インタビュー

持続可能な再生医療の実現に向けて——日本再生医療学会の取り組み

持続可能な再生医療の実現に向けて——日本再生医療学会の取り組み
八代 嘉美 先生

神奈川県立保健福祉大学 イノベーション政策研究センター 教授

八代 嘉美 先生

目次
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病気やけがで失われてしまった臓器や機能を回復(再生)するための医療を“再生医療”と言います。これまでに、世界中で再生医療の研究が行われてきました。2007年には、患者さん自身の細胞から作製できる “iPS細胞”が世界で初めて誕生。山中 伸弥(やまなかしんや)先生(京都大学 iPS細胞研究所 所長)のノーベル生理学・医学賞受賞は大きな話題となりました。現在、iPS細胞を活用したさまざまな研究が進められています。

日本再生医療学会の理事を務める八代 嘉美(やしろよしみ)先生に、再生医療の研究がどのような段階にあるのか、現状の課題とこれからの展望、同学会が注力する “ナショナルコンソーシアム(NC)事業”について、お話を伺いました。

再生医療とは、細胞や人工材料を活用し、病気やけがによって失われてしまった体の細胞や機能を回復させる(再生させる)医療を指します。

再生医療の目標は、従来は根本的な治療がなく、対症療法で対応していたものや、機械を使った継続的な治療を要するもの(たとえば重症腎不全に対する透析療法など)を、より完治に近い状態に回復させることです。

病気やけがの克服を目指して、脳、神経、目、心臓、皮膚など、さまざまな臓器に関する再生医療の研究は進んでいます。しかしながら、これら再生医療の研究は、まだ黎明期にあると思います。なぜなら、今、基礎研究の成果を新たな治療法の開発につなげるためのトランスレーショナル・リサーチ(橋渡し研究)がいくつか終わり、ようやくさまざまな課題が見えてきた段階だからです。

日本は、米国シリコンバレーのようにレッセフェール(自由放任主義)の“なるに任せよ”で自然と組み上がっていくような風土ではないので、ある程度レールを敷いたうえで産業化を目指す必要があるのかもしれません。結局のところ、まだ循環した形にはなっていないため、これからはサステナビリティ(持続可能性)を念頭に、生態系のハーモナイズ(調和すること)を進めていく必要があると考えています。

再生医療等製品(細胞群)は単一の化合物のような同等性を持ち得ないため、研究のなかで同等性を証明する必要がありますが、それは容易ではありません。さらに、異なる患者さん、製品、施設などの間でいかに同等性を保つのかという課題があります。これらの課題を克服するためには、規制対応などの人手が必要であり、どうしてもコストが上がってしまうのです。このような背景から、再生医療の研究、製品製造のコストは高くなりやすいという特徴があります。

しかしながら、再生医療の発展が社会全体の利益につながる可能性は大いにあります。たとえば、脊髄損傷で運動麻痺や神経障害が大きい場合には、後遺症が残るご本人と介護にあたるご家族の両方が社会参加の機会を喪失してしまうことがありますが、再生医療によって脊髄損傷の患者さんの状態を改善することがかなえば、ご本人もご家族も社会に復帰することができます。それは患者さんとご家族を助けるだけでなく、医療経済的にも有益であり、ひいては社会全体の利益につながる可能性を秘めているのです。

NC事業とは

大前提として、研究者側がきちんと社会(国民)に向けて情報発信することは大切です。しかしながら、研究者個人や大学などの組織は自分たちの研究についてまずはアピールしなければならないため、私たち日本再生医療学会などのアカデミックな集合体が率先して研究を推進し、客観的かつ中立的な立場で国民に向けて情報発信する意義は大きいと感じています。

このような考えに基づき、日本再生医療学会では、2016年にナショナルコンソーシアム(NC)事業をスタートしました。これは、臨床研究を振興し、再生医療を普遍化するための全国規模のオープンイノベーションプラットフォームです。

NC事業には、以下のようないくつかの柱があります。

  • 臨床研究支援
  • 人材育成
  • 再生医療データベースの構築、運用
  • 産学連携の推進
  • 患者/市民参画プログラムの推進
  • 国際展開戦略

再生医療は新しい技術であり、その臨床研究については個別の研究機関に少しずつ実績が蓄積されている段階です。また、従来、研究機関の間での情報交換が閉鎖的になりがちであるという課題がありました。

