消化器外科

膵臓がん〜血管合併切除再建術を中心に、手術で根治を目指す〜

最終更新日
2022年10月07日
膵臓がん〜血管合併切除再建術を中心に、手術で根治を目指す〜

膵臓がんに対する北海道大学病院の取り組み

北海道札幌市に位置する北海道大学病院は、大学病院としてさまざまな病気の診療にあたっています。胃や食道、胆道、膵臓(すいぞう)の診療を行う消化器外科IIの病棟医長を務める中村 透(なかむら とおる)先生は、肝胆膵外科医として膵臓がんの治療に従事しています。今回は中村先生に北海道大学病院の膵臓がん治療の特色や取り組みについてお話を伺いました。

膵臓がんの一般的な治療方法についてはこちら

治療・取り組み

当院では、進行した膵臓がんに対する手術治療を熱心に行っています。

進行した膵臓がんに対する血管合併切除再建術

血管合併切除再建術とは、膵臓がんが重要な血管にまで広がっている場合に、腫瘍(しゅよう)だけでなく血管を一緒に切除してつなぎ直す手術方法のことをいいます。膵臓は周囲に重要な血管が多く、がんの進行とともに腫瘍が重要な血管を巻き込んでしまうことも少なくありません。このような場合、手術は難しいと判断して薬物治療や放射線治療を行う医療機関もありますが、当院では膵臓の切除とともに血管合併切除再建術を用い、可能な限り手術でがんを根治させることを目指しています。

血管を巻き込んだ膵臓がんは見た目には転移がないように見えても、細かながん細胞が全身に広がっており潜在的な転移が生じている可能性があります。特に手術によって体力が落ちると、免疫状態も悪くなるため術後すぐに転移・再発が生じてしまうことが懸念されます。そこで当院では術前に化学療法を行い、潜在的な転移を極力消滅させてから手術治療を行うようにしています。また標準的な治療と同様に、術後にも抗がん剤による化学療法を実施します。

どのような血管を巻き込んでいるかによって手術の難易度が異なる

膵臓の周りには門脈などの静脈のほか、腹腔動脈・総肝動脈・上腸間膜動脈といった動脈など、体の機能を維持するために欠かせないさまざまな血管が存在します。膵臓がんの手術治療においては、門脈をはじめとする静脈に対する血管合併切除再建術を行っている医療機関は多いのですが、腹腔動脈をはじめとする動脈に対する血管合併切除再建術は手術によるリスクが高いと判断され、行われないことが一般的です。

しかし当院では大学病院であるという特徴を生かし、消化器外科の医師と血管外科の医師と協力体制が築けるため、動脈に対しても血管合併切除術を行っています。

※引用可能のエビデンス https://ganjoho.jp/aboutus/attention/copyright.html
出典:国立がん研究センターがん情報サービス

世界に先駆けて導入した腹腔動脈合併尾側膵切除術

また当院では、1998年という早い段階より膵臓の中心部分“膵体部”に生じた局所進行膵体部がんに対する腹腔(ふくくう)動脈合併尾側膵切除術を取り入れて、治療にあたっています。腹腔動脈合併尾側膵切除術とは、膵尾部を切除する際に腹腔動脈、総肝動脈やその周辺の神経、両側腹腔神経節、左腎筋膜左副腎などを併せて切除する術式です。腹腔動脈や総肝動脈は胃や肝臓につながっており、生命を維持するために不可欠な血管ですので、周囲の動脈からの側副血行路(迂回路)の発達を術前の血管塞栓術によって発達させる技術を応用したり、切除後に動脈をつなぎ直す工夫が重要です。切除範囲が広い、いわゆる拡大手術でありながら、術後のがんによる痛みや下痢の症状が軽微になることが分かっています。 

1度は切除不能といわれたがんを治療することもある

膵臓がん治療では、事前の検査で切除不能と判断されると手術治療は行わず、薬物治療や放射線治療によってがんの進行を和らげることが検討されます。しかし近年では抗がん剤の進歩が著しく、切除不能と判断された患者さんに対して化学療法を行うことによってがんが小さくなり、手術が可能になるケースも増えてきています。このように一度は切除不能と判断された患者さんに対して行う手術のことを“コンバージョン・サージェリー“といいます。

当院では一定期間、化学療法の効果が持続した場合にコンバージョン・サージェリーを行っています。局所進行(重要な動脈が巻き込まれている)の方は治療開始から8か月間の腫瘍増大がない場合、転移のある方は1年以上の期間に新たな転移が出現しないか転移が消失した場合、を目安として根治手術に取り組んでいます。

