消化管外科
胃がん〜mSOFY法で術後の生活の質を向上させる〜
和歌山県の和歌山市に位置する日本赤十字社和歌山医療センターでは、救急医療、高度医療、がん医療の3つの柱を中心に医療の提供を行っています。
院長補佐を務める傍ら、第一消化管外科では部長を務める山下 好人先生は、自らの専門分野とする内視鏡手術やロボット支援下手術を用いて、胃がんや食道がんの患者さんたちと向き合っています。今回は、山下 好人先生に日本赤十字社和歌山医療センターの胃がんに対する治療や取り組みについてお話を伺いました。
胃がんの治療方法全般についてはこちら
治療・取り組み
当センターでは、胃がんに対して腹腔鏡下手術やロボット(ダヴィンチ)支援下手術を積極的に行っています。また、患者さんのがんの状態によっては、新しい手術方法である“mSOFY法(ソフィー法)”を取り入れるなどして工夫をしています。
腹腔鏡下手術
当センターでは、20年以上腹腔鏡下手術に注力している私を中心に腹腔鏡下手術を実施しており、胃がんの手術においては2021年2月現在3人の日本内視鏡外科学会の技術認定医が活躍しています。
メリット・デメリット
腹腔鏡下手術のメリットとしては、以下のような点が挙げられます。
- 傷が小さく、痛みや出血量を抑えられる
図:手術創の比較
上図からもわかるように、腔鏡下手術の方が傷が小さく、痛みや出血量を抑えられることにより体への負担を軽減でます。そのため、手術の翌日から歩くことができ、合併症のリスクも軽減します。
- 細かい組織も観察しやすい
腹腔鏡下手術やロボット支援下手術に使用される小型カメラは高画質な3Dカメラなので、開腹手術のように術者の肉眼で見るよりかえって細かい血管や神経を観察しやすく、その見やすさが出血量の減少や手術精度の向上にも役立っていると思います。
実際、私の手術成績としては、開腹手術より腹腔鏡下手術のほうが精度の高い手術ができていると考えています。
写真:実際の手術風景
一方、リスクとして以下の点を頭に入れておく必要があります。
- 術者の技術が必要
直接的に病気の部分や手元を目で見て触って行う手術ではなく、間接的に画面を見て行う手術なので、術者の技術が必要となることです。
また、腹腔鏡下手術では出血が多くなるとカメラに映る視野が赤く染まり、精密な操作ができなくなります。そのため、出血を減らすためにも開腹手術より慎重にゆっくり手術をする傾向にあり、結果的に手術時間が開腹手術と比較して長くなることも考えられます。
しかし、これは技術が向上すると、開腹手術とほとんど変わらない時間で完了できるようになります。
適応
がんが大きかったり、進行していたりすると腹腔鏡下手術はできず、開腹手術になるのではないかと質問されることもありますが、当センターではほとんどの場合で腹腔鏡下手術での治療が可能です。
腹腔鏡下手術は、実際に胃がん治療ガイドライン上では、胃カメラの治療ができない早期の胃がんに対して行うことが推奨されています。しかし、当センターでは長年の経験から、開腹手術より腹腔鏡下手術のほうがより精度の高い手術を行えているため、進行がんに対しても積極的に腹腔鏡下手術を導入しています。
また、胃の近くにある肝臓への転移や膵臓への浸潤がある場合にも、腹腔鏡下手術や後述するロボット支援下手術を行っています。
入院スケジュール・費用
腹腔鏡下手術時の入院期間は個人差がありますが、通常手術前日から入院いただき9日間となることが一般的です。また費用は保険適応で、3割負担の方の場合でおよそ45万円(入院費用含む)と想定されます。入院期間や費用は後述するロボット支援下手術と同様です。
ロボット(ダヴィンチ)支援下手術
私は日本内視鏡外科学会が認定する“ロボット支援手術認定プロクター(胃)”資格を持つとともにメンター(全国的指導者)にもなっています。そのため、当センターは症例見学指定施設に指定され、各地から多くの医師がロボット支援下手術の見学にいらっしゃいます。また、日本内視鏡外科学会の認定する“ロボット支援手術認定プロクター(胃)”資格を持つ医師が2021年2月現在私含めて2人在籍し、治療を行っています。
写真:ロボット支援下手術風景
メリット・デメリット
ロボット支援下手術のメリットとしては、以下のような点が挙げられます。
- 傷や痛みを抑えることが可能
腹腔鏡下手術と同様に術後の傷が小さいことや、痛みや出血量を抑えることが可能です。
- より正確で安全な手術が可能
