院長インタビュー

救急医療の最後の砦‐歴史ある熊本医療センター 良質な医療を提供するための取り組み

救急医療の最後の砦‐歴史ある熊本医療センター 良質な医療を提供するための取り組み
河野 文夫 先生

国立病院機構 熊本医療センター 名誉院長

河野 文夫 先生

この記事の最終更新は2017年05月18日です。

熊本医療センターは、雄大な熊本城の二の丸に位置する歴史の深い病院であり、古くから地域の患者さんの命を救う大切な役割を担ってきました。

近年では救急やがん領域の診療、そして国際医療交流、震災救助援助、患者満足度向上など様々な分野に力を入れることから、全国を代表する医療機関として知られています。全国トップレベルの医療を展開し、地域の信頼を集める同院の取り組みについて、院長の河野文夫先生にお話を伺いました。

当院の前身である鎮西兵団病院が創立されたのは明治4年(1871年)です。歴史書『日本陸軍史』によると、同院は明治維新に活躍した日本陸軍の創始者兵部大輔大村益次郎が全国4カ所に設置した鎮台(地方を守るために駐留する軍隊)のうちの1つに併設した軍医病院だったと記載されています。

その後、明治9年2月(1875年)にフランス陸軍によって近代的な建物に作り替えられ、熊本鎮台病院となりました。同院は歴史に名を残す激戦、神風連の乱(明治9年10月)、西南の役の熊本城急襲(明治10年2月)の負傷者を受け入れた医療施設であり、実際に多数の負傷兵の治療を行いました。

その後、熊本陸軍病院、熊本衛戌病院、熊本第一陸軍病院と改称、戦後昭和20年(1945年)12月1日、厚生省に移管され国立熊本病院となり、平成16年(2004年)4月1日に独立行政法人国立病院機構熊本医療センターとなりました。

このような背景から、当院は現在も雄大な熊本城の二の丸の一角に位置する、歴史の深い病院です。「最新の知識・医療技術と礼節をもって良質で安全な医療を目指す」ことを基本理念に掲げ、日々地域医療へ貢献しています。

当院では年間約9,000台の救急車の搬送を受け入れています。これは全国トップレベルです。救急搬送の連絡を受けても、院内の病床が埋まってしまうと急患の受け入れは難しくなります。しかし、当院では周囲の医療機関と密に連絡を取り、入院患者さんの受け入れ先を確保することなどで、断らない救急医療を実現しています。これは非常に大変なことですが、緊急性の高い治療に素早く対応し地域の患者さんに安心していただけるよう、病院全体で救急医療に力を入れています。このような医療体制が評価され、2008年(平成20年)には人事院総裁賞、2012年(平成24年)には救急医療功労者厚生労働大臣表彰を受賞しました。

また、当院は航空医療にも取り組んでいます。2012年(平成24年)1月から防災ヘリ「ひばり」の基幹施設に指定されており、ドクターヘリとの連携を行うことで熊本型ヘリ救急搬送体制を整えています。

今となってはこのような救急医療の実績がありますが、当院は約20年前まで救急の受け入れを行っていませんでした。救急医療を開始した1994年(平成6年)には、救急医療の実績がなく、周囲の医療機関や救急との連携を一から構築していく必要がありました。そのため、当院でもよい救急医療対応を迅速にできることを伝えるべく、様々な取り組みを行いました。たとえば、病院幹部が開業医を訪問し救急医療開始を説明する、消防士・救命士向けの救急医療勉強会を当院で開催する、救命救急科医長が消防署の当直に参加して救急車に乗せてもらい救急医療を勉強する、などです。

周囲の医療機関や救急との信頼構築に尽力した結果、1994年(平成6年)には年間100台に満たなかった救急車搬送台数が、今では年間9,000台まで伸びています。これほどの短期間で信頼性の高い救急医療を確立したことは、全国でも例がないと思います。

当院には33の診療科があります。

その中でもより特色ある診療科をいくつかピックアップして、治療の取り組みをご紹介します。

膀胱がん子宮がんの治療を積極的に行い、多くの症例の治療をこなしています。泌尿器科では県内トップレベルの最先端医療機器を揃えています。2016年3月から前立腺がん密封小線源治療を開始し、増加する前立腺がんの治療法の選択肢が広がりました。

当診療科では多くの白血病悪性リンパ腫の患者さんの治療にあたっています。県下唯一の日本骨髄バンクおよび日本臍帯血バンクの認定施設です。無菌室25床を有し、国内有数の骨髄移植センターであり、これまで 965例の造血幹細胞移植を行っています。2016年には年間62例の造血幹細胞移植を行いました。また、当院では従来の血縁間移植、骨髄バンクドナー間の移植のみならず、臍帯血移植やHLA不一致移植、高齢者に対する移植に積極的に取り組んでいます。

当院の外科は、熊本県ではじめて内視鏡視下手術を導入しました。大腸がん胃がんの症例が多く、最近では手術だけでなく化学療法・放射線療法なども併用した集学的治療を展開しています。

当科では肝がんに対するラジオ波治療など、当院独自の治療を積極的に行っています。また内視鏡による粘膜下層剥離術(ESD)で胃がん・食道がん・大腸がんの治療にも取り組んでいます。さらに最新の超音波内視鏡を導入し肝臓・胆嚢・膵臓の診断や治療も格段に進歩しました。

当院にある550の病床のうち、精神科が50床を占めています。当院の特徴は、身体合併症のある精神科救急を受け入れていることです。県内の精神科救急約2000例のうち約1400例を当院で受け入れており、緊急に手術を必要とする精神疾患身体合併症のほか、自殺未遂や薬物を大量に内服した方など三次救急にあたる精神科救急患者は、県下のほとんどの症例を一手に引き受けています。

当院では、耳鼻科、口腔外科、形成外科、眼科、皮膚科、整形外科、脳外科などが協力して頭頸部腫瘍などの手術を行っています。各診療科の垣根が低く、連帯意識が強いため当院の頭頸部疾患診療は当院の大きな特徴の一つです。

このような全国・県トップレベルの医療を備えることで、受診される患者さんにより安心していただける環境を整えています。

当院の臨床研究部では国際医療協力に力を入れています。政府の開発援助実施機関(JICA)から委託を受け、様々な国際的な技術協力を行っています。

  • ▼海外から毎年数十名の途上国医療従事者の研修を受け入れ教育・実習、集団研修(個別研修)
  • ▼海外姉妹病院との交流
  • ▼海外派遣:講師としての出張

当院ではこれまで約120か国、1504名の研修生を受け入れています。

また、当院の姉妹校として、エジプト・スエズ運河大学、エジプト・ファイユーム大学、中国・広西医科大学、タイ・コンケン病院などがあり、密接に交流を深めています。

そして、エジプト、タイとは毎年、講師の出張や研修受入れを行っています。現地に派遣された講師は現地で医療技術研修(第3国研修)を立ち上げ、医療レベル向上に貢献しています。

当院は公的病院としてはかなり早くから開放型病院の取り組みをはじめています。開放型病院とは、地域の診療所の医師(登録医)と連携を結び、地域の患者さんを共同で指導していく取り組みのことです。連携することで、地域の診療所に通っていた患者さんが新たな症状を訴えたときに、より適切な治療を進められたリ、双方の病院で管理される患者さんのカルテ情報をスムーズに共有することができます。当院では、現在医科、歯科併せて1800名を超える登録医の先生方がいらっしゃいます。このように地域の診療所の先生方と連携を強めているため、安心していつでも患者さんを紹介いただける体制です。

また、当院では地元のイベント・お祭りなどのお手伝いも付属看護学校の学生によるボランティア活動の一環として積極的に行っています。地域医療との連携も、当院の特色である救急医療も、地元の方々の理解を得られないと進めていけません。よりよい医療を地域の方々へ提供するために、医療以外の側面からも交流を深めていくことが欠かせないと思っています。

当院は2016年に起きた熊本地震の際に災害拠点病院として機能しました。院内には国立病院機構の現地対策本部が設置され、現地での医療提供に尽力しました。

このときの様子を、私は毎週院内ランで発行していた院長室だよりに執筆してきました。その結果、当時の院長室だよりをみますと地震時の被害やその時の対応など、記録として残すべき情報が記載されています。このような貴重な情報をリアルタイムで記録し続けられたことは非常に意味のあることだと感じています。

当時を振り返ってまず言えることは、災害に対する備えを十分に行うことが何よりも重要だということです。当院では毎年、熊本市が行う地震発生を想定した訓練に参加してきました。本番を想定し、患者さんの受け入れから、情報共有に用いるホワイトボードの活用方法まで、なかりきめ細かい訓練を行いました。訓練は震度6強の地震が早朝に起こった場合を想定して行われていましたが、今回まさにその通りの事態が発生したのです。

当院ではこのような訓練を行ってきたおかげで、職員自身も被災者にもかかわらず前震時364人、本震時412人という多くの職員が集合し、パニックに陥ることなく救急災害対応を進めることができました。被害状況の整理、周辺病院の受け入れ状況の共有、地域病院との医療連携など、多くの場面で訓練の成果が活きていたと思います。今回、得られた経験をもとに、さらによい訓練を継続して行うことが重要だといえるでしょう。

河野文夫先生

私が院長に就任した当時、患者満足度が思わしくなく、この点を改善しようと取り組んでまいりました。患者さんにより満足いただくためには、接遇を改善し誠実に丁寧に対応していくことが一番だと思っています。そのため接遇の研修と、患者様声シートへの誠実な対応に力を入れてきました。研修は様々な医療従事者に、様々なタイミングで行ってまいりました。たとえば、新年度採用者、病院管理者、新人看護師、病院秘書といった方々に対して宿泊研修を数回行いました。これによって院内の多くの方のビジネスマナーを磨き、とにかく来院された方へ思いやりを持って対応することを重視していきました。また、患者様の声シートは、毎週の幹部会議で取り上げ、改善すべきものはすぐに対応しています。その結果、2015年(平成27年)の全国患者満足度調査では、国立病院機構全国500床以上の病院の外来・入院ともに第1位になりました。

当院はこれからも患者さんへよりよい医療を届けられるよう、それぞれの診療や患者さんへの接遇改善に力を入れていきたいと思います。