血管合併切除再建術のメリット・注意点

血管合併切除再建術の大きなメリットとしては、進行した膵臓がんの患者さんであっても根治を目指せることが挙げられます。根治が目指せるということは、そのほかの治療を選択した場合より長期の予後が期待できます。
一方、注意点としては手術そのもの、あるいは術前・術後の化学療法などによる体の負担が大きく、治療によって体力が大きく落ちてしまうことが挙げられます。長期入院が必要となることもあるため、患者さんの全身状態や希望に応じて治療方針を決めていくことが大切です。

血管合併切除再建術の適応

血管合併切除再建術は主に進行した膵臓がんに対して検討されます。具体的な適応としては、局所進行がんでほかの臓器への転移がなく、手術によってがんが取り切れると判断された方が対象です。また動脈への浸潤がある場合、膵臓の上側に位置する腹腔動脈や総肝動脈であれば血管合併切除再建術を検討しますが、膵臓の下側に位置する上腸間膜動脈については手術のリスクが高いことが懸念されるため、手術ができないケースがあります。
腹腔動脈合併尾側膵切除術は、局所進行膵体部がんであり、がんが脾動脈や総肝動脈、腹腔動脈に浸潤している場合や、近接している場合などに検討されます。周囲のリンパ節や神経などに転移・浸潤がないことが条件とされていますが、門脈や中結腸静脈などのほかの血管や、胃・結腸などほかの臓器へ浸潤があっても手術可能なケースもあります。

さまざまな臨床研究も実施

当院では、膵臓がんの患者さんによりよい治療を提供するためにさまざまな臨床研究を実施しています。中でも近年注力しているのは術前に行うリハビリテーションや栄養指導の介入です。

術前リハビリテーションの重要性を検証

前述のとおり膵臓がんでは治療による体力の低下が大きく、それによって治療後の回復が妨げられることもあります。そのため当院では、患者さんに術前から2泊3日の入院をしていただき、運動機能を整えるためのプログラムの指導や、たんぱく質といった栄養素を取り入れるなどの栄養指導を実施しています。このように術前に行われるリハビリテーションのことを“プレハビリテーション”といいます。

プレハビリテーションや栄養管理は、一見すると「治療と直接関係がない」と感じる方もいるかもしれません。しかし、治療を受ける際に体力をつけておくことで、術後の回復がよくなることはすでに分かってきています。たとえば、腸腰筋というインナーマッスルがしっかり鍛えられている人は術後の合併症が生じにくく、予後がよいというデータもあります。今後研究が進むにつれて、数値的にも効果が実証されることを期待しています。

そのほかの膵臓がん治療

  • 手術治療
  • 化学療法などの薬物療法
  • 放射線治療

診療体制・医師

がんの治療方針を決める際、外科だけでなく内科や放射線治療科などさまざまな診療科が集まって行うカンファレンスを“キャンサーボード”といいます。当院ではキャンサーボードという言葉が認知される以前から数十年以上にわたって、膵臓がんの患者さんの治療方針を決定する3科合同カンファレンスを行ってきました。そのため、診療科同士の信頼関係も厚く、現在でもさまざまなことを話し合い、連携しながら治療を行っています。

また入院患者さんに対しては、胆膵を専門とする医師のグループでチームになって診療しています。チーム全員が患者さんの状況を把握し、いつ何があっても対応できるという体制を持っていることはもちろん、主治医となる医師は自分の患者さんに責任を持ち、コミュニケーションを取りながら治療にあたっています。

受診方法  

当院は原則紹介制をとっております。ほかの医療機関からの紹介状をご用意ください。紹介状がない場合、診療にかかる費用のほかに選定療養費として7,000円(税別)をご負担いただきますので、ご了承ください。

予約について  

当院は新規外来受診の患者さんに対して予約制をとっております。予約なしで来院いただいた場合、お待ちいただくことがありますのでご注意ください。現在受診中の医療機関からかかりつけ医を通してご予約いただくか、患者さんご自身からお電話で予約をお取りいただきます。できる限り医療機関を通じてご予約いただくことをお願いしておりますが、ご自身で予約を取る場合、以下の電話番号にお電話でお問い合わせください。

自分で予約を取る場合

  • 予約受付専用電話番号……011-706-7733
  • 予約受付時間……平日9:0016:00(翌日の予約受付は15:00まで)