ロボット支援下手術ではロボットに備わっているアシスト機能により手ブレを補正することができたり、医師が操作する手元の動作を縮小して機器に伝えることができたりすることもメリットです。前述のとおり、腹腔鏡下手術よりも細かい作業を行うのに適しているため、当センターでは進行がんの手術などより精密な動きが必要な場合にロボット支援下手術を用いています。また、多関節で体の深くまでアームが届くことにより、膵臓を避けて治療を行うことができ、術後の膵炎や膵液瘻など膵臓関連の合併症は減少しています。
一方、リスクとして以下の点を頭に入れておく必要があります。
- 術者の技術が必要
手術を行う医師がしっかりと手技を習得しておく必要があることが挙げられます。なぜなら、比較的新しい治療方法であるうえに、腹腔鏡下手術と似ている手術とはいえ勝手が異なる部分があるためです。たとえば、腹腔鏡下手術は術者と助手の2人で4本の鉗子を使って治療を進めていきますが、ロボット支援下手術は術者1人で3つの鉗子を操りながら治療を行うことが必要です。また、腹腔鏡下手術では血管を止血しながら切離できる“超音波凝固切開装置”と呼ばれる手術機器を用いていますが、ロボット支援下手術ではこれを使用しにくいため、さまざまな工夫が必要となってきます。このように、精度の高い手術を行うためには医師が手術用ロボットの扱いに慣れる必要があるといえます。
適応
ロボット支援下手術も腹腔鏡下手術同様、早期胃がんへの導入が広く行われています。しかし、当センターではロボット支援下手術の操作性の高さから高い手術精度が求められる進行胃がんの症例にこそメリットがあると考え、主に進行した胃がんを対象にロボット支援下手術を行っています。2021年2月現在は胃がん手術全体の4割をロボット支援下手術で行っています。
入院スケジュール・費用
ロボット支援下手術の入院期間や費用は前述の腹腔鏡下手術とほとんど変わりません。入院期間は手術の前日から入院いただき、合計で9日間となることが一般的です。費用は保険適応で、3割負担の方の場合には45万円程度と考えられます。ただし、個人差がありますのでご注意ください。
新しい手術方法“mSOFY法”
当センターでは胃の上部にできたがんの手術に対し、新しい手術方法である“mSOFY法”を取り入れています。
胃の上部にがんができた場合、昔は胃を全摘出することが一般的でした。これは、胃の上部だけを切除し胃の下部と食道を吻合すると、胃酸や一度胃に入った食べ物が逆流を引き起こし、激しい逆流性食道炎になってしまうことが多かったからです。しかし、患者さんの術後の生活を考えると少しでも胃を残したほうがよいという思いから、私は胃の上部だけを切除し、食道と残胃を吻合する際に逆流を防止できるような再建法を2014年に考案しました。
胃からの逆流を防ぐ吻合方法
図:mSOFY法の方法
私が考案したmSOFY法は、胃の上部を切除した後、残った胃と食道を上の図に示したように吻合する再建法です。この手法を用いて吻合することにより、胃酸や一度胃に入った食べ物が食道に逆流しにくいうえに、つなぎ目が狭くならず、食事による胸のつかえも生じません。腹腔鏡下手術やロボット支援下手術でも行うことができるほか、早期がんだけでなく進行がんの患者さんにも行っています。
この手法を考案したのは6年ほど前のことですが、今では各地に広がり、当センターにこの手技を学ぶために多くの医師が見学に来られています。
そのほかの胃がん治療
・早期の胃がんに対する内視鏡治療(内科医が担当)
・進行がんに対する抗がん剤を含む薬物療法
近年、胃がん治療は抗がん剤だけでなく分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤といった新しい薬が登場したことにより薬物療法の治療成績がよくなってきています。このことにより、ステージIVで手術は難しいと考えられた患者さんが薬物治療を受けることによって、がんが小さくなり手術で切除ができるケースも増えてきました。薬物療法の種類も増えてきていますので、腫瘍内科を含めた合同カンファレンスで治療方針を決定しています。
診療体制・医師
2021年1月12日よりがんセンターを開設
当センターでは以前から消化管外科、消化器内科、腫瘍内科、放射線治療科などが連携して胃がんの診療にあたっていましたが、より連携を強固にするために2021年1月12日に本格的な日赤がんセンターを設立しました。日赤がんセンターでは胃がん治療にあたる診療科を“胃がんユニット”としてチーム編成し、初診時から継続して外科、内科、放射線治療科それぞれの専門家が意見交換をしながら治療方針を決めていきます。
基礎疾患を持つ患者さんにも安心な体制の構築
