血液内科
血液がん
血液がんに対する北海道大学病院の取り組み
北海道大学病院は北海道札幌市に位置し、大学病院としてさまざまな病気の診療に従事しています。血液内科教授の豊嶋 崇徳先生は、血液学、造血幹細胞移植学、輸血学、免疫学などを専門とされ、長年血液の病気の診療にあたってきました。
今回は豊嶋先生に、北海道大学病院における白血病や悪性リンパ腫などの血液がんに対する治療の特色・取り組みなどについてお話を伺いました。
治療・取り組み
当院では白血病や悪性リンパ腫といった血液のがんに対する、免疫力を利用した治療を熱心に行っています。
白血病や悪性リンパ腫の治療においては、まず抗がん剤などによる化学療法を中心とした治療を行うことが一般的で、およそ半数はこれらの治療で寛解が見込めます。しかし、化学療法を行っても病気が寛解しない場合や一度寛解した後に再発してしまった場合には、免疫力を利用した治療が検討されます。
免疫力を利用した治療とは
白血病や悪性リンパ腫に対する免疫力を利用した治療には、大きく2つの系統があります。
1つは自分の免疫力を高めることによってがんを攻撃する方法です。もう1つは、他人の免疫をもらうことによって免疫を高めてがんを攻撃する方法です。
当院では、それぞれの治療方法に関する研究を長年行ってきました。その努力が功を奏し、2019年には自分の免疫力および他人の免疫力を利用した新たな治療方法が確立して治療の幅が広がりました。以下ではそれぞれの治療について、簡単にご紹介します。
自分の免疫を遺伝子組み換えで高めるCAR-T療法(カーティ療法)
キメラ抗原受容体CAR-T細胞療法(CAR-T療法)とは患者さんの血液中のTリンパ球を採取・培養し、がんと闘う強い遺伝子を導入したうえで患者さん自身に戻すことにより、がんを攻撃する力を高める治療方法です。“遺伝子組み換え”という言葉を耳にすると、農作物のイメージからネガティブに受け取られる方もいらっしゃいますが、医療の世界で活用すると自分由来の細胞を使ってがんを攻撃する力を高めることができます。
このCAR-T療法は、現在全国40か所の医療施設で実施されています。
よりドナーが見つかりやすいHLA半合致移植
他人の免疫力を利用した治療の代表が造血幹細胞移植です。今まではその成功のためには、ドナーと患者さんの白血球をはじめとする体中の細胞の血液型である“HLA”の適合が条件でした。“HLA”が適合している人には、きょうだいが多くその中にたまたまHLAが完全に合致した人がいるか、骨髄バンクや臍帯血バンクに登録している人の中から運よく見つかるかなどではない限り、なかなか出会えません。しかも今では少子化が進行し、ドナーを見つけることがさらに困難になってきました。一方、HLA半合致移植とは、HLAが半分合致しているドナーから受ける移植です。HLAは両親から半分ずつ受け継ぐため、親子、きょうだいであれば誰でもドナーになれる可能性があり、この方法が成功したため、移植が必要な患者さんの多くが家族内からドナーが得られる時代が到来しました。
また、家族にドナーを頼める可能性が高まったことにより、骨髄バンクを利用した場合よりも速やかに移植を受けられることが増えました。
実は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響による移動制限は骨髄バンクに移植の実施を困難にしましたが、ちょうどHLA半合致移植が可能となったために、移植が必要な患者さんがきちんと移植を受けることができました。
CAR-T療法・HLA半合致移植――2つの新たな治療のメリットと注意点
CAR-T療法やHLA半合致移植といった新しい治療が可能となった最大のメリットは、難治性の血液がんを寛解できる可能性があることです。血液がんは、一般的ながんと比較すると抗がん剤による化学療法がよく効きますが、みんなが治癒できるわけではありません。そのような場合にこれらの治療を行うことによって、これまで治る可能性が低かった方でも、寛解が見込める可能性があります。
一方、これらの治療には強い副作用が生じることがあるという注意点もあります。
CAR-T療法もHLA半合致移植などの造血幹細胞移植も、ともに免疫にはたらきかける治療方法です。そのため、免疫応答を調節させる“サイトカイン”が多く産生されることにより、臓器にさまざまな障害が生じることもあります。これをサイトカインストームといいます。
