耳鼻咽喉科・頭頸部外科
頭頸部がん〜超選択的動注化学療法での上顎洞がん治療〜
頭頸部がんに対する北海道大学病院の取り組み
北海道札幌市に位置する北海道大学病院は、大学病院としてさまざまな病気の診療に従事しています。耳鼻咽喉科・頭頸部外科教授の本間 明宏先生は頭頸部腫瘍を専門とし、長年頭頸部がんの治療にあたってきました。
今回は本間先生に北海道大学病院の頭頸部がん治療の特色や取り組みについてお話を伺いました。
頭頸部がんの一般的な治療方法についてはこちら
治療・取り組み
頭頸部がんとは鎖骨の上から頭蓋底までの臓器に発生するがんのことで、主な種類として口腔がん、咽頭がん(上咽頭・中咽頭・下咽頭)、喉頭がん、上顎洞がん、舌がん、唾液腺がん、甲状腺がんなどが挙げられます。
当院では、頭頸部がんに対する標準的な治療はもちろんのこと、頭頸部がんの1つである上顎洞がんに対する超選択的動注化学療法と放射線治療の併用療法を熱心に行っています。
上顎洞がんの超選択的動注化学療法
上顎洞がんとは頬骨の裏側にある副鼻腔の1つ、上顎洞内から発生するがんで、副鼻腔に生じるがんの中ではもっとも高い頻度でみられます。
超選択的動注化学療法とは、がんに血液を巡らせている動脈にカテーテルと呼ばれる細い医療器具を挿入し、がんに対して効率よく抗がん剤を注入する治療方法です。通常の化学療法のように抗がん剤を静脈に点滴で注入するのではないため、がんに対してピンポイントで高濃度の抗がん剤を届けることができます。北海道大学では1999年から導入を開始し、最初はさまざまな頭頸部がんに対して行われていました。しかし最近では、さまざまな治療方法の登場で治療成績が向上し、上顎洞がんに限ってこの治療方法が選択されるようになりました。副作用も少なく抑えながら治療できるので、この治療を受けるために本州から受診される患者さんもいます。
副作用を減らすことによって繰り返し治療が可能
超選択的動注化学療法の特徴は抗がん剤の注入方法にありますが、そのほかにも副作用が出にくい対策をしていることが特徴として挙げられます。
上顎洞がんの化学療法では、シスプラチンと呼ばれるプラチナの化合物が抗がん剤として使用されます。抗がん剤は血液内に注入されれば全身に行き渡りますから、仮に選択的動注によって注入した場合でも、副作用に関しては点滴で注入した場合と同様に現れます。
しかし、この超選択的動注化学療法では、シスプラチンの動注と一緒に金属を中和する役割を持つチオ硫酸ナトリウム(STS)を静脈から注入することによって、副作用を従来より小さくできるようになっています。これによって、通常では副作用の関係で週に2〜3回しかできないはずの化学療法が週に7回できるようになるため、より強力にがんを攻撃できるわけです。超選択的動注化学療法と放射線治療を併用することによって、手術に匹敵する治療成績が期待できます。
超選択的動注化学療法・放射線治療併用療法のメリットと注意点
この治療方法の大きなメリットは、手術治療をしなくても手術をした場合と同等程度にがんの寛解を見込めることです。上顎洞がんをはじめとする頭頸部がんでは手術によって機能や整容性に変化が生じることもあるため、手術を拒む患者さんも少なくありません。そこで、手術治療に伴う変化を懸念する方に対しては、この治療方法を提案しています。
一方、注意点としてご理解いただきたいのは、この治療方法が比較的新しく、まだ標準治療とはいえない点です。ただし、治療の有用性については立証されつつあり、現在全国の医療機関で臨床試験を行っている最中でもあります。
頭頸部がんの手術治療
頭頸部がんでは、がんの生じた部位を切除する手術治療が行われます。前述のとおり、頭頸部がんと一言に言ってもさまざまな部位にがんが生じるため、生じた部位や大きさに合わせてさまざまな手術方法が検討されます。
頭頸部がんでは顔周りの切除手術が必要となることもあるため、口腔や咽頭、頸部の機能性、整容性を回復するために切除手術の後に再建手術を行うこともあります。通常は患者さん自身の腕やお腹、足の皮膚などを使用して再建することが一般的です。再建手術の技術が進歩したことにより、進行した頭頸部がんに対する拡大手術も可能となってきています。
頭頸部がん手術のメリットと注意点
頭頸部がん手術のメリットとしては、放射線治療、薬物療法とは異なり、一回の治療でがんを取り切れることが挙げられます。一回の治療で済むため、進行した頭頸部がんの治療の中では体に負担がかかりにくい治療と考えられます。
一方、注意点としては、がんの部位にもよりますが機能面や整容面で術後に変化が生じてしまうことが挙げられるでしょう。たとえば舌がんでは舌の切除・再建を行いますので、食事が食べにくくなる、喋りにくくなるなどの変化が生じることもあります。
手術治療の適応
頭頸部がんの多くは一般的ながん治療と異なり、手術治療だけが根治治療ではない場合があります。
治療選択において、ステージによっては手術治療と放射線治療が横並びに記載されており、治療成績が同程度という場合もあります。そのため、どの治療方法を選択するかについては、患者さんの状態・希望などからじっくり話し合って決めていくことが大切です。
一般的には手術治療のほうが、治療期間が短いので体に負担がかかりにくく、放射線治療などと比較すると適応範囲が広いといわれています。ただし、手術では機能面・整容面に変化が生じる可能性が高いため、「手術で喉を失いたくない」「見た目の変化がどうしても嫌だ」という方には、体力に応じて放射線治療や薬物療法、あるいは抗がん剤治療と放射線治療を組み合わせて行う化学放射線治療を検討することもあります。
頭頸部がんに対するその他の治療方法
- 陽子線治療・免疫療法
- 支持療法
など
診療体制・医師
当院では根治性を高め、臓器や機能を温存して治療を行うために、手術治療と化学療法、放射線治療を組み合わせた集学的治療を行うことも多くあります。集学的治療は今や全国各地で行われている当たり前の治療となりましたが、当院では1970年代から耳鼻咽喉科・頭頸部外科、放射線科、形成外科、歯科など頭頸部がんに関わる複数の診療科が連携し、それぞれの専門性を生かして治療方針を検討していく体制が整っています。
患者さんを直接診療して話をするのは主治医1人ですが、毎週火曜日にキャンサーボードと呼ばれるカンファレンスを行い、患者さん一人ひとりの治療方針などについてチーム全体で相談や情報の共有を行っています。
受診方法
北海道大学病院では、頭頸部がんの診療にあたり以下のような予約受付・診療を行っています。
初診までの流れ
当院は原則紹介制をとっております。ほかの医療機関からの紹介状をご用意ください。
紹介状がない場合、原則受診できませんのでご注意ください。
予約について
当院は新規外来受診の患者さんに対して、予約制をとっております。予約なしで来院いただいた場合、当日受診できない可能性があるため、ご注意ください。
現在受診中の医療機関からかかりつけ医を通して予約していただくか、患者さんご自身からお電話で予約をお取りいただきます。できる限り医療機関を通じて予約いただくことをお願いしておりますが、ご自身で予約を取る場合、以下の電話番号にお問い合わせください。
自分で予約を取る場合
- 予約受付専用電話番号……011-706-7733
- 予約受付時間……平日9:00〜16:00(翌日の予約受付は15:00まで)
セカンドオピニオン外来
当院では、すでに頭頸部がんと診断されている方を対象にセカンドオピニオン外来を実施しています。ご希望の患者さんは現在の主治医にご相談いただいたうえで、お電話でお問い合わせ・ご予約ください。
1回の相談時間は45分で、主治医宛ての報告書作成15分を含めて合計1時間です。費用は3万円(税別)です。
問い合わせ・申込先
北海道大学病院 医事課(新来予約担当)
- 住所……〒060-8648 北海道札幌市北区北14条西5丁目
- 電話番号……011-706-6037
- 受付時間……平日8:30〜17:00
- Fax……011-706-7963
診察・診断の流れ
頭頸部がんの診断方法
頭頸部がんは比較的体表に近い部位にがんが生じる可能性が高いことから、最初は口の中や喉の奥の視診、首の触診などによってがんを疑う病変がないかどうか確認します。喉の奥を診るときは鼻から小型カメラを入れて詳しく観察します。
疑わしい病変があった場合、血液検査やCT・MRIなどの画像検査を行うほか、病変の組織を採取し病理検査*をすることによって確定診断がつくことが一般的です。また、頭頸部がんの患者さんは喫煙歴があり飲酒量の多い方が多く、頭頸部の別の部位や肺、食道などに重複してがんが生じていることもありますので、肺のCT検査、食道を診るための内視鏡検査(胃カメラ)を併せて行います。
*病理検査:採取した細胞・組織を顕微鏡で見る検査のことです。
治療方針の決定方法
頭頸部がんの治療方針は日本頭頸部癌学会が発行する“頭頸部癌診療ガイドライン”をもとに検討されることが一般的です。ただし、頭頸部がんでは手術治療・放射線治療・薬物療法の治療成績がほぼ同等の場合も多く、実際には患者さんの状態や希望に応じて選択することが大切です。
当院では、耳鼻咽喉科・頭頸部外科・放射線科・形成外科・歯科など頭頸部がんに関わる診療科の医師でカンファレンスを行い、患者さん一人ひとりの治療方針についてそれぞれの専門家が話し合って検討します。また、患者さんが納得できる治療方法を選べるように、主治医が患者さんの話をよく聞き、正しい情報を細かく説明することを大切にしています。
入院が必要になる場合
頭頸部がんの治療では手術治療の場合、必ず入院となります。放射線治療単体の場合は入院せず通院していただくことが一般的ですが、抗がん剤と放射線治療を組み合わせる化学放射線治療では入院を検討することが一般的です。また薬物療法の場合、使用する薬物によって入院が検討されることもあります。
患者さんのために当院が力を入れていること
当院では、頭頸部がんの患者さんが安心して治療に専念できるよう、さまざまな取り組みを行っています。とりわけ頭頸部がんによって喉を切除しなければならなくなる場合、治療そのものの影響はもちろん、食事をしにくくなったり、従来どおり発声ができなくなったりするなど、術後にさまざまな困難が待ち受けています。そのため、私たち耳鼻咽喉科・頭頸部外科では術後の生活について理解を深め、セルフケアをしていただけるよう、下咽頭がんで喉頭の切除を余儀なくされたアメリカの医師、イツァーク・ブルック先生の「喉摘者のためのガイドブック」を翻訳し、医局のホームページで無料公開しています。頭頸部がんの患者さんにとって有益な情報が数多く掲載されていますので、ぜひご覧いただきたいです。
先生からのメッセージ
頭頸部がんでは、治療を行う際にがんの根治性はもちろん、体の機能性・整容性をいかに維持するかという点で患者さんの意見を尊重して治療方針を決めていくことが大切です。
私たち医師はついがんの根治にのみ注目してしまいがちですが、患者さんの中にはたとえば手術をすることで顔が変わってしまうことを強く拒まれる方もいます。積極的な治療をすることによって患者さんが不幸になってしまうことは医師にとっても悲しいことです。
そのため、私は仮に根治が見込める治療方法が手術しかない場合でも、「この治療方法しかない」という伝え方はせず、メリット・デメリットを伝えたうえで患者さんの希望を伺いながら治療方法を決定しています。実際、長く生きることよりも自分らしい姿で生涯を終えることを望まれる方もいらっしゃいます。
これから治療を受ける頭頸部がんの患者さんにも自分の希望をしっかり話せる、信頼関係の築ける医師を見つけて、治療に臨んでいただきたいと思います。