さまざまな病気を診療する総合病院の強みとして、生活習慣病などのがん以外の基礎疾患を持つがん患者さんを積極的に受け入れています。基礎疾患のある方の手術治療は合併症などのリスクも高く、外科医もかなり慎重に手術を行いますが、それと同時に周術期(手術の前後)の管理やケアも非常に重要です。そこで、日赤がんセンターではがん周術期ケアセンターを設立することで、基礎疾患のある患者さんを含めた周術期の管理・ケアの強化を図っています。さらに、救急医療にも尽力しているため、がんの症状などによって救急でお越しになった患者さんにも24時間対応しています。
受診方法
日本赤十字社和歌山医療センターの第一消化器外科では、以下のように受診から治療まで行われています。
初診の流れ
当センターは地域支援病院に指定されているため、原則として紹介状の持参をお願いしております。紹介状の持参がない場合にも、麻酔科と乳腺外科を除き受診は可能ですが、選定療養費として5,000円(消費税込み)、歯科の場合には3,000円(消費税込み)をご負担いただきます。
外来受診案内
- 受付時間
平日:8:00〜11:30まで
- 診療時間
平日: 9:00〜17:30分まで
- 休診日
土曜日・日曜日・祝祭日
年末年始(12月29日~1月3日)
5月1日(創立記念日)
ご自身で事前予約をされる場合
当センターでは紹介状を持参の方に限り、診察や検査の事前予約が可能です。
FAXでご予約の方につきましては、診察予約申込書をご記入のうえお送りください。電話でご予約の方は、以下の予約センターまでご連絡をお願いいたします。
■電話番号:0120-936-385
■受付時間:平日の9:00〜19:00
土曜の9:00〜13:00
※祝日を除く
担当医師について
当センターでは、消化管外科・消化器内科・腫瘍内科・放射線治療科などの医師が胃がんユニットと呼ばれるチームを作り、胃がんの診断・治療にあたります。
診察・診断の流れ
胃がんの診断方法
検診などで胃がんが疑われる場合、内視鏡検査(胃カメラ)を用いて胃がんの確定診断を行います。内視鏡検査では口から入れた小型カメラで胃の内部を観察し、気になる病変があった場合には採取して顕微鏡で見る病理検査が行われます。病理検査ではがんの確定診断のほか、治療方針を決める際に必要となる組織型の判断を行います。がんと診断された場合、CT検査やPET-CT検査などによってがんの広がりや転移の有無などを確認します。
治療方法の決定方法
胃がんの治療方針は日本胃癌学会が発行する“胃癌治療ガイドライン”を基に検討されることが一般的です。当センターでも基本的にガイドラインに則って治療方法を検討しますが、患者さんと相談のうえ、可能な限り進行がんに対しても体に負担のかかりにくい腹腔鏡下手術やロボット支援下手術を検討します。
入院が必要になる場合
胃がんの診断前では検査入院は不要であることが一般的です。入院が必要となるのは、内視鏡治療を行う際と手術を行う際です。薬物治療も一般的には外来で行われます。
患者さんのために病院が力を入れていること
当センターでは2021年1月12日にがんの発見・診断・治療などがん医療に特化したがんセンターを設立しました。このセンターでは、患者さんそれぞれにあった治療を提供するために、従来の診療科の垣根を取り払い臓器別に14つのユニットを作ってチーム医療を行っています。胃がん治療では、消化管外科・消化器内科・腫瘍内科・放射線治療科の医師が協力して治療を行います。
先生からのメッセージ
早期発見が重要
胃がんは早く発見すればするほど根治できる可能性が高くなります。そのため、まずは内視鏡検査(いわゆる胃カメラ)を受けていただきたいと思います。胃がんの患者数は50歳から増加するため50歳以降の方は、定期的に検査を受けるようにしてほしいですし、20歳代の若い方でも一度は内視鏡検査を受けてほしいと思っています。これは、胃がんの危険因子といわれるピロリ菌の感染を検査できるためです。ピロリ菌は治療によって除菌が可能なので、早いうちに除菌をすることによって胃がんにかかるリスクを下げることができます。
納得した治療を受けるための病院選びが大切
すでに胃がんと診断されている患者さんに対しては、ぜひ主体的に病院選びをしていただきたいと思います。「家から近いから」などの理由で病院を決めてしまう方も多いのですが、近年はがん治療の進歩がめざましく、医療機関によって手術の適応や治療の方針も大きく異なります。「どの病院がよい」と一概に言い切ることはできませんが、担当医の説明をよく聞いて、分からないことがあればしっかりと質問をしてください。そして自分が信頼できると思った医師の治療を受けていただきたいと思います。当センターでは、患者さんに納得して治療を受けていただくことができるように、30ページを超える患者さん向けの治療説明書を作成し、しっかりと説明を行っています。