インタビュー

SMA(脊髄性筋萎縮症)は治療介入時期が予後を左右する——異変を感じたらすぐに行動を

SMA(脊髄性筋萎縮症)は治療介入時期が予後を左右する——異変を感じたらすぐに行動を
石垣 景子 先生

東京女子医科大学病院 小児科 准教授

石垣 景子 先生

目次
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spinal muscular atrophy:SMA脊髄性筋萎縮症(せきずいせいきんいしゅくしょう)は、数年前までは治療法が存在しなかった病気です。そのため、以前は重症型では、呼吸管理などの対症療法(病気によって起きている症状を和らげたり、障害された機能をサポートしたりする治療法)を行わない限り2歳までに亡くなってしまうケースがほとんどでした。しかし、近年では原因療法(病気の原因そのものを取り除く治療法)が誕生したことに加え、早期治療介入によって治療効果が高まることも分かってきており、早期発見が非常に重要であるという考え方に変化してきています。

では、SMA早期発見のためにはどういった点に気を付け、異変に気付いた場合にどのような行動を取ればよいのでしょうか。東京女子医科大学病院小児科の石垣 景子(いしがき けいこ)先生にお話を伺いました。

SMAは運動や筋肉を動かすために必要な“運動ニューロン”が障害される遺伝性の病気です。

通常、体を動かす場合には脳(大脳)から指示が出されます。大脳からの指示は脳幹という部位を通り脊髄に到達します。これが上位運動ニューロンです。次に脳からの指示は脊髄の前角というところで、上位運動ニューロンから下位運動ニューロン(運動神経)に伝わります。最後に、下位運動ニューロン(運動神経)を介して筋肉まで指示を届けることで、ようやく脳からの指示どおりに体が動くのです。

脳で指示が出てから筋肉に到達するまでのイメージ
脳で指示が出てから筋肉に到達するまでのイメージ

SMAにおいては、運動ニューロンが正常な機能を維持するために必要な成分(SMNタンパク)を作る遺伝子に異常があるために、脊髄前角の運動神経細胞が徐々に減ってしまいます。それにより脳からの指示が筋肉に伝わりにくくなり、徐々に筋肉量や筋力が低下します。

筋肉が弱る病気にもかかわらず、なぜ病名に“脊髄”と付くのか疑問に思われる方もいるかと思いますが、SMAでは、前述したように脊髄前角の運動神経細胞が減ってしまい運動ニューロンを介して筋肉に届けられる指令の伝達がなされなくなり、結果的に使われなくなった筋肉が細く、弱ります。

つまり、脊髄を木の幹や枝、筋肉を葉っぱに置き換えた場合、SMAのような病気では木の幹や枝ごと障害されてしまい、それによって結果的に葉っぱが育たなくなる(あるいは枯れてしまう)ということです。一方、筋肉の病気であれば木の幹や枝には異常はなく、葉っぱだけが何らかの理由で育たないと考えると分かりやすいのではないでしょうか。

筋肉と脊髄、それぞれが原因の場合の違いのイメージ図
筋肉と脊髄、それぞれが原因の場合の違いのイメージ図

筋肉は呼吸や嚥下(えんげ)(口の中のものを飲み込むこと)といった生命の維持に欠かせない機能も担っているため、進行することで命に関わるような症状が出てくる点がSMAの大きな問題の1つです。

SMAは発症時期によって大きく5つの型に分類され、それぞれ重症度も異なります。

・0型:胎児期(胎内)発症/最重症型

出生直後から呼吸不全がみられることもあります。また、胎内での動きが少ないために、関節が硬くなる(関節拘縮)(かんせつこうしゅく)を伴うことがあります。

・I型:0~6か月までに発症/重症型

無治療では1人(自力)で座れるようにならず、2歳未満で亡くなることがほとんどです。

I型の中でも発症や進行が早いケースをIa型、発症や進行が遅いケースをIb型とすることがあります。

・II型:6か月~1歳6か月までに発症/中間型

II型は中間型といわれ、無治療の場合、自力での起立や歩行の能力が獲得できません。

・III型:1歳6か月から20歳までに発症/軽症型

一度は自力で立つ・歩くといった動作を獲得しますが、転びやすい、歩けない、立ち上がりづらいという症状が徐々に現れます。

・IV型:20歳以降の発症

徐々に筋力が低下することにより、ほかの方と比較して力が弱くなります。発症年齢が遅いほど進行もゆっくりであるとされています。

SMAはつい数年前まで治療法がない病気でした。当時は早期診断ができたとしても、呼吸の補助や経管栄養などの対症療法しか実施できなかったため、早期診断は重要視されていませんでした。

しかし、治療法が存在する現在では、いかに体の機能が低下する前(機能低下の度合いが低い時期)の段階で発見・治療をするかが予後を左右する非常に重要なポイントとなっています。これは、現在承認されているSMAの治療法が、いずれも早期治療介入をした例のほうが治療に対する反応が良好であり、治療開始が遅れた場合には有効性が低いということが分かっているためです。

では、実際にはどのような異変がきっかけで受診、診断に至るのでしょうか。

SMAは発症時期(型)によって、あるいは個々人でさまざまな症状がみられます。典型的な症状は、生後早い段階で異様に体が柔らかい、手足の動きが少ない、ミルクを飲む量が少ない、呼吸が苦しそう(自然にではなく努力して呼吸している)、手に震えがみられるといったものです。

