インタビュー

医学リテラシーの持つ危険性について

医学リテラシーの持つ危険性について
井原 裕 先生

獨協医科大学埼玉医療センター こころの診療科 教授

井原 裕 先生

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この記事の最終更新は2015年08月28日です。

前の記事「病と悩み、異常と正常。精神医学から見る関係性」においては、健康を作り保っていくことと、病気を見つけ治すこととの違いについて説明しました。ここからは、「リテラシー(情報を理解し活用する力)」がキーワードとなります。

以下では、「医学リテラシー」と「健康リテラシー(ヘルス・リテラシー)」という観点で、この2つがどう違うのかを説明していきます。この記事では「医学リテラシー」について、引き続き、『うつの8割に薬は無意味』などの著書で知られる、獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授・井原裕先生にお話をお聞きしました。

そもそも人びとが求めているのは健康です。心の健康についていえば、それは「憂鬱や不安がなく、よく眠れ、一日をはつらつとすごせる」状態でしょう。しかし、1年365日このようにいきいきとは過ごせません。ときには、憂鬱や不安を感じたり、眠れない夜もあるでしょう。でも、だからといって直ちに病気とはいえません。その程度の不調にあえて病名をつけて、薬を飲んで治そうなどとする発想は、それ自体危険なことです。

医学リテラシーとは「医学のプロがしろうとに医学知識を教える」といった、上から目線の知識伝授です。ところが、その内容は疾患の知識に偏りがちです。精神医学なら「うつ病」や「パニック障害」の知識です。しかし、一般生活者がやみくもに病気の知識を得ても、その知識の使い方によっては、意味がないどころか害になってしまうことがあります。むしろ、悩める健康人がそのような知識を得て自分のことをうつ病だと誤解して、「薬を飲まなければ」などと思いこみかねません。医療従事者としては、疾患の知識を啓発することには慎重でなければならないのです。

この記事では、一時的に心の不調を感じている人を「悩める健康人」と呼んでいます。そのような方には、むしろ上手に悩んでいただくことです。そのためには睡眠・運動・節酒などの最低限のライフスタイル上の注意を守れば、それで十分です。こんなときに医学知識で頭でっかちになってしまえば、自分のことを「病気」という目で見てしまいます。そこで精神科のクリニックを訪れれば、かならずや不要な薬が処方されてしまうでしょう。

今や医学は、周囲に無数の関連産業を抱えたビジネスです。「病気」があれば、それを契機に巨額のマネーが動きます。医学リテラシーが高まれば、病気の知識は普及し、結果として関連産業は潤います。たとえば、2000年ごろ「こころの風邪キャンペーン」と称するうつ病啓発活動が行われました。背景には、新薬の販売促進を図る製薬会社の思惑がありました。

あるところに悩める人がいる。その人はうつ病かもしれない。それならば病院に行って、薬をもらって、飲めば治るかもしれません。でも、実はその人はうつ病ではないかもしれないのです。薬を飲んだって意味ないかもしれません。しかし、なまじ病気の知識があれば薬を飲む羽目になる。私が『うつの8割に薬は無意味』を出版したのは、その危険性に対して警鐘を鳴らしたかったためです。

私は精神科医ですから、うつ病の治療も行います。必要ならば抗うつ薬も使います。しかし、プロは伝家の宝刀をむやみと抜いてはいけません。「薬は必要な患者に、必要な量を、必要な期間に限って控えめに使う」という最小限主義こそ、プロの真骨頂です。そして、この基本姿勢は医学に関わるすべての人にとって大切なことであるはずです。

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