たとえばHLA半合致移植など、他人の骨髄による造血幹細胞移植をした場合に起こることのある合併症“移植片対宿主病(GVHD)”の発症においても、サイトカインが関連していることが私たちの研究で分かってきました。GVHDはドナー由来のリンパ球ががんだけでなく、患者さんの臓器も異物とみなして攻撃してしまうことによる合併症で、重症化すれば命に関わることもあります。
当院ではGVHDがなぜ生じるのか、どのように防げるのかについて、現在も研究を進めています。
2つの治療の適応について
CAR-T療法やHLA半合致移植は化学療法後、治療の選択肢がない方に新しい選択肢を与える画期的な治療方法ですが、それでも夢の治療ではありません。
そのため、どちらの治療も誰でも行えるわけではないということを理解する必要があります。たとえば、全身状態が悪く体力のない方や病状が思わしくない方の場合は行えない可能性が高いといえます。
また前述のとおり、場合によっては命に関わるような強い副作用が生じる可能性があるというデメリットもあります。治療を検討する場合は主治医とよく相談し、治療のメリット・デメリットをよく理解したうえで決断することが大切です。
その他の治療方法
- 抗がん剤による化学療法
- 放射線治療
- その他の造血幹細胞移植(HLA合致骨髄移植・臍帯血移植など)
など
北海道大学病院で行われる臨床研究
北海道大学病院では、白血病・悪性リンパ腫などの血液のがんで苦しむ患者さんによりよい治療を提供できるよう臨床研究を積極的に行い、多くの論文を発表するなど、医療の発展に貢献しています。今回ご紹介したCAR-T療法やHLA半合致移植についても、より多くの人により少ない副作用で行えるよう、研究を重ねているところです。
これまでの研究では、 GVHDの発症にサイトカインが影響していることや、GVHDにより免疫だけでなく各臓器の幹細胞にもダメージが生じていることなどを明らかにしてきました。また、造血幹細胞移植の重篤な合併症として知られる肝中心静脈閉塞症(VOD)の診断に役立つ超音波検査法を用いたスコア“北大スコア”を提示し、各国のガイドラインにも使用されるなど、世界の診療に影響を与えています。
診療体制・医師
血液がんの治療には数多くの医療従事者の協力が必要です。ある調査によれば、1人の患者さんに造血幹細胞移植を行う場合、それにかかわる医療従事者の数は190人にものぼるといわれています。
そこで当院では、医師、看護師、薬剤師、歯科医師、管理栄養士、リハビリ技師、移植コーディネーターなどの多職種が協力し、CAR-T療法やHLA半合致移植などの造血幹細胞移植を実施しています。多職種の医療従事者が集まって定期的にカンファレンスを行うため、それぞれのスタッフが患者さんの病気の状態を深く理解したうえで治療やサポートにあたることができます。
受診方法
当院は原則紹介制をとっております。ほかの医療機関からの紹介状をご用意ください。
紹介状がない場合、原則受診できませんのでご注意ください。
予約について
当院は新規外来受診の患者さんに対して予約制をとっております。予約なしで来院いただいた場合は当日受診できない可能性があるため、ご注意ください。
現在受診中の医療機関からかかりつけ医を通して予約していただくか、患者さんご自身からお電話で予約をお取りいただけます。できる限り医療機関を通じて予約いただくことをお願いしておりますが、ご自身で予約を取る場合は以下の電話番号にお問い合わせください。
自分で予約を取る場合
- 予約受付専用電話番号……011-706-7733
- 予約受付時間……平日9:00〜16:00(翌日の予約受付は15:00まで)
セカンドオピニオン外来
当院では、ほかの医療機関で血液疾患の診療をされている方を対象にセカンドオピニオン外来を実施しています。ご希望の患者さんは現在の主治医にご相談いただいたうえで、お電話でお問い合わせ・ご予約ください。
1回の相談時間は45分で、主治医宛ての報告書作成15分を含めて合計1時間です。費用は3万円(税別)です。
問い合わせ・申込先
北海道大学病院 医事課(新来予約担当)
