院長インタビュー

未来を担う子どもたちを守る――静岡県立こども病院

未来を担う子どもたちを守る――静岡県立こども病院
坂本 喜三郎 先生

地方独立行政法人 静岡県立病院機構 静岡県立こども病院 院長

坂本 喜三郎 先生

目次
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静岡県立こども病院は、1977年に小児専門の総合病院として開設されました。現在およそ30の診療科を擁し、内科・外科の専門領域をはじめ、こころの診療科として児童精神科も開設しています。さらに小児救急、小児がん拠点病院としても重要な役割を担い、静岡県の小児医療における“最後の砦”として、さまざまな小児の患者さんを受け入れています。同院の特徴や今後の展望について、院長の坂本 喜三郎(さかもと きざぶろう)先生にお話を伺いました。

当院は、小児総合医療施設(こども病院)として、全国で6番目に設立されました。かつて小児医療の中心を担っていたのは大学附属病院や一般病院でしたが、小児医療のさらなる充実、また高度先進的な医療提供のため欧米に倣い設立されたのが、小児総合医療施設です。1965年に当時の厚生省が国立小児病院を開設し、その後全国に広がっていきました。

当院の役割は、県内全域から一般の病院では診断や治療が困難な小児患者(15歳以下)を紹介予約制で受け入れ、専門的で高度な医療を提供することです。また、研修や母子保健衛生に関わる指導など後進の教育を行う役割も担っています。

現在、内科・外科の各専門領域に加え、周産期、救急、児童精神などを含めた診療部門として、30以上の診療科が稼働しています。2008年より総合周産期医療センターとして指定を受け、さらに2010年には小児救命救急センター、静岡県小児がん拠点病院として指定を受けました。その後2019年には、全国15か所に配置された小児がん拠点病院として厚生労働省より指定を受けました。

当院はこのようにさまざまな役割を担いながら、県内の小児医療の“最後の砦”となり、子どもたちやそのご家族に安心と信頼の医療を提供できるよう努めています。

当院では、2010年に全国4か所の小児救命救急センター(3次レベル対応のPICU*:2024年4月からECMO装着のまま搬送を担える、5代目新ドクターカーを導入)に指定され、2013年より24時間365日体制の小児救急センター(2次レベルに対応)を開設しました。それぞれの地域の小児救急体制と併存しながらの運用ですが、必要に応じて静岡県全域の子どもを対象に受け入れを行っています。背景には県内の小児科医師の不足などの事情もあり、当院はこどものための病院として小児救急を維持できるよう、このような体制を取っています。

*PICU……小児集中治療センター

オンライン診療の活用で救急医療を守る

人口減少や医師不足の問題に加え、医師の働き方改革により地域の小児救急医療は崩壊の危機にあります。この問題を解決すべく、静岡県より委託され当院が取り組んでいるのが“小児救急リモート指導医相談支援事業”です。これは、多病院間でオンラインを活用し、医師と医師との間で医療相談を行える体制を敷くもので、離れた場所にいても小児救急のエキスパートによる診察やアドバイスが可能となります。セキュリティ面の問題などもクリアし、2024年1月より臨床運用を開始しています。

前述のとおり当院は周産期母子医療センターの指定を受けており、新生児科との連携のもと、切迫早産多胎妊娠妊娠合併症などのハイリスク妊娠に対応しています。また、先天性の異常がある場合でも胎児期から新生児期にかけ、母子に対する一貫した医療の提供が可能です。さらに、当院は先天性心疾患や新生児外科疾患においても実績を積み重ねており、県内に限らず全国からの紹介患者さんを受け入れています。2018年からは、小児循環器・新生児科の医師が担当となり“胎児心エコー外来”も始めました。

赤ちゃん専用の救急車

当院には、人工呼吸器や保育器を備えた赤ちゃん専用の救急車があり、緊急時には搬送されるのを待たずとも、こちらから患者さんのもとへ駆け付けられる体制となっています。静岡県には当院のほかにも赤ちゃん専用の救急車を有する周産期センターが2つあるので、密に連携を取りながら搬送や受け入れを行っています。

患者さん家族同士の支え合い

当院では、“ピアサポート”や“ポコアポコ”という患者さんの家族同士が支え合えるような取り組みも行っています。ピアサポートは、NICUに入院しているお子さんの親御さんと、同じ経験のある先輩ママとの対話により、不安な気持ちに寄り添うサポートを行うもので、ポコアポコはNICUを退院した赤ちゃんとそのご家族が集う交流サークルです。

児童精神医療としては、発達障害を診る発達小児科と、こころの診療科の2科体制となっており、外来だけでなく入院病棟(36床)も備えています。小児に特化し、独立した総合病院(小児病院)で児童精神科病棟を有しているところは全国にみても少なく、わずか3施設しかありません。しかし、児童精神医療を持つこどもの総合病院だからこそできることは多く、こころのだけでなく身体の病気があっても一元的に治療できるメリット、逆に今まで配慮が欠けがちであった身体の病気の治療に伴って起こるこころの問題(PTSD、不登校など)に対する治療と予防などにも対応できるメリットなどがあります。

当院は、2019年より小児がん拠点病院として指定を受けており、さらに2020年にはがんゲノム医療連携病院となりました。血液腫瘍科(けつえきしゅようか)を中心に、白血病脳腫瘍神経芽腫をはじめとするほぼ全ての小児がんに対応しており、治療はもちろん患者さんやご家族への多角的な支援、フォローアップ体制の整備、臨床研究などにも力を入れて取り組んでいます。

