消化器外科・食道外科
食道がん~チーム医療でより負担が少ない低侵襲治療を~
がん研有明病院は東京都江東区に位置するがん専門病院です。がん専門病院として多くのがん患者さんを診療し、さまざまながんの治療に取り組んでいます。
副院長と消化器外科部長、食道外科部長を兼任する渡邊雅之先生は消化器外科の医師として、長年食道がんの治療に従事してこられました。今回は渡邊先生にがん研有明病院における食道がん治療の特色や取り組みについてお話を伺いました。
食道がんの一般的な治療方法についてはこちら
治療・取り組み
がん研有明病院では、早期食道がんから進行した食道がんまで幅広いステージに対応できるよう、さまざまな治療に取り組んでいます。早期食道がんの患者さんの場合は、体の負担が小さい内視鏡治療を積極的に行っており、進行食道がんの患者さんの場合は内視鏡下手術など体に負担のかかりにくい手術を行うほか、複数の治療を組み合わせて行う集学的治療に取り組んでいます。
内視鏡下手術
当院では手術が必要となる食道がんの患者さんのうち、95%程度の方に内視鏡下手術を行っています。また、近年では手術用ロボットを用いた内視鏡下手術(ロボット支援下手術)にも取り組んでおり、少しずつ症例数が増えてきています。
メリット・デメリット
内視鏡下手術のメリットとしては、以下のような点が挙げられます。
・体の負担を減らすことができる
従来の開胸手術と比較すると傷口が小さく、患者さんの体の負担を軽減することが可能です。術後の回復が速く、手術の翌日から立ち上がれる方がほとんどなので、長く横になっていることによる合併症などのトラブルが起こりにくく、入院期間も短くすみます。
- より正確な手術が可能
内視鏡下手術は術者にとっても大きなメリットがあります。たとえば、開胸手術では胸を大きく切り開いても視野が狭く、体の中を覗き込んで治療を行う必要がありましたが、内視鏡下手術では体の中が内視鏡によって拡大され、大きなモニターを見ながら治療ができるので、より正確に病巣を切除することが可能です。食道がん手術後の血液検査での炎症反応(血清CRP値)のピークを比較すると、鏡視下手術の術後では、開胸・開腹手術に比較して炎症反応のピークが下がっていることが分かります。
一方、リスクとして以下の点を頭に入れておく必要があります。
- 触覚がない
開胸手術では臓器に直接手で触れることができるため、腫瘍と正常組織の境界は、指で触れることでよりよく分かる場合があります。しかし、鏡視下手術では直接手で触れることができないため、その点が弱点とされます。しかしながら、内視鏡で近接してみることができる拡大視の効果と、経験を重ねることで鉗子による間接的な触覚によって安定した手術ができるようになります。
適応
前述のとおり、当院では手術可能となる患者さんのほとんどに内視鏡下手術を行っています。しかし、ごく一部内視鏡下手術が難しいと考えられる患者さんに対しては、従来どおりの開胸手術を検討することもあります。
たとえば、食道がんの手術では切除後に食道の再建が必要となりますが、この再建の際に特殊な吻合方法が必要な場合には、開胸手術が検討されます。また過去の手術などによって肺の癒着が強い場合には、内視鏡が入り込める隙間がない場合があるため、開胸手術が行われることがあります。
入院スケジュール・費用
食道がんの内視鏡手術後の入院期間は患者さんによっても異なりますが、2か月程度が一般的です。また、費用は保険適用となり、患者さんの状態などによって異なります。ただし、高額医療費制度などが活用でき、実際に負担する費用が異なる場合もありますので、詳しくは病院にご確認ください。
集学的治療
日本食道学会の発行する『食道癌診療ガイドライン』によれば、ステージII~IIIなどの進行した食道がんの患者さんに集学的治療が行われることが一般的です。手術が必要となる食道がんでは、手術後に合併症が生じる可能性が高く、栄養が取りにくいことなどから体力が落ちてしまう方が多いため、より体の状態がよい手術前に術前化学療法を行ってから、手術に臨みます。
3つのカンファレンスで治療方針を決定
患者さんの状況によってはガイドラインに当てはまらない症例や、治療に複数の選択肢が生じる症例もあります。そこで、当院では各診療科の医師が密に意見交換を行い、それぞれの患者さんの治療方針を決定しています。具体的には、臓器別のカンファレンス、手術をする患者さんのためのカンファレンス、消化器全体のカンファレンス(キャンサーボード)という3つのカンファレンスで患者さんの治療方針の検討を行っています。
- 臓器別カンファレンス
ここでは、食道がんの治療に関与する消化器外科・内視鏡治療科・放射線科・腫瘍内科などの医師が集まり、受診された全ての患者さんの治療方針について相談します。このカンファレンスを行うことによって、初診でどの診療科を受診した場合でも複数の診療科の医師の意見を取り入れて治療方針を決定することができます。
- 手術をする患者さんのためのカンファレンス
消化器外科医が集まって患者さんの状態などを共有し、具体的な手術方法について検討します。
- 消化器全体のカンファレンス
消化器外科・内科・放射線科・内視鏡治療科・腫瘍内科・病理の医師などが集まり、ガイドラインどおりの治療が難しい患者さんや化学療法が効いて手術ができそうな患者さんなど、特殊で検討が必要な患者さんの治療方針について話し合います。
当院は食道がんのハイボリュームセンターで、過去にもさまざまな患者さんを診療してきた経験やデータを多く保持しているため、自分たちのデータに基づいて意見を交わし、患者さんの治療方針を決定しています。
そのほかの食道がん治療
- 化学療法
- 化学放射線療法
診療体制・医師
写真:食道がんのカンファレンスチーム