セカンドオピニオン外来 

当院では、すでに膵臓がんと診断されている方を対象にセカンドオピニオン外来を実施しています。ご希望の患者さんは現在の主治医にご相談いただいたうえで、お電話でお問い合わせ・ご予約ください。1回の相談時間は45分で、主治医宛ての報告書作成15分を含めて合計1時間です。なお、保険適用外のため費用は30,000円(税別)です。

問い合わせ・申込先

北海道大学病院 医事課(新来予約担当)

  • 住所……060-8648 札幌市北区北14条西5丁目
  • 電話番号……011-706-6037
  • 受付時間……平日8:3017:00
  • Fax……011-706-7963

診察・診断の流れ

膵臓がんの診断方法

膵臓がんが疑われた場合、まずは造影CTMRI検査や超音波内視鏡検査を行います。これらの検査で診断がつかなかった場合、内視鏡を十二指腸乳頭まで進めてX線撮影を行う内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)検査を実施し、確定診断を行います。なお、超音波内視鏡検査やERCP検査中に膵臓の組織・細胞を採取し、細胞診・組織診で確定診断をすることもあります。またがんと診断された場合には、腹膜播種(ふくまくはしゅ)が生じていないかを調べるために審査腹腔鏡検査(しんさふくくうきょうけんさ)が実施されることがあります。

治療方針の決定方法

膵臓がんの治療方針は、日本膵臓学会が発行する膵癌診療ガイドラインをもとに検討されます。基本的には解剖学的な考えを基盤とし、CTMRI検査などの画像を元に血管との位置や腫瘍(しゅよう)の大きさを見て手術ができるかどうかを判断します。

ただし、近年ではより生物学的な考えも取り入れて治療方針を決定するようにしています。たとえば同じ手術ができそうな症例であっても、血液検査による腫瘍マーカーの数値が高いと、術後の再発率が高まることが分かってきています。そのため、事前の検査で再発リスクの高さをしっかり調べ、再発リスクが高いと考えられる患者さんに対しては通常より長めに化学療法を行ってから手術治療を検討するなど、より再発が生じにくくなるような工夫を行いながら治療方針を決定しています。

入院が必要になる場合

膵臓がんの場合、診断前の検査の段階でも数日の入院が必要となることが一般的です。治療では手術治療に加え、手術前に行われるリハビリテーションや栄養指導を目的に入院していただきます。また放射線治療でも入院していただくことがあります。

患者さんのために病院が力を入れていること

当院では遠方からいらっしゃる患者さんのために、かかりつけ医相談窓口を設置しています。北海道はとても広いため、当院にはさまざまな地域から患者さんがいらっしゃいます。遠方からお越しの場合、中には治療を受けた後定期的に当院に通うことが難しいという患者さんもいらっしゃるため、地域のかかりつけ医との連携を強め、採血などの検査は地元の病院でも受けられるような環境づくりを行っています。また患者さんが不安になることがないよう、半年に一度は当院を受診していただくなど、長いお付き合いができるよう工夫しています。

また、当科は膵臓がんに関する活動を行うNPO法人パンキャンの北海道支部として、膵臓がんの患者さんと医師とをつなぐ膵がん教室を行っています。膵がん教室では、膵臓がんに関する最新の治療情報について共有したり、患者さんの疑問にお答えしたりすることによって親交を深めています。もともとは顔を合わせて行われていたイベントですが、新型コロナウイルス感染症流行の影響により現在はオンラインで行われており、過去のアーカイブがYoutubeで閲覧できるようになっています。この教室には北海道大学だけでなく、札幌医科大学、旭川医科大学、手稲渓仁会病院といった北海道の膵臓がん治療を牽引する病院の医師が関わっており、北海道の患者さんはもちろん、最近ではほかの地域の患者さんにもご覧いただいています。

先生からのメッセージ

膵臓がんは早期発見が難しく、見つかったときには手術ができないことも多いため、診断後気を落としてしまう患者さんもいらっしゃいます。しかし近年は抗がん剤による化学療法が進歩したことにより、はじめは手術による切除不能のがんと診断されても、抗がん剤が効いてがんが小さくなり手術ができるようになるという方も増えてきました。そのため全てを諦めず、前向きに治療に臨んでいただきたいと思います。

また仮に手術が難しい場合でも、化学療法などの薬物治療や放射線治療によって予後がよくなる、痛みなどの苦痛を和らげることができる可能性があります。私たちは患者さんの希望・ライフスタイルに合わせながらサポートをしますので、どんなことでもご相談ください。

北海道大学病院

〒060-8648 北海道札幌市北区北十四条西5丁目 GoogleMapで見る