感染症のリスク低減を図るクリーンユニット化

小児がんの治療では、抗がん剤などの影響で免疫抑制状態がかなり強くなるため、感染症の予防や治療が重要な課題となります。そのため当院では、クリーンな環境整備を行っており、無菌室2室に加え、個室4室のクリーン化、さらに部屋の前の廊下のスペースもクリーン度を上げて、クリーンエリアとしています。

Wi-Fiを備えた新しい自習室(AYAラウンジ)

AYAラウンジは2021年に開設されたAYA世代(思春期および若年成人世代)向けのラウンジです。患者さん同士の交流の場としての活用はもちろん、Wi-Fi環境が整っておりオンライン授業にも参加できます。以前は、高校生が小児がんと診断された場合、義務教育ではないため院内学級などもなく、治療を受けるために留年や休学、退学という選択をしなければなりませんでした。こうした問題を解消するため、オンライン授業への参加をそのまま科目履修として認め出席扱いとできるよう、教育委員会や行政などとの調整を進め、実現にこぎ着けました。この取り組みは“静岡県業務改善運動”で県内2位の評価をいただきました。

緩和ケアチームによるサポート

当院の緩和ケアチームは、医師や看護師、薬剤師、臨床心理士、またチャイルドライフスペシャリストや保育士など多職種により構成されており、患者さん・ご家族のからだ・こころの痛みを和らげるサポートを行っています。さらに、当院では2010年に国内初となる“ファシリティドッグ*”を導入しており、緩和ケアチームの一員として活躍してくれています。

*ファシリティドッグ……病院で活動するための専門的な訓練を受けた犬。臨床経験があり、犬を扱う訓練を受けた看護師(ハンドラー)とペアになり活動します。

循環器センターは、循環器科・不整脈内科・心臓血管外科の3科が一体となり“断らない”“あきらめない”姿勢で日々診療を行っています。複雑な先天性心疾患の手術など難易度の高い手術をはじめ、カテーテルでの治療も積極的に行っています。先天性心疾患の治療では、高い技術力と高度な医療提供体制が整っていることから、全国的にも最後の砦として機能しており、日本全国から患者さんを受け入れています。また、まれにアジア地域の外国の患者さんが来ることもあります。

さらに当PICUには、小児循環器疾患に対応できる専属の医師を配置しており、24時間365日体制で小児循環器疾患の患者さんを受け入れられるよう整えています。2022年には東海エリア初となる最新のハイブリット血管撮影装置と3D-CTも導入しました。これらの装置は低減量かつ今までより短時間の撮影が可能であるため、放射線感受性が高い小児の患者さんにとっては大きな負担軽減につながります。

2019年に小児領域で日本初となる頭蓋顔面センター(クラニオフェイシャルセンター)を開設しました。このセンターでは、頭・顔・あごの変形と、それに伴い機能障害をもつ患者さんに対し、形成外科、脳神経外科、小児外科、耳鼻咽喉科(じびいんこうか)など複数の科が連携して、専門的治療を集約して行っています。

当院は地域医療支援病院であり、基本的に受診にはかかりつけの医師からの紹介が必要です。そのため地域の医療機関との連携が欠かせません。また、保健・福祉分野とのネットワークも重要であり、退院後も地域で適切なサポートを継続して受けられるよう支援しています。

移行期医療の問題は当院にとっても重要な課題です。移行期医療とは、小児期医療から成人期医療へつないでいくための医療であり、小児の患者さんが大人になっても安心して医療提供を受けられるよう整備する必要があります。当院では、小児・AYA世代がん部会の設置や、移行の難しい重度心身障がい児(者)のため、静岡市医師会(診療所)とともに移行医療病診連携を目指した、定期的なカンファレンスの開催などの活動を行っています。

前述のとおり当院では、オンラインシステムを活用した診療(多くの診療科でオンライン再診を選択可能)や広域地域連携に取り組んでいます。感染症に対するオンライン活用にも早くから取り組み、各医療機関の小児科との情報共有・連携が可能なオンラインシステムを構築することで、新型コロナウイルスのパンデミックの際にも、県内の小児病床の圧迫を回避しました。

さらに、オンラインによるセカンドオピニオンも開始しており、循環器を中心に全国からの相談にほぼ毎週対応しています。今後もICT技術を活用し、地域の小児医療を守っていけるよう取り組んでいきます。

いのりの木とは、こども病院の患者さんや患者さんだった卒業生、そのご家族、退職者も含む病院職員の思いの拠り所として、また幸せを祈る気持ちをつなぐモニュメントツリーのことです。2022年からいのりの木プロジェクトとして、患者さんや職員へ一般の方からもメッセージを送れるようポストを設置しています。開始から1年目で270通のメッセージをいただき、現在500通以上のメッセージが届いています。

少子高齢化のなかで、子どもの人口は減り続け、さらに小児に関わる医療者を確保するのも容易でなくなっています。そのなかでこの先の小児医療をどのようにしていくか、子どもたちに対してどう向き合っていくのかということを、もっともっと考えていかなければなりません。

当院が掲げる“私たちは、すべての子どもと家族のために、安心と信頼の医療を行います”という理念のもと、病気と向き合う子どもたちに希望のある未来・人生を提供するため、これからもできる限り貢献してまいります。

今回発信させていただいた当院の取り組みが、少しでも各地域の小児医療レベルの維持、発展を考察するのに役立つのであれば無上の喜びです。

*病床数や診療科、提供する医療の内容等についての情報は全て2024年3月時点のものとなります。