- 住所……〒060-8648 北海道札幌市北区北14条西5丁目
- 電話番号……011-706-6037
- 受付時間……平日8:30〜17:00
- Fax……011-706-7963
診察・診断の流れ
血液がんの診断方法
血液のがんにはさまざまな種類があり、主として白血病、骨髄異形成症候群、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などが挙げられます。以下では、急性白血病と悪性リンパ腫の診断方法についてそれぞれご紹介します。
急性白血病の診断方法
急性白血病には、急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病などが挙げられます。これらの病気が疑われる場合、まずは血液検査や骨髄穿刺検査などが行われることが一般的です。
血液検査では、血液中の細胞の増減などの異常がないかを確認します。骨髄穿刺検査では、骨の中にある骨髄から骨髄液や骨髄組織を採取し、染色体検査・遺伝子検査を行うほか、血液細胞の表面にある抗原を解析する“細胞表面マーカー検査”などを行います。
また、合併症などを確認するために各種画像検査が実施されることもあります。
悪性リンパ腫の診断方法
悪性リンパ腫が疑われる場合に行う、もっとも重要な検査として病理検査が挙げられます。
病理検査とは、しこりのあるリンパ節や腫瘍の一部を採取し、顕微鏡で観察することによってがんの確定診断や病型の種類の特定を行う検査です。この際に採取された組織を使って、染色体検査や遺伝子検査を行うこともあります。
また、病気の進行度合いや全身状態を調べるために、血液検査のほか、PET/CT検査を始めとした各種画像検査、骨髄穿刺検査などが行われることもあります。
治療方針の決定方法
白血病や悪性リンパ腫など血液のがんの治療方針は、主に各学会の提示する診療ガイドラインに沿って検討されます。ただし、患者さんが抱える病状や生活背景、家族背景は一人ひとり異なりますので、当院では患者さんの事情に合わせて治療方針を検討することを大切にしています。
入院が必要になる場合
血液のがんの場合、化学療法や放射線治療のほか、CAR-T療法や造血幹細胞移植などの治療を受ける際に入院が必要となります。
患者さんのために当院が力を入れていること
当院では血液がんの患者さんが治療に専念し、元気に日常生活に戻っていけるよう、さまざまなサポート体制をとっています。
特に造血幹細胞移植が必要な患者さんに対しては、医師の診療に加え移植コーディネーター(HCTC)の資格を持つ看護師による診察を行い、医師には相談しにくい事柄を看護師に相談できる仕組みを整えています。
また、治療後のサポート体制としては、治療後の患者さんが速やかに地元に帰り、地元で経過観察を行いながら日常生活を行えるよう、各地域の病院との情報連携を強めています。北海道はとりわけ面積が大きく、自宅から当院までの距離が長い方も少なくありません。当院への通院を繰り返すことで負担が生じることもあるため、できる限り地元の病院で診察できることが理想と考えています。
さらに最近では、がんの治療中・治療後の患者さんを対象とした就労支援にも取り組んでいます。がんの治療中・治療後は体調が優れないことも多く、働きたくても制限のある方もいらっしゃいますし、企業側も雇用しにくい側面があります。当院のがん相談支援センターでは、両立支援コーディネーターが就業に関する相談や情報提供を行い、必要に応じて医師と家族や会社の方々との面談なども行っています。
先生からのメッセージ
日本では、より多くの血液がんの患者さんを救うためにさまざまな研究や取り組みが行われています。
たとえば、造血幹細胞移植では骨髄バンクやご家族の協力によって骨髄のHLA合致移植、HLA半合致移植が行えるほか、臍帯血バンクによる臍帯血移植も行うことができます。特に臍帯血を使った移植を行う国は少ないとされており、日本では骨髄バンクや臍帯血バンクの整備をし、さまざまな選択肢が用意されていることによって、より多くの人が造血幹細胞移植を受けられるようになってきています。
治療の適応が限られたり、治療をしても強い副作用が出てしまったりするなど課題はまだまだありますが、私たちはこれからも研究を続け、医療の進歩に貢献していく所存です。