呼吸器内科
肺がん〜気管支鏡を治療と診断に駆使〜
肺がんに対する北海道大学病院の診断・内科的治療
北海道札幌市に位置する北海道大学病院では、大学病院としてさまざまな病気の治療に取り組んでいます。呼吸器疾患を診る診療科である呼吸器内科の講師を務める菊地 英毅先生は、呼吸器病学・臨床腫瘍学・腫瘍免疫学を専門とし、肺がんの診断・治療に従事しています。今回は菊地先生に北海道大学病院の肺がんの診断や内科的治療の特色・取り組みについてお話を伺いました。
肺がんの一般的な治療方法についてはこちら
治療・取り組み
当院の呼吸器内科では抗がん剤治療・分子標的薬治療・免疫治療といった薬物療法のほか、気管支鏡による診断や治療に力を入れています。日本呼吸器内視鏡学会認定施設に指定されており、日本呼吸器内視鏡学会認定の気管支鏡専門医・指導医資格を有している医師が数多くいることが特徴です。
また将来、肺がん患者さんにより効果のある新しい治療を提供できるよう、臨床試験や治験に積極的に参加しています。
気管支鏡による肺がん診断
気管支鏡検査とは、直径5mm程度の細い内視鏡(小型カメラ)を鼻や口から入れ、気管や肺の内部の状態を観察する検査方法です。検査中に内部の組織を採取し、肺がんの確定診断や治療方針の決定に必要となる組織型の同定、薬物治療の治療方針を決める際に役立つがんの遺伝子の確認などに活用します。
肺末梢型結節に対する気管支鏡の技術
当科では、肺末梢型結節に対する仮想気管支鏡ナビゲーションやラジアル型気管支腔内超音波断層法(EBUS)を併用することによって、より診断率の高い検査を行っています。仮想気管支鏡ナビゲーションやEBUSは、2021年現在では多くの医療機関で活用される一般的な技術ですが、当院は2000年代からその開発に携わってきた経緯があります。また、2018年より新しい内視鏡下生検デバイス(クライオ生検)を取り入れたことにより、より高い診断率が期待できるようになりました。クライオ生検は器具を肺の末梢まで入れ、組織をマイナス80度に凍らせて採取する生検方法で、組織を大きく採取できることが特徴です。
リンパ節に対する気管支鏡を用いた針生検(EBUS-TBNA)
当科では気管や気管支周辺のリンパ節を採取する際に、コンベックス走査式超音波気管支鏡を用いた針生検(EBUS-TBNA)を行っています。この検査方法では超音波画像を見ながら針を刺してリンパ節を採取するため、狙った検体を採取しやすいという特徴があります。それに加え当科の気管支鏡検査では、実際に採取した検体を取り扱う細胞検査技師が同席し、その場で十分な検体が取れているかどうか確認しながら検査をしています。これによって、採取した検体が不十分な場合には、その場で再び検体を採取することができるため、診断率の向上に役立っています。
気管支鏡検査の入院スケジュール
気管支鏡検査を受ける場合、3~4日間程度の入院が必要になることが一般的です。
気管支鏡による肺がん治療
進行した肺がんでは腫瘍によって気管や気管支が狭窄することで呼吸困難が生じ、時に命の危険が生じることもあります。そこで、当科では狭窄した気管を広げるための呼吸器インターベンション治療を積極的に行っています。呼吸器インターベンション治療は呼吸ができないなどの緊急時に選択されることの多い治療方法で、技術が必要なことから行っている医療機関が少なく、当院には北海道中から紹介患者さんがいらっしゃいます。
呼吸器インターベンションの治療方法
呼吸器インターベンション治療では、気管支鏡を使って狭くなった気管や気管支内にある腫瘍を取り除いたり、気管・気管支の中を医療用の風船で膨らませたりして、狭くなった気管・気管支の内腔を広げます。また、広げた内腔を保つために“ステント”と呼ばれる筒を留置することもあります。ステントにはシリコン製、金属製、金属と樹脂が混ざったものなどがあり、患者さんの状態によって適切な素材を使い分けます。たとえば、シリコン製のステントは一時的に留置したあと、抜去する予定がある場合に使用されます。
