インタビュー

陽子線治療のメリット・デメリットー実際に行われる治療の流れとは?

陽子線治療のメリット・デメリットー実際に行われる治療の流れとは?
櫻井 英幸 先生

筑波大学 医学医療系 放射線腫瘍学 教授、筑波大学附属病院 副病院長・陽子線治療センター部長

櫻井 英幸 先生

この記事の最終更新は2016年05月18日です。

陽子線治療は精度が高い治療法です。一人一人の患者さんに治療器具や治療計画をつくる必要があるため、入念な準備が必要とされます。筑波大学附属病院陽子線治療センター部長の櫻井英幸先生に、陽子線治療の実際の流れについてお話をうかがいます。

そのため、一人一人の患者さんに合った道具や治療計画を準備する必要があります。準備期間を考えると治療開始までに1週間~10日間かかります。ですから、陽子線治療は今すぐ治療をしなければならないような緊急性が高い患者さんには向きません。また、あまりたくさん放射線量が必要ない緩和ケア(主に痛みをとる治療)を目的とした患者さんも適していません。このようなケースの場合は、X線治療を選択するようにお勧めしています。

これは、がんの種類と広がり方によって変わります。たとえば、がんのある場所が1ヶ所であり、その周囲に重大な影響が及びそうな臓器がない場合、集中的に陽子線を照射することができます。そのため、かかる日数は1~2週間程度となります。

複数ヶ所にわたるがんをすべて治療するためには照射する面積を拡大しなければなりません。そのため、ある程度日数をかけて安全に陽子線をかけてゆく必要があります。また、このようなケースにおいては抗がん剤の併用も考えられるため、患者さんの体に負担がないように時間をかけて治療を進めます。

 

筑波大学附属病院陽子線治療センターで患者さんを診察する櫻井先生
患者さんを診察する櫻井先生(写真提供:筑波大学附属病院陽子線治療センター)

 

専門医が病気の容態や全身の健康状態などを診察し、陽子線治療が最適と診断された場合、治療を開始するための準備をします。具体的には、患者さんが寝台に横になる際使用する固定具を作成します。これにより、照射位置のずれを防ぎます。固定具は患者さんの体の形状が異なるため、1人1人に合わせたオーダーメイドでつくられます。

がんや腫瘍の大きさは患者さんごとに異なるため、必要な陽子線量も変わります。その他、照射する角度、深さ、回数などを各々の患者さんに合わせて計算し、その患者さん専用の照射器具をつくります。準備のために来院する回数は2回程度です。

患者さんは照射台にあおむけに寝て、X線(3次元画像)で正しい照射位置を確認します。その後、準備期間に作成したコリメータ(照射の形を形成する器具)とボーラス(照射の奥行きを形成する器具)を使って照射の精度を上げます。治療が進むにつれてがんや腫瘍は小さくなるため、変化した病巣に合わせてこれらの器具も作り直していきます。

筑波大学附属病院陽子線治療センターでは、さらに精度を上げるために「呼吸同期照射システム」を使用しながら照射しています。これは呼吸に合わせて上下してしまう臓器の動きを感知し、あらかじめ設定された位置にターゲットがあるときにしか照射が行われないしくみを持ちます。これにより、呼吸で体が動いても、確実に同じ位置に照射をし続けることができます。

実際の陽子線照射時間は、1回につき1~3分程度です。X線による位置確認の時間を含め、入室拘束時間すべてを考慮しても、一回の治療は30分程度で終了します。治療が開始されたら、この1日のサイクルを月曜~金曜まで毎日、外来にて行います。原則として通院治療となりますが、患者さんの健康状態が悪かったり、抗がん剤治療の併用が必要である場合は入院で行うこともあります。なお、照射中に痛みを感じることはありません。

陽子線を照射するためには、照射中体を同じ場所に固定しなければなりません。そのため、さまざまな器具が用いられます。たとえば体の部位を押さえる必要があるケースでは、枕のようなバッグを患者さんの背中の形に合わせて整え、それを寝台に置いて、毎回そこにはまり込むようなイメージで固定します。

 

陽子線治療に使用される固定器具
体を固定する器具:発砲スチロールの小さな粒が入っていて、この上に患者さんを寝かせて形を整えた後に空気を抜くと発砲スチロールが密集して、整えた形のままになる(写真提供:筑波大学附属病院)

 

照射する放射線は、がんの形に合わせてつくらなければなりません。その放射線の形をつくるためには、型抜きした器具を使用します。金属が放射線を通さないという性質を利用し、空いた部分を放射線が通り抜けて狙い通りの形に照射できるようになっています。

