肺がん~がんは治療だけでは終わらない 患者目線で不安をカバー~
NTT東日本関東病院は東京都品川区に位置する総合病院です。地域がん診療連携拠点病院(高度型)の指定も受けており、集学的治療の提供やセカンドオピニオン、緩和ケアの受け入れ体制などに尽力しています。今回は呼吸器センター長と呼吸器外科部長を兼任する松本 順先生に、NTT東日本関東病院における肺がん治療の特色や取り組みについてお話を伺いました。
*肺がんの一般的な治療方法についてはこちら
治療・取り組み
近年はX線やCTを用いた肺がん検診が広く行われるようになり、早期で肺がんが見つかることも増えてきています。そこでNTT東日本関東病院では、肺がんの縮小手術に力を入れています。
肺がんの縮小手術とは?
肺がんの手術方法にはいくつか種類がありますが、ガイドライン上の標準治療は、がんのある肺のブロック(肺葉)と転移する可能性の高いリンパ節を切除する“肺葉切除術”と“リンパ節郭清”です。しかし近年では切除範囲をより狭くし、肺の機能を温存するための縮小手術が広く行われるようになってきています。
縮小手術とは、肺を肺葉よりもさらに小さな範囲で切除する治療方法で、がんのある部分のみを切除する“部分切除”と、がんのある区域だけを切除する“区域切除”に分けられます。縮小手術を行う際は肺機能の温存を目指しながらも、再発を防ぐために確実にがんを切除することが大切です。以下では、当院における工夫についてご紹介します。
部分切除とVAL-MAP
当院で行う部分切除は、がんから十分な距離をとって確実に切除するためにVAL-MAP(気管支鏡バーチャル3D肺マッピング)を用いて切除範囲を定めています。当科で行うVAL-MAPは、術前に気管支鏡検査を行い、インジゴカルミンとインドシアニングリーン(ICG)と呼ばれる2つの色素を注入して着色することにより、手術時に切除範囲を明確にする手法です。
従来のVAL-MAPといえば、インジゴカルミンだけで着色することが一般的でしたが、当院ではICGも併せて活用しています。遠赤外光を観察できる内視鏡を使用すれば着色した部分が緑色に光るため、肺の表面から離れた深い位置にある腫瘍であっても見つけやすいという特徴があります。
区域切除とロボット支援下手術
肺がん手術の区域切除は、2020年4月よりロボット支援下手術が保険適用となったため当院でも積極的に行っています。当院の手術用ロボットを用いた区域切除では、ロボットに搭載されたカメラの機能の1つである遠赤外線光観察モードであるファイヤーフライ(英語で蛍の意味)機能を使用しています。このカメラ機能を使用すると血流のある部分は緑に光るため、緑に光っていない血流のない部分を切除すれば、切除すべき区域をまとめて切除することができます。
また、より切除範囲に確実性を持たせるため、切除する区域だけを膨らませて、切除範囲を明確にしています。このような工夫を行うことによって、切除すべき区域だけを切り取ることができるのです。
ロボット支援下手術のメリット・デメリット――胸腔鏡下手術との違い
胸腔鏡下手術と比較した際のロボット支援下手術のメリットは、以下のとおりです。
術者の操作がしやすいため精微な作業がしやすい
胸腔鏡で手術を行う際の医療器具である鉗子は直線的で、ものを掴んでいても不安定になりやすい一方、手術用ロボットの鉗子は多関節で細かい操作がしやすいため、熟練すると開胸手術を行っているかのような治療が可能になります。
もちろん触覚があるわけではないので、慣れるまでは難しいと感じることもありますが、慣れてくると視覚で補填するように力加減を体感できるようになり、掴んだものを潰したりちぎったりするようなミスはしなくなります。
このようなことから、ロボット支援下手術では熟練した技術があれば胸腔鏡下手術でできることがより簡単にできるうえ、胸腔鏡下手術では難しい症例も手術できる可能性があると考えます。
一方で、以下の点には注意が必要です。
胸腔鏡よりも不利と考えられる点
ロボット手術は安全な手術と考えられます。しかし、患者さんの条件にもよりますが、肺血管の損傷が起きた場合、ロボットがついているために止血の対処が遅れる可能性があります。
肺動脈から大出血が起こると命に関わるため、このような場合はすぐに開胸手術や胸腔鏡下手術に切り替えて治療を行います。患者さんの安全が第一ですから、このような手術中のリスクを回避する判断力は呼吸器外科医としてとても重要なことだと考えています。
縮小手術の適応
縮小手術は非小細胞肺がんの中でも、より早期の方に行われることが一般的です。当院では、症例に応じてロボット支援下手術・胸腔鏡下手術・開胸手術のうちから、適した方法を選択して治療を行います。
縮小手術の入院期間・費用
入院期間は個人差がありますが、6日程度となることが一般的です。ただし、肺の状態があまりよくない方の場合には、肺から空気が漏れる肺瘻などの合併症が見られる可能性もあるため、2週間ほどかかることもあります。