そこで、全国的なコミュニティである日本再生医療学会がハブとなり、多数の研究機関からの知見を集約してネットワークを構築することで、その集合知を全国に展開できる仕組みを整えました。そこには、しっかりと知見を共有することでシーズ(将来的に花開き実を結ぶ可能性の高い研究)を社会に届けたいという思いがあります。

まず要件を統一しやすい細胞培養技術者向けのE-Learning教材などの教育コンテンツを作成し、初級から上級までの細胞培養技術者や再生医療に関わる医師が理解しておくべき内容をレベル別にまとめた教科書を作成しました。そして、培養士に関する新規認定制度として、再生医療等における細胞培養の基礎から応用を理論的に理解し、人員の教育訓練を行うことのできる技術者を養成するための“上級臨床培養士”の制度をつくりました。

臨床研究から市販後調査までのあらゆるフェーズをカバーする症例データベースNRMD(National Regenerative Medicine Database)の構築を行っています。NRMDの疾患領域に共通するデータ登録項目はPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)との連携により構築されており、追加するデータ登録項目は関連学会との緊密な協議において策定されます。

産学連携の推進として、さまざまなイベントを運営しています。たとえば、再生医療産学連携バリューチェーンセミナーでは、一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)と連携し、要素技術シーズを持つ企業やアカデミア研究開発者がそれぞれの知見を紹介し、意見交換の機会を設けています。また、再生医療テクノオークションでは、日本再生医療学会の開催時に行われる発表を通して、企業と研究者のマッチングを試みています。

再生医療テクノオークションの様子
再生医療テクノオークションの様子

私たちは、患者/市民参画プログラムとして、再生医療に関する患者相談窓口の設置、再生医療ポータルの運営、対話型イベントの開催などを行っています。この取り組みの背景には、医学研究、臨床試験においてさまざまな場面で患者/市民が参画するという考え方(PPI:patient and public involvement)があります。

患者相談窓口では、研究進捗に関する問い合わせへの対応、医療機関の案内などを行っています。問い合わせの内容としては、整形外科領域のPRP(多血小板血漿)療法、脳梗塞、膝関節疾患などがあります。

【患者相談窓口】03-6262-3120

月水金10:00〜13:00/14:00〜16:00 ※祝日、年末年始(12/29〜1/5)を除く

再生医療ポータル”は、再生医療に関する情報提供を目的に、日本再生医療学会が開設したものです。再生医療ポータルでは、再生医療に関わるニュースの更新、臨床研究や治験の情報提供を行っており、再生医療を提供する医療機関の検索も可能です。患者さんには、ぜひ再生医療ポータルを通じて、ご自身が受療しようとしている再生医療が厚生労働省へ正式に届け出されているものであるかを確かめていただきたいと思います。

日本再生医療学会

そのほかに、研究者と患者/市民の対話型イベントを開催しています。当イベントでは、前半の時間で研究者から患者/市民に向けた分かりやすい内容の講演を行い、後半の時間で参加者が班ごとに分かれてディスカッションをすることで、研究者と患者/市民、双方の認識のギャップの最小化を試みています。

このような取り組みによって、国民や患者さん自身が知識を得て、世の中に溢れる情報を正しく取捨選択するための手助けになれば嬉しいです。残念ながら、専門家はいつも患者さんのそばにいてアドバイスをすることができません。代わりに、患者さん自身が身を守るための情報という“武器”を提供することが重要だと考えるのです。

市民参画イベントの様子
市民参画イベントの様子

ご説明したオープンイノベーションプラットフォームを活用して日本で培われた再生医療の知見を世界に輸出するべく、国際市場の開拓と連携に努めています。たとえば、まずはアジアの展開を視野に入れ、国際学会、各国の再生医療学会や再生医療産業化支援機関と覚書による連携を進めています。

日本では再生医療への期待が高まっていますが、これまでご説明したように、現状、再生医療はまだ発展途上といえる技術です。“再生医療”とうたってクリニックなどで提供されるもののなかには、まだエビデンス(科学的根拠)が未構築のものが含まれています(2020年2月時点)。そのため、再生医療の受療を検討している場合には、まず “再生医療ポータル”に登録されている施設の中から検討していただきたいです。そして、各施設の資料リンク先から目的や治療効果についての情報を確認し、さらに、かかりつけ医の意見も聞きながら、総合的に判断しましょう。大切なことは、患者さんご自身が主体的に調べる姿勢を持つことだと考えています。

私たちはこれからも日本、そして世界における持続可能な再生医療の発展に向けて最善を尽くしていく所存です。どうか長い目で応援していただければ嬉しいです。