食道がん手術は術後に合併症が起こるリスクが高く、死亡率が高い手術です。安全に手術を行うためには外科医の技術の向上はもちろんのこと、術前・術後(周術期)の管理が非常に重要な位置を占めます。
そこで当院では手術に対する安全性を確保・向上するために、さまざまな専門家によるチーム医療を心がけ、2013年9月から食道がん周術期治療チーム(通称ペリカン)を立ち上げて手術に取り組んでいます。このチームでは1人の患者さんに対し、医師や看護師、歯科医師、理学療法士、薬剤師、管理栄養士、精神科リエゾンチーム、摂食・嚥下チーム、事務などの幅広い職種の方々が力を合わせて、手術を行う前から手術が終わった後まで切れ目なく管理を行います。
周術期管理の流れ
術前の管理としては、歯科による口腔ケアや管理栄養士による栄養管理、理学療法士によるリハビリテーションなどが行われます。
また、術後は術前に行ってきたこと同様、口腔ケアや栄養管理をしっかり行うほか、早期離床を目指してリハビリテーションが行われます。この体制を取り入れたことで、食道がんの術後の合併症、特にもっとも重篤な合併症であるとされる肺炎が起こる確率を減少させることができました。
口腔ケア
食道がんでは手術後に嚥下機能(物を飲み込む力)が低下し誤嚥が増えることにより、気管や肺に口の中の細菌が入り込み、肺炎などの合併症を招くこともあります。
このようなことを防ぐために、術前から歯科治療をしっかり行い、清潔な口腔内を保つことを心がけます。
栄養管理
手術前から栄養状態が悪い方は、術後さらに栄養状態が悪化する可能性があり、回復が遅れてしまうことがあります。そのため、手術前にしっかり栄養を取っていただき、万全の状態で手術に臨んでいただきます。
リハビリテーション
上記2点同様にリハビリテーションも大切です。術前から呼吸方法などのリハビリテーションを取り入れることで、術後の回復を早めることが期待されます。また、食道がんの患者さんは飲酒・喫煙習慣のある方が多いため、禁酒・禁煙の指導も熱心に行っています。
治療成績
<食道がんの内視鏡手術の症例件数>
- 2019年:258件
- 2018年:284件
- 2017年:215件
受診方法
がん研有明病院では、以下のように予約受付および診療を行っています。
初診の流れ
当院の診療は原則予約制となっているため、初診の方は診療予約室に直接電話にて診療の予約をとってください。また、基本的には紹介状が必ず必要です。そのため、紹介状がない場合は、まずほかの医療機関を受診後、治療を要する、精査が必要、等の紹介状をご準備ください。
詳しくは「がん研有明病院の診療案内ページ」を参照ください。
診察を担当する医師
診療を担当する医師については、希望があれば初診時に指名をすることも可能です。お気軽にお申し付けください。ただし、どの診療科・医師を受診した場合でも、治療方針についてはカンファレンスで相談して決定するため、大きな違いが生じることはありません。
診察・診断の流れ
食道がんの診断方法
食道がんが疑われた場合、まずは食道内視鏡検査で食道の内部を観察します。がんを疑う病変があった場合には内視鏡検査中に組織を採取し、顕微鏡で詳しく見る病理検査を行うことで確定診断となります。また、治療方針を検討するためには、がんの進行度合いを確認する検査も欠かせません。主にCT検査やPET-CT検査などの画像検査を用いて、がんの広がり、大きさなどを確認し、ステージを決めていきます。
治療方針の決定方法
カンファレンス
当院では初めて外来を受診された患者さん全ての方に対して、食道外科医をはじめ、内視鏡医、腫瘍内科医、放射線治療医などが集まるカンファレンスで意見交換を行い、それぞれの患者さんにより適した治療法を検討しています。このように複数の診療科の医師が集まって治療方針を検討することで、複数の治療方法を組み合わせた集学的治療が行えることもあります。
キャンサーボード
標準治療を行うことが難しい患者さんやほかの臓器にもがんがある患者さんなどの治療方針は、消化器センターや関連各科のキャンサーボードで検討しています。キャンサーボードとは、がんの治療に関わる医師たちが集まり、患者さんの治療方針について、さまざまな方向の専門家の意見を交換、共有、検討、確認することをいいます。
入院が必要になる場合
食道がんの治療で入院が必要となるのは、主に手術治療と化学療法です。
また基本的に検査入院が必要となることはありませんが、初診時すでにがんが進行しており、食事が取れていない患者さんに対しては治療方針が決まる前にすぐに入院していただき、栄養療法をしながら検査を行うこともあります。
患者さんのために病院が力を入れていること
がん診療ではがんそのものに対する治療はもちろんのこと、患者さんやご家族をサポートするためにがん相談支援センターやセカンドオピニオン外来、地域の医療機関との連携など、さまざまな取り組みが必要です。
そこで当院では数年前からトータルケアセンターを設立し、がん診療において必要となるサポートを統括して行えるようになりました。トータルケアセンターでは患者さんの悩み事、相談事に合わせてスタッフがサポートを行うため、患者さんの「どこに相談すればいいのか分からない」といった悩みを解消することができます。
先生からのメッセージ
食道がんは治療の難しいがんです。そのため症例数が多く、よりよい成績を持つ病院で治療を受けることが非常に大切です。特に大切なことは、集学的治療や手術の前後(周術期)の管理などを連携して行えるチーム体制が整った医療機関で治療を受けることだと思います。
受診する前の患者さんには見えにくい部分かもしれませんが、診療のなかでサポート体制があるかどうか主治医に質問するなどして、その病院の体制について理解して治療を受けることを心がけましょう。また主治医としっかり話をして、自分に合った治療方法を選べる病院で治療を受けるようにしましょう。