呼吸器インターベンション治療は手術室で全身麻酔によって行われ、硬性気管支鏡という医療機器が使用されることが一般的です。治療にかかる時間は2~3時間程度です。
呼吸器インターベンション治療のメリットと注意点
呼吸器インターベンション治療の大きなメリットとしては、がんによって狭くなってしまった気管や気管支を直接広げることで呼吸困難などの症状を緩和し、命の危険を回避できることが挙げられます。
一方注意点としては、全身麻酔下で治療を行うことや処置による感染や出血・窒息などのリスクがあることなどが挙げられます。この治療を行う患者さんは体の状態がすぐれない方も多いため、本当に治療が必要なのか、安全に行えるのかという点を慎重に判断する必要があるでしょう。
またそのほかの注意点としては、治療中に気管や気管支にステントを留置した場合に咳が出やすくなることや、治療後も定期的に気管支鏡を入れてステントのメンテナンスを行う必要があることが挙げられます。ステントには痰などが付着しやすいため、ステントを留置している間は定期的に痰を取り除く処置が必要です。なお、ステントを抜去した後はメンテナンスの必要はなくなります。
呼吸器インターベンション治療の適応
呼吸器インターベンション治療は主に手術治療、薬物療法、放射線治療など、そのほかの治療を選択できない状態の方に検討されます。気管や気管支が狭窄していてもほかの治療方法を選択できる場合には検討されないことが一般的で、ほかに治療方法がなく症状が強い方などに対して緊急で行うことが多いです。
また、気管や気管支の狭窄範囲が狭い方に適した治療方法であり、狭窄範囲が広い方には行えないことがあります。
さまざまな臨床試験・治療にも従事
当科では患者さんによりよい治療を提供できるよう、将来に向けてさまざまな臨床試験や治験を行っています。たとえば、肺がんのドライバー遺伝子*の1つとして知られるEGFR遺伝子変異が発見された2004年以降、当科では北海道肺癌臨床研究会(HOT)、北東日本研究機構(NEJ)に所属するほかの医療機関と共に、がん遺伝子変異が陽性の肺がんに対する治療薬などの臨床研究を継続的に実施しています。またそのほかの遺伝子変異に関しても、がん遺伝子検査を活用し、その方のがんの特徴に合わせた新薬を使用する治験などを実施しています。
さらに肺がんの中でも比較的珍しい肺肉腫様がんやカルチノイド腫瘍、また肺がん以外にも胸腺がんや胸膜中皮腫といった希少がんの治療についても、さまざまな医療機関と協力して治療や臨床研究を行っています。
*ドライバー遺伝子……細胞のがん化の原因となっている遺伝子のことをいいます。
診療体制・医師
当院では呼吸器内科、呼吸器外科、放射線治療科が中心となって肺がんの治療にあたっています。それぞれの診療科でしっかり連携を取って治療方針を決定するために、週に1回キャンサーボードと呼ばれる話し合いの場を設け、一人ひとりの患者さんの治療方針、状態などについて意見を交わします。また、がんの痛みや精神的苦痛を緩和する緩和ケア科、標準治療終了後の患者さんに対してがんの遺伝子パネル検査を行うがん遺伝子診療部などそのほかの診療科とも連携し、大きな病院ですが風通しがよく、いつでも相談し合える密な関係が築けていると感じています。
呼吸器内科は主に肺がんの診断や薬物治療を担当しています。また主治医を中心としたグループ診療制をとっており、主治医および専門チームが責任者となって患者さんの全身を診ることを大切にしています。呼吸器をメインにした診療科ではありますが、患者さんがなにか体の不調を訴えた際は適切な検査や治療を受けられるよう、ほかの症状についてもサポートすることを心がけています。
受診方法
当院は原則紹介制をとっております。ほかの医療機関からの紹介状をご用意ください。紹介状がない場合、原則受診できませんのでご注意ください。
予約について
当院は新規外来受診の患者さんに対して予約制をとっております。予約なしで来院いただいた場合、当日受診できない可能性があるためご注意ください。現在受診中の医療機関からかかりつけ医を通してご予約いただくか、患者さんご自身からお電話で予約をお取りいただきます。できる限り医療機関を通じてご予約いただくことをお願いしておりますが、ご自身で予約を取る場合、以下の電話番号にお電話でお問い合わせください。