費用は保険適用で、3割負担の方の場合30~55万円程度(入院費用含む、食事料等別)です。ただし、高額療養費制度が適用されるため、年収などにもよりますが実際の支払額は10万円程度となることが一般的です。なお、胸腔鏡下手術とロボット支援下手術で費用が変わることはありません。
ロボット支援胸腔鏡下肺葉切除術以外の肺がん治療
NTT東日本関東病院では、手術治療を行うほか、薬物療法や放射線治療も実施しています。薬物療法は呼吸器内科が担当しています。また放射線治療も盛んで、手術ができない患者さんに対する定位放射線(ピンポイント照射)や、脳へ転移している患者さんへのガンマナイフ治療などを行っています。
診療体制・医師
当院では呼吸器科の病棟カンファレンスをこまめにすることで、肺がん治療を連携して行っています。治療方針を決定する際にそれぞれの診療科からの意見を出し合い議論をすることもあるほか、外科医から手術について報告するなど情報交換を行っています。
また、放射線科も交えた病理検討会も実施し、複数の診療科が術前・術後のメンテナンスに関われるようにしています。
肺がんは脳に転移することがほかのがんと比べて多く、その場合はガンマナイフセンターと連携した治療が検討されます。当院はガンマナイフ治療にも積極的に取り組んでおり、1997年4月のガンマナイフ導入から2020年12月までで、6,700例を超える実績があります。
受診方法
NTT東日本関東病院では、予約制をとっています。初診予約時はお電話でお問い合わせください。なお、当院では“かかりつけ医”を推奨しております。まずはかかりつけ医を受診していただき、紹介状のご用意をお願いいたします。
初診予約の連絡先
- 電話番号……03-3448-6111(代表)
- 受付時間……平日8:30〜17:00(土・日・祝日・振替休日・年末年始を除く)
- 音声ガイダンスに従い、紹介状のある方は1、ない方は2を押してください。
セカンドオピニオン外来
NTT東日本関東病院では、すでに肺がんと診断されている方を対象にセカンドオピニオンも承っております。セカンドオピニオンは完全予約制となっておりますので、担当医に相談した後、事前に電話でお問い合わせください。また相談時間は60分以内で、費用は自由診療となり、30分22,000円、60分33,000円(いずれも税込)です。
診察・診断の流れ
当院では、呼吸器外科・呼吸器内科・放射線科などが連携して肺がんの治療にあたっています。多くは内科で診断された後、手術が可能な場合には外科にて手術を行います。術後に薬物療法が必要な場合には、内科に通院いただくこともあります。
肺がんの診断方法
X線、CT検査などの画像検査などによって肺がんが疑われる場合、まずは病変の有無や位置を調べるために胸部X線検査や胸部CT検査が行われます。これらの画像検査と併せて、痰にがん細胞が含まれていないかを調べる喀痰細胞診が行われることもあります。
肺がんの場合、画像検査のみで診断がつくこともありますが、場合によってはその細胞や組織を採取して顕微鏡で見る病理検査を行い、がんの確定診断のほか、治療方針を決めるうえで重要となる組織型の分類を行います。病理検査の手段には気管支鏡による組織の採取のほか、CTガイド生検といってCTの画像を見ながら外から腫瘍に向かって針を刺して組織を採取する方法があります。
がんと診断された場合には治療方針を定めるため、がんの進行度(病期)も調べる必要があります。そこで、体の中のがんの広がりを調べるPET-CT検査や脳への転移の有無を調べるMRI検査などの画像検査が行われます。
治療方針の決定方法
当院では日本肺癌学会の刊行する“肺癌診療ガイドライン”の最新版を基に治療方針を決めています。検査などの結果、治療方法に迷うような症例の場合には、内科・外科で相談して治療を決定することもあります。
入院が必要になる場合
肺がん治療で主に入院が必要となるのは、手術のときです。また、化学療法を行う際も初回など副作用等が生じる可能性が考えられるときに入院が検討されます。また、脳へ転移している場合に行われるガンマナイフ治療も入院が必要となります。
患者さんのために病院が力を入れていること
緩和ケア病棟の様子
当院では、治療ができる患者さんに対し、熱心に治療を行うことはもちろん、すでに治療の難しい患者さんに対しても緩和ケアという形で関わることを大切にしています。また、がん相談支援センターも充実しており、さまざまな患者さんやご家族からの相談に応じています。
先生からのメッセージ
肺がんはまだまだ“治るがん”とはいえないかもしれません。しかし肺がんの化学療法は日進月歩で進化しており、最新のロボット支援下手術の導入が広がるなど、徐々に治療の選択肢は増えていくものと予想されます。私達はこれからも治療の選択肢を増やし、肺がん治療の発展に寄与していきたいと考えています。
また、がんは治療するだけでは終わらず、治療後のメンテナンスもとても大切です。手術をしたら終わりではなく、治療後も患者さんとしっかりコミュニケーションを取り、患者さんの不安を少しでもカバーしていきたいですね。手術前は患者さんと同じ目線に立ってどの治療法が一番適しているのかを考え、手術後も患者さんの不安の解消に役立ちたいと思っています。