この患者さんが自分の家族だったらどうする?

「この患者さんが自分の家族だったらどうする?」

患者さんに教えられながら成長してきた柴垣有吾先生のストーリー

聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科 教授

柴垣 有吾 先生

「柴垣先生、ありがとう」といわれる父の背中を追いかけて

私の家はいわゆる医師家系。父も兄も医師です。

父が地域の患者さんたちに「先生」と呼ばれ、感謝されている姿は幼い私にとって誇りでした。父らの背中をみていた私は、迷うことなく自分は医師になるものだと信じていました。他の仕事に就くことはほとんど考えず一心不乱で医師の道を志す、そんな学生時代を過ごしてきました。

医師は感謝されるばかりではない―患者さんに育てられた研修医時代

大学を卒業し研修医になった私は、そこで初めて医師の仕事は感謝されるばかりではないということを痛感します。

「先生の言うとおりにしているのにどんどん悪化するじゃないか!」

「本当にこの治療を続けて病気は治るのか?」

知識も技術もない駆け出しの研修医であった私に、患者さんは自分の辛い思いをぶつけてきたのです。ご存知の通り医学は統計学です。データで見るとその治療法が最善であることがわかっていても、必ずそれで治るとは言い切れません。

時に心が折れる思いもしましたが、私には患者さんの気持ちを全身で受け止めることしかできません。今思うとそれは、自分が思い描いていた理想の医師像と現実の医師像には大きなギャップがあることを理解した瞬間だったかもしれません。

しかし、患者さんと過ごす時間が長くなるにつれ、医師と患者さんの関係が大きく変化することも知りました。

「先生、本当は私、不安なんです」

「こんなこと先生にしか相談できません」

最初は不満ばかり漏らしていた患者さんが、次第に自分を信頼してくれるようになり、主治医の先生には話せないような不安や悩みを相談してくれるようになりました。

内科で診る疾患は慢性疾患が多く、患者さん自身も自分の病気が完治しないという事実を知っています。病気と一生付き合っていかなければならない不安は計り知れません。

知識も技術もない頃に患者さんに信頼してもらったこの経験は、今になっても「本当によい医療とはなんだろう」と振り返る自分の原点にもなっています。

医療は全て効率では語れない−アメリカで学んだ大切なこと

私が腎臓内科を専門に選んだのも尊敬する父の影響でした。父は透析が専門の腎臓内科医で、臨床の技術を磨くため海外留学を経験していました。

「留学はより広い世界を見ることができる、視野が広がって、とてもいい経験になる」

留学の魅力を語る父の顔をみて、留学はきっと楽しいものだと思ったものです。そして1999年、私は念願のアメリカ留学をしました。アメリカ留学での経験は予想をはるかに上回るほど刺激的で、後々、自分の目指す医療を考えるうえでとても貴重な経験となりました。

たとえばアメリカでは医師と患者さんとの関係性が驚くほどにビジネスライクです。医師は効率至上主義・経済至上主義でいかにスムーズに多くの患者さんを治療するかを重視して診療します。そのため、アメリカの医師は日本の医師のように診療に忙殺されることは滅多になく、勉強や研究に十分な時間を割くことができます。

そして驚いたことに、患者さんも医師に治療以上の期待をしていないのです。それは自分が今まで経験してきた、患者さんの不安や悩みまで包み込むような日本の医療からは大きく乖離しているものでした。

日本の献身的な医療と、アメリカのビジネスライクな医療。どちらも経験して、私が得た答えは「医療は効率だけでは語れない」ということでした。確かに患者さんのために献身的な診療をしようとすればするほど、医師は心身ともに疲弊してしまいます。しかし、全てを効率性で判断してしまったら患者さんは一人で不安を抱え、余計に苦しい思いをするかもしれません。

たとえば、外来診療に訪れた患者さんが検査を受けたとします。検査結果によっては手術や大がかりな治療が必要になるかもしれません。日本では、その患者さんが少しでも早く結果を知ることで安心できたり、次の治療に備えて準備ができたりするように、なるべく早く検査結果を伝えられるようにします。

一方、アメリカにはそのような配慮をする文化がありません。外来診療は常に予約でいっぱいなので、患者さんが検査結果を知るのは3か月先になることもあります。

同じ3か月でも、検査の結果を知っていて過ごす3か月と、結果がわからない不安を抱えたまま過ごす3か月では患者さんの気持ちは全く違います。いったいどちらが正しい医療なのか。医師が疲弊しない範囲で患者さんの思いを汲める私なりの方法を考えるきっかけになりました。

父の闘病を経て気づいた、患者さんのための本当の医療

私が医師として成長し、充実した毎日を送っていた最中、父が病院を引退し、兄が父の病院を継ぐことになりました。私の父は非常に仕事熱心な人で、医師という仕事に命をかけてきたといっても過言ではありません。その父が仕事を辞めてからというもの、だんだんと生きがいを失い、元気が無くなっていきました。

そして、引退から数年後に胃がんを発症。幸いがんは根治しましたが、その頃には体力も認知機能も落ち、あの誇らしい「先生」であった父の面影はほとんどなくなってしまったのです。

ひどく体力が衰え、家族に対する記憶もおぼろげになってしまうほど認知機能も弱まってしまった父。私は医師としても息子としても動揺を隠しきれませんでした。父の姿が今まで自分が診療してきた患者さんと重なってみえたのです。

入院前には自力で歩けていたのに、2週間の入院で足腰が弱り歩けなくなってしまった患者さん。今まで一人でも元気に暮らしていたのに、入院してから介護が必要になってしまった患者さん。たくさんの患者さんたちの病気を治してきたけれど、それで果たして幸せになれたのだろうか―。

どれだけ先進的で優れた医療で病気が治っても、それで必ずしも患者さん全員が幸せになるわけではない。私は父の姿から「病気を治すだけでは患者さんを幸せにできない」という、大切なことを学びました。

当然ですが患者さん一人ひとりに生活があり、家族がいます。自分がこの患者さんの家族だったら、医師に何を求めるだろうか。患者さんはどうしたら幸せになれるのか。その視点を持つことを父が身をもって教えてくれました。

患者さんが幸せになるためにできることは何か

私の医師としての人生は、医師であった父や兄、たくさんの同僚に支えられたと同時に、たくさんの患者さんにも支えられてきました。

患者さんはさまざまな経験や気づきを与えてくれます。

「この患者さんが自分の家族だったらどうするか」

「この患者さんは退院して家に戻ったらどんな生活が待っているのだろうか」

患者さんの身になって考えてみるだけで、私たちができることがどんどん見えてきます。私たちを信頼してくれる患者さんが幸せになるために医師ができること、それは疾患を治療することだけではありません。

患者さんの生活に即した医療を提供する、そんな患者目線を持った医師を目指し、また後進の医師にもこの視点を伝えていきたいと思っています。

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