り、がん細胞が全身に移行する可能性があります。よって、浸潤がんでは、全身の治療として薬物治療(ホルモン剤や抗がん剤)を検討する必要性が生じます。治療方針は非浸潤がんと浸潤がんに分けて考えていく必要があります。

  • 非浸潤がんの場合

手術前の薬物治療の適応とならず、手術先行となります。非浸潤がんは“早期がん”だからといって、必ずしも乳房部分切除(乳房温存術)が可能とは限りません。顕微鏡による病理組織診断では乳管内にがん細胞がとどまっている非浸潤がんであっても、広範囲の場合があるからです。そのため、がんの広がりを推定するために、画像診断(超音波検査やMRI検査)を行います。

診断の結果、広範囲の場合でも手術先行(薬を先にするのではなく、手術を先にすること)は変わりませんが、乳房全切除が必要になります。近年、乳房の同時再建(1次再建)を希望される方も多く、形成外科との緊密な連携をとることで手術方法の選択枝が広がります。詳しくは、当院乳腺科のホームページをご参照ください。

  • 浸潤がんの場合

前述のCT(あるいはPet- CT)や骨シンチでの全身の検査が施行され、がんの転移の有無が確定されて病期(ステージ)が決まります。さらに、針生検組織にて“乳がんの性格(サブタイプ)”が確定されます。これらを用いて、手術前の薬物治療(抗がん剤、ホルモン剤)あるいは手術先行かが検討されます。

図:化学療法が行われるタイミング

以前は手術後に抗がん剤を使用する“術後補助化学療法”が主でした。しかし現在は、手術後に抗がん剤を予定している場合には、抗がん剤治療を手術前に移行させる“術前化学療法”を行う機会が増加しています(上図参照)。この方法によって腫瘍(しゅよう)を縮小させ、乳房全切除から乳房部分切除(温存術)に持ち込める可能性がでてきます。

さらに重要なのが、抗がん剤治療終了後に手術を施行することになるので、手術検体を顕微鏡で見ることができます。したがって、どれくらいがん細胞が死滅しているか、腫瘍における抗がん剤の反応性(効果)が分かります。そして、抗がん剤後の手術検体にて乳がんが遺残している場合、手術後に選択できる薬剤が多くなります(反応性をガイドにした薬物治療といいます)。もちろん、浸潤がんが広範囲の場合でも、整容性を追求するために形成外科と連携した乳房再建の適応は検討されます。

患者さんのために病院が力を入れていること

高濃度乳房に対する画像診断

当院では、乳がんの診断・治療を高めるために近未来を見据えた臨床試験を行っています。乳腺組織が緻密にある場合、デンスブレスト(高濃度乳房)と呼ばれ、一般のマンモグラフィでは白く映ってしまいます。乳がんも白く映るため、これでは病変が乳腺に隠れてしまい、発見しにくくなります(白いキャンパスの中に白い部分があるイメージ)。そのため当乳腺センターでは、企業と連携し、高濃度乳房にも対応できる画像検査を開発しています。

造影マンモグラフィ(富士フイルムメディカル(株))との連携

マンモグラフィ撮像時に造影CTで使用されるヨード系造影剤を利用することで、高い検出率で乳がんを発見できる技術の開発・研究を行っています。

最も乳がんの検出率が高いとされている造影MRI検査の問題点は、特異度が低い(乳がん無しを有りと捉える)、検査時間がかかることです。短時間で施行できる造影マンモグラフィですが、造影MRIと同じ程度の検出率で特異度がより高いところを目指して研究が継続されています。

マイクロ波マンモグラフィ(神戸大学 数理データサイエンスセンター、Integral Geometry Science(株))との連携

微弱なマイクロ波(スマートフォンの数千分の一)で乳がんを高精度に可視化する世界初のマイクロ波マンモグラフィの開発・研究・臨床応用に従事しています。背景には神戸大数理・データサイエンスセンター木村 建次郎(きむらけんじろう)教授による応用数学上の未解決問題であった“波動散乱の逆問題”の方程式の回答と、その理論の活用でした。現在のスーパーコンピューター使用での解析では、1つの乳房をマイクロ波で像をつくる場合、数十時間かかるところを前述の方程式で数秒に短縮可能となりました。マイクロ波による乳がん検査の実用化に光明が見えてきました。

X線マンモグラフィとは異なり、“被曝がない”、“圧迫による痛みがない”かつ“高濃度乳房においても高感度”であり近未来の有望な検査です。この理論ならびにマイクロ波マンモグラフィは“サイエンスZERO(2021年2月7日放送)”などのさまざまなメディアに紹介されています。第一回日本医療研究開発大賞(AMED理事長賞:2017年)の受賞、ネイチャー誌(世界的な科学論文雑誌:vol. 588, 2020年12月10日)でも紹介されました。海外26か国で特許を取得(2021年2月現在)、日本から世界に発信できる画期的な乳がん画像診断機材の開発に協力していきます。

先生からのメッセージ

近年、がん治療ではチーム医療の重要性が認知されてきています。乳がんでも同様に、乳腺科だけでなく、さまざまな診療科の医師との連携が必要となるほか、看護師や薬剤師はもちろんのこと遺伝カウンセラーなどの協力が必要となるケースもあります。

乳がんと診断され、これから治療先を選択する方は、ぜひ乳がんに特化したチーム医療のある病院を検討していただきたいと思っています。また、乳房再建を検討する際も同様に比較的簡単なインプラント留置でも、形成外科との連携できる施設を選択することがすすめられます。日本乳癌学会専門医の在籍の有無も重要ですが、上記の点のマンパワーも病院選択のキーワードになるかと思います。

神鋼記念病院

〒651-0072 兵庫県神戸市中央区脇浜町1丁目4-47 GoogleMapで見る