インタビュー

ロービジョンケアの課題と展望、ロービジョン学会の取り組み

ロービジョンケアの課題と展望、ロービジョン学会の取り組み
加藤 聡 先生

東京大学 医学部眼科准教授

加藤 聡 先生

この記事の最終更新は2016年06月06日です。

ロービジョンケアは最近になって眼科医分野に普及が始まり、現在注目を集めている支援活動であることを記事1『ロービジョンケアとは―視覚障害によって日常生活が困難な方への支援』で紹介しました。眼科医療におけるロービジョンケアの歴史は浅く、課題も多く残されています。課題とはどのようなものがあるのか、またどういった展望が望まれるのかについて、日本ロービジョン学会の取り組みを踏まえて、日本ロービジョン学会長の加藤聡先生にお話しいただきました。

ロービジョンケアを取り巻く現在の問題として、眼科医や視能訓練士など、眼科医療に携わる者に対する系統だった教育法が確立されていないという点が挙げられます。

これまで、眼科医はロービジョンケアについていつ学んできたのでしょうか。医学部学生時代、医師国家試験受験勉強時、研修医時代、眼科専門試験受験勉強時など、学ぶ機会自体は多々考えられます。

しかし実際、眼科医療にロービジョンケアの概念が取り入れられたのは最近のことであり、現在指導医となっている医師の多くはロービジョンケアの教育を受けていません。

ロービジョンケアを学んでいない眼科医のもとに失明されている方が受診されれば、多くの眼科医は戸惑います(治療のしようがないからです)。その結果、失明されている方は眼科医を受診しなくなってしまいます。

現在の医学教育では疾患や病理などの指導は熱心に行われていますが、福祉分野が強い点字ブロックや白杖(はくじょう)、盲導犬など、患者さんの立場に立った情報は確立されていません。盲導犬はどこに申請し、どこで入手するのかといった福祉的な知識が、今の日本の医学教育においては不足しており、これから求められてくるのではないでしょうか。

ロービジョンケアは、かつてから福祉部門が積極的にその役割を担ってきました。一方、医師側・医療部門ではロービジョンケアの教育がされておらず、参入してから歴史も浅いため、本来ならば医師が医療や医学と福祉との懸け橋になるべきであるという点があまり共有されてきませんでした。

例えば白杖は、目が見えづらい方・見えない方が携えることを法的に定められている補装具です。

しかし、眼科医を含めて多くの医者が白状の使い方や支給場所について知りません。

患者さんがいきなり福祉課窓口へ申請するのは難しいので、最初に患者さんが相談すべき場所は福祉施設ではなく眼科クリニックの医師やスタッフであるべきです。まずは眼科のクリニックを受診して診断を受け、徐々に見えなくなってきてから福祉関連の施設に相談をするのが理想的といえます。このような橋渡しを円滑にするためにも、眼科医がロービジョンケアの知識を身につけることは急務です。

記事1『ロービジョンケアとは―視覚障害によって日常生活が困難な方への支援』で少し触れましたが、東京都の場合は医師の人材が豊富であり、物理的には眼科医がロービジョンケアの窓口として機能することが可能な状態です。しかし、地域によっては十分な人員が確保できず、支援ができない状況のところもあります。

たとえば白内障手術の場合は、全国各地どこでも基本的に、手術成績に大差はありません。一方、ロービジョンケアは橋渡し先である福祉施設や眼鏡屋、眼科医も不足しているため、医師が適切な施設や店舗を紹介することも容易ではありませんし、そもそも窓口となる医師がいないのが現状です。

医師不足以外にも、地域によってロービジョンケアには差が生じる場合があります。ロービジョンケアに対して熱心な企業がその地域にあれば、それだけ支援のレベルも高まります。たとえば2016年4月に発生した熊本大震災に伴い、九州を中心に展開する眼鏡屋が、視覚障害者のための震災時の対応を記したパンフレット作製や眼鏡の保証期間の拡大、紛失・遺失の補償などの対応を行っています。このようにロービジョンケアに理解のある企業が地域に存在すれば、ロービジョンケアを受けることが可能になります。