また、“筋緊張低下”によって異変に気付く方も多くいらっしゃいます。筋緊張低下とは、何らかの異常により全身の筋肉が柔らかくなった状態を指します。赤ちゃんは通常、手足を曲げた状態で体を丸めている姿勢を取ることが多いですが、筋緊張低下が起こると、手足が床にべったりとついている姿をたびたび目にする、脱力していて不安定なため抱っこがしづらいと感じることなどから異変に気付くことがあるようです。

赤ちゃんの図

そのほか、異変を感じるパターンとしては“できていたことができなくなる”というものが挙げられます。遺伝性の病気と聞くと、出生当初から何かしらの症状が現れているのでないかと思う方もいらっしゃると思います。しかし、SMAの場合には、生後しばらくは運動機能が発達していたにもかかわらず、あるときから運動機能が低下していくという特徴があります。

具体的な症状として挙げられるのが、以前はおもちゃに手を伸ばしていたのに伸ばさなくなった、手足を持ち上げていたのに手足を持ち上げなくなり動きが少なくなったといったものです。

こうした様子がみられた場合には、まずはかかりつけの小児科医に相談してみるのがよいでしょう。

ミルクを飲む際にブクブクと泡を吹いたり、喉や肺の辺りからゼロゼロという音が聞こえたりする場合(喘鳴)(ぜんめい)も注意が必要です。風邪でも同様の症状が現れることがあるため、「風邪なので様子を見ましょう」と言われ、診断が遅れてしまう可能性もあります。

風邪による喘鳴なのか、SMAが原因で筋力が低下したことによる喘鳴なのかを見分けるためには、発熱や鼻水など、風邪でみられるそのほかの症状の有無のほか “喘鳴が起こるタイミング”が重要です。風邪による喘鳴はミルクを飲むとき以外にも発生しますが、SMAによるゼロつきの場合、嚥下機能が低下することによる症状なのでミルクを飲む際に強くゼロつきが生じます。医療機関で相談する場合には、どのような状況で喘鳴が起こるのかを明確に医師に伝えられるとよいのではないでしょうか。

SMAの中でも特に早期に発症するI型、II型は本人が言葉で異変を訴える、自ら医療機関を受診するということができません。そのため、周囲が日ごろからお子さんの様子を観察することが大切です。また、日ごろからお子さんを間近で見ている保護者の方々だからこそ感じられる違和感や異変もあります。“何かがおかしい”と感じた場合には、ぜひその感覚を信じて医療機関を受診してください。

SMAの初期症状は医師でも気が付きにくい場合がありますが、医師が特にSMAを疑うキーワードの1つに“できていたことができなくなった”“手足の動きが少なくなった”のように、運動機能の低下(退行)を示す言葉があります。通常、赤ちゃんの発達が退行することはありませんので、退行がある場合、医師は異変を感じ取りやすくなります。

繰り返しになりますが、以前はおもちゃに手を伸ばしていたにもかかわらず伸ばさなくなった、手足を持ち上げなくなった、ミルクの飲みが悪くなった、首が一度すわったのにまたぐらぐらしてきたなどのように運動機能の退行と思われる症状が現れたときには、医療機関の受診を検討しましょう。

受診時には、診察室だけでは分からない普段の様子(泣き声が弱い、動きが少ないなど、ミルクを飲むと顔色が悪くなるなど)を伝えていただくことが、診断の手助けになります。具体的に違和感を言語化できない場合でも、お子さんの様子を撮影した動画を、以前のものと最近のものとで比較して医師に見せることで、医師にとっては非常に有用な情報となります。最近はスマートフォンで手軽に動画撮影ができますので、受診の際にはいくつか過去の動画を医師に見せられるようにしておくとよいと思います。

お子さんに何かしらの異変を感じており「病気の診断がつくのが怖い」と思われる保護者の方々もいらっしゃるかもしれません。しかし、SMAは数年前とは状況が変わり、治療ができる時代になりました。これは大きな変化です。さらに、SMAは治療を早く開始できればできるほど治療効果が高くなることも分かっています。少しでも早い受診がお子さんの未来を変えるかもしれないとお考えいただき、もしもお子さんに関して心配なことがあれば、遠慮せずに小児科の医師を頼ってください。

乳児健診に携わる方々は、「保護者に過度な心配を与えないように」と配慮されていると思います。確かにその点も重要ではありますが、治療法がある病気を絶対に見逃さないという意識で健診に取り組んでいただくことはさらに重要です。健診をきっかけにSMAの診断に至るケースが増えることを願っていますので、少しでも気になることがあればぜひ積極的に専門医へ紹介ください。

また、小児科の開業医の方々は、ぜひ保護者の方々の“心配事”に対して親身になっていただけたらと思います。SMAに特徴的といわれる典型的な症状(舌の線維束性収縮や腱反射の消失、シーソー呼吸など)がいくつかありますが、こうした症状が全てそろうケースばかりではありません。決して典型的な症状だけにとらわれず、判断に迷った場合にはぜひ専門医に紹介をしてください。「専門医に紹介して問題がなかったらどうしよう」と思われることもあるかもしれませんが、多くの人の目で診ることはとても重要なことです。そうすることで、たとえSMAではなかったとしても、保護者の方々の“心配事”に対して何かしらの介入ができるようになります。

さまざまな病気に治療法ができてきている今、SMAに限らず、“待つ”あるいは“様子を見る”ということをしないほうがよい病気も増えてきていることを頭の片隅においていただけるとよいのではないでしょうか。

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脊髄性筋萎縮症

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