自分で予約を取る場合
- 予約受付専用電話番号……011-706-7733
- 予約受付時間……平日9:00〜16:00(翌日の予約受付は15:00まで)
セカンドオピニオン外来
当院の呼吸器内科では、肺がんの疑いがある方・治療方針を検討されている方を対象にセカンドオピニオン外来を実施しています。ご希望の患者さんは現在の主治医にご相談いただいたうえで、お電話でお問い合わせ・ご予約ください。1回の相談時間は45分で、主治医宛ての報告書作成15分を含めて合計1時間です。保険適用外のため、費用は30,000円(税別)です。
問い合わせ・申込先
北海道大学病院 医事課(新来予約担当)
- 住所……〒060-8648 札幌市北区北14条西5丁目
- 電話番号……011-706-6037
- 受付時間……平日8:30〜17:00
- Fax……011-706-7963
診察・診断の流れ
肺がんの診断方法
肺がんが疑われる場合、まずは胸部CT検査などによってがんが疑われる病変があるかどうか確認します。時に痰の中にがん細胞が含まれていないかどうかを調べる喀痰細胞診検査が併せて行われることもあります。これらの検査で異常が見つかった場合、気管支鏡検査によってがんが疑われる部分の細胞を採取し、それを顕微鏡で見る病理検査によって確定診断や治療方針決定に必要な組織型の確認が行われます。また、気管支鏡で届かない位置にがんを疑う病変がある場合には、外から針を指して行う経皮的針生検や胸に穴を開けて行う胸腔鏡下検査が行われることもあります。
治療方針の決定方法
肺がんの治療方針は、日本肺癌学会の発行する“肺癌診療ガイドライン”をもとに決定されます。また当院では、肺がん治療に関わる複数の診療科でキャンサーボードと呼ばれる会議を開き、がんの状態、患者さんの全身状態や体力、持病などを考慮しながら治療方法を相談します。
また実際にその治療をしたいと思うかどうかは、患者さんの希望による場合もあります。私たちは診療の中で適切な情報を提供し、患者さんやご家族と相談しながら治療方針を決めていくことを大切にしています。
入院が必要になる場合
肺がんの場合、診断に必要となる気管支鏡検査の際に入院が必要となるほか、手術治療、放射線治療、薬物療法でも入院が必要となります。手術治療の場合7〜10日程度の入院期間になることが一般的です。薬物療法では使用する治療薬によっても異なりますが、一般的に初回2〜3週間の入院をしていただきながら、治療薬の副作用などを確認します。その後は外来で治療を継続する場合もありますし、必要に応じて短期入院をはさみながら治療を継続することもあります。
患者さんのために病院が力を入れていること
当院では肺がんの患者さんが安心して治療に専念できるよう、さまざまな体制を整えています。
薬物治療の分野では、病院をあげて副作用に対する対処を行っています。とりわけ免疫治療が開始されてからは、治療による腸炎、ホルモン分泌障害、関節の障害などの全身の副作用がみられることも少なくありません。当院ではこのような副作用に対して、腸炎なら消化器内科、ホルモン分泌障害なら内分泌内科、関節の障害なら膠原病内科というように、各診療科の協力を仰ぎ、治療を行っています。
また、近年は高齢化に伴って高齢で通院の難しい肺がん患者さんもいらっしゃいます。このような患者さんに対しても無理なく治療を続けてもらえるよう、地域医療連携福祉センターを設置し、往診や訪問看護、介護などをスムーズに受けられる体制づくりを行っています。
先生からのメッセージ
肺がんの診断は気管支鏡の技術の発展によってめざましく進歩しており、今後もさらに診断率が向上することが期待されています。また薬物療法についても分子標的薬や免疫治療が登場して以来、根治は難しくても、がんと付き合いながら長く生活できる方が増えてきています。当科では手術治療の難しい肺がん患者さん、合併症がありほかの医療機関では治療が難しいと言われた患者さんも多く受け入れていますので、ぜひ一度ご相談ください。