 

陽子線治療に使用される照射器具
左がボーラス(照射の奥行きを決める)、右がコリメータ(照射の形をつくる)(写真提供:筑波大学附属病院)

 

肺や肝臓などの臓器は呼吸の影響を受けて動いてしまいます。そのため、肺がんや肝臓がんなどを治療する場合、肝臓の位置を正確に把握するために、体内に金属を入れてマーキングすることがあります。これは照射の精度を上げるために非常に重要な準備です。この金属は治療後も体内に残ることになりますが、MRIなどには影響を与えない特殊な性質を持っています。

 

陽子線治療を受ける患者さんの様子
患者さんが治療を受ける体制(写真提供:筑波大学附属病院)

 

陽子線治療は、どの施設でも受けられる治療法ではありません。そのため、筑波大学附属病院陽子線治療センターのあるつくば市まで遠くから来ていただく患者さんも大勢いらっしゃいます。そのため、頻繁に通院することが難しい患者さんに関しては、地元の医師やかかりつけ医から患者さんの状態を教えていただいたり、患者さんが検査を受けたらその結果を知らせていただいたりしながら経過観察を行います。医療機関同士の連携も非常に重要です。経過観察は5年程度続けていただくことになります。

※ただし、陽子線治療は治療から間もない期間が特に注意する必要があるため、治療後3ヶ月間は筑波大学附属病院陽子線治療センターで経過観察が必要です。その後、3ヶ月に1回(状態がよければ半年に1回)程度のサイクルで経過観察を続けていきます。

陽子線治療のデメリットとしてまず挙げられるのは、費用の問題です。陽子線加速器を設置するためには高額な設備投資が必要であり、さらにその装置を作動させ続けるために他の道具や電気代などもかかるため、一例あたり250~300万程度の費用がかかります。陽子線治療がX線治療と同程度まで普及するためには、装置そのものの値段や運転費用のコストをどれだけ下げられるかが今後の課題になるでしょう。

陽子線治療は、現在先進医療保険の対象となっています。上記のようなコストダウンがかなうことで150~200万円程度に費用を抑えられるようになれば、より多くの方が陽子線治療を受けることができるようになるでしょう。

陽子線治療の際には、皮膚が日焼けを起こしたように炎症を起こす(皮膚炎)ことがあります。一方、X線は高エネルギーで治療を行っても通り抜ける性質をもつため、皮膚表面では最大エネルギーになりません。

そのため、X線治療よりも陽子線治療のほうが皮膚炎を起こしやすいという特徴があります。ただし、X線でも皮膚表面に近い場所を治療する場合は皮膚炎を起こすことがあります。

放射線は「当たった場所(臓器)」「当たった放射線量」「どれだけの体積に当たったか」の3点によってどのような副作用が起こるかが決まります。基本的に一般の方が考えるような全身的な副作用(だるくなる、疲れやすいなど)はありません。

陽子線治療は、すべてのがんに格段の効果がある治療法ではありません。あくまで、数ある治療法の中のひとつに過ぎないということを認識していただく必要があると感じます。

多くの患者さんは、今までに聞いたことのない新しい治療があることを知ると、まず「その方法で治療してみたい」とお考えになります。しかし、治療の選択はやはり「自分の病気にはどの方法が最適か」を基準に考えるべきでしょう。陽子線治療はよい効果があると結果が出ていても、患者さんの体質によっては他に最適な治療法があるかもしれないからです。もちろん、陽子線治療を希望して来院していただいた患者さんには、きちんとそのような説明をしますが、患者さんにもこのことを心得ていただくことが重要だと思います。

病院は、患者さんにとって気軽に連絡しづらい場所であり、また医師に様々な質問をすることは気が引けてしまうという方が多いでしょう。従来、患者さんが「一度話を聞いたものの自宅に帰ってから不安に思うことが出てきた」「もっとよい治療法があるかもしれないと疑問に思う」などと思うことがあっても相談できる場所はありませんでした。これを解消するため、筑波大学附属病院陽子線治療センターでは問い合わせができる窓口を設けています。患者さん自身が、もっと病気のことを理解してご自分の治療法についてよく知っていただくために、このサービスを大いに利用していただきたいと考えています。

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※問い合わせると、陽子線治療が適しているか、適していない場合ほかにどんな治療法があるかなどを数日以内にアドバイスしてもらえる。

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