地域に光学的補助具を扱う眼鏡屋自体が存在しない県もあります。その地域の患者さんは、視覚補助具を購入する際など、どこに行ったらいいかわかりません。日本の医療は均一化してきているものの、こういった面では差が出ているのが現状です。

このようにしてみると、ロービジョンケアは我々眼科医の力だけで解決できる問題ではないことがわかります。福祉分野の方々、教育関係の方々はもちろん、補助具を作成・販売している店舗などの力を合わせて支援を行うことでロービジョンケアは確実なものになるのです。

ロービジョンケアの課題は多々ありますが、こうした課題を見直すための出発点を築くことも、我々眼科医がやるべきであるところだと考えています。

それでは、ロービジョンケアの今後の展望についてお話ししましょう。

今後、眼科医におけるロービジョンケアでは、すべての眼科医にロービジョンケアの知識を持っていただくことを前提にして、専門医は眼科医療の延長上でロービジョンケアの充実を図る必要があります。そこでは、専門分野を持つ眼科医と一般眼科診療を担う眼科医に分けて考えることが大事です。

視覚障害のなかでも、疾患によって見えづらさには特徴があります。ですから、緑内障専門の眼科医は緑内障の方のためのロービジョンケアを行い、糖尿病網膜症専門の眼科医は糖尿病網膜症の方のためのロービジョンケアを行うなど、疾患ごとの専門医が疾患別にケアを行うことが大事です。

また、一般眼科に携わるすべての先生は、来院される方の中から視覚障害の患者さんを発見し、地域の相談先を明示してロービジョンケアへの橋渡しとなることが求められます。

※さらに将来的には、眼科医を4つに区分したロービジョンケアが必要だと考えられています。

最後に、日本ロービジョン学会についてご紹介していきます。

日本ロービジョン学会には現在約847人の会員が所属しています。内訳は、総会員のうち約3分の1が眼科医、3分の1が視能訓練士であり、その他に福祉関係や教育関係の先生方やメーカー、看護師なども所属しています。

日本ロービジョン学会の会員内訳(提供:加藤聡先生)

日本ロービジョン学会では、熊本の震災に遭った地域への支援活動を行っています。

2011年に発生した東日本大震災のとき、眼科領域ではコンタクトが流されたり目薬がなくなったりした方への対応は迅速に行うことができました。しかし、ロービジョン学会としては、支援をすることができませんでした。

日本ロービジョン学会が直接被災地に行って、ロービジョンの方に支援をすることは難しいのが現状です。そこで今回、ロービジョン学会では「震災に会う前にどういう準備をしておけばよいのか」「もし震災に遭った場合、避難先でどうすればよいのか」をポイントで記した災害対策のリーフレットを作成しました。

災害が起きる前の準備を記したリーフレット(日本ロービジョン学会より引用)

 

災害直後にすべきことを記したリーフレット(日本ロービジョン学会より引用)

ここでは、当事者団体や点字図書館への支援団体へ連絡を取ることなど、医療機関以外の分野に関わる対策も掲載しています。

ロービジョンケアに関しては医療分野よりも教育や福祉といった他の分野のほうが先輩にあたります。災害対策においても医療と教育、福祉といった多種多様な分野がうまく融合して、多角的な面からロービジョンケアを考えていくことが大事です。

繰り返しになりますが、患者さんにとって眼科医は、視力測定段階から介入することができる最初の窓口です。とはいえ、我々眼科医だけではすべてのロービジョンケアを提供することはできません。科学的にどういった見えづらさがあれば生活に不自由なのか、その度合いや傾向を診察し、他の分野へ橋渡しをしてあらゆる職種に協力を仰いでいくことが、眼科医の立場からみたロービジョンケアの役割であると考えています。

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