呼吸器外科

肺がん~負担が少ない胸腔鏡手術を約95%の肺がん患者さんに実施~

最終更新日
2022年11月15日
肺がん~負担が少ない胸腔鏡手術を約95%の肺がん患者さんに実施~

肺がんに対する北海道大学病院の取り組み

北海道大学病院は北海道札幌市にあり、さまざまな病気の診断・治療を行っている大学病院です。特にがん治療においては地域がん診療連携拠点病院に指定され、新しい治療の研究開発にも取り組んでいます。

北海道大学病院は、肺がん治療で胸腔鏡を用いた低侵襲手術(ていしんしゅうしゅじゅつ)(体への負担が少ない手術)を国内でも非常に早くから始めた長い歴史があります。北海道大学病院 呼吸器外科 教授の加藤 達哉(かとう たつや)先生は、主に肺がんの外科的な治療に尽力されてきました。今回は加藤先生に、北海道大学病院で行われている肺がんの外科的治療の特色や現在の取り組みを伺いました。

肺がんの一般的な治療方法についてはこちら

治療・取り組み

北海道大学病院では、肺がんの進行度合いに応じた治療を実施しています。早い時期の肺がんの場合、なるべく呼吸機能を温存しつつ胸腔鏡径5mmほどの内視鏡を用いたより低侵襲な手術による治療が行われます。進行した肺がんの場合は化学療法、免疫療法、放射線療法などを組み合わせた集学的治療により、安全性を確保しつつ治療成績の向上を目指す治療を実施しています。

当院の手術の特徴は、単孔式(胸に手術を行うためのを1つ開ける)や二窓法(同じく孔を2つ開ける)などの低侵襲な胸腔鏡手術を積極的に行っていることと、ロボットによる手術の比率が高くなっていることです。

肺がんの胸腔鏡手術

胸腔鏡手術が開発される前の肺がんの手術は、胸を大きく切開して行う開胸手術が基本でした。開胸手術は肋骨(ろっこつ)を切って手術をするという、体への負担が大きなものです。一方で胸腔鏡手術の場合は小さな傷(孔)を開けるだけで肺がんの切除を行えるため、患者さんの回復が早いという大きなメリットがあります。

当院では“Reduced Port Surgery”(リデューストポートサージェリー)という“少しでも傷を少なくする”という考えによって、根治性と安全性を確保しつつ手術の際に開ける傷の数が少ない方法を開発してきました。この考えに沿って、2つの小さな傷のみで胸腔鏡手術を行う二窓法”を全国的にみても比較的早い段階で取り入れています。さらに2020年からは“単孔式”手術を開始しました。単孔式は小さな傷の数を1つに減らしたもので、より低侵襲な手術といえます。

また、現在ではロボット手術も多く行われています。この手術はロボットの機械を通す最小限の孔を数か所開けるだけなので、傷口が小さくて済むこと、手ブレが起こらず精密で安全性が高い手術が可能であることにより、出血量も少なくて済むことが大きなメリットになります。術者にとっても、胸腔鏡では不可能な角度で機器を自由に曲げて手術ができること、視野を拡大しつつ3Dで立体視しながらまるで患者さんの胸の中に入っているような感覚で繊細な手術ができるという利点があり、今後も積極的に取り入れていく予定です。

当院ではこれらの手術を、患者さんの状況に合わせて選択しています。

胸腔鏡手術のメリット・デメリット

メリットとしては、前述のとおり傷が少なく小さいため患者さんの負担が少なく回復が早いことが挙げられます。また、傷が少ないことは合併症の危険性を下げることにもつながります。

デメリットは、手術している部分に術者が自分の手を入れられないことです。手術中に出血した場合はすぐに処置をする必要がありますが、それがしにくくなります。安全性はもっとも重視すべきことなので、出血がある場合は開胸手術に切り替えるなどの迅速な対応を行っています。

胸腔鏡手術の適応

胸腔鏡手術は低侵襲であるため、今まで開胸による手術が難しかったご高齢の方や合併症を持った方々でも手術できる可能性があります。

一方で腫瘍(しゅよう)のサイズが大きい進行肺がんの手術や気管支や血管をつなぎ合わせる形成術、周囲の臓器を合併切除するようないわゆる拡大手術の場合は胸腔鏡では対応できず、開胸手術になります。

胸腔鏡手術の入院期間・費用

胸腔鏡手術後の入院期間は一般的には1週間程度ですが、患者さんの状態によって期間は変わります。費用は保険適用となり、また高額医療費制度などを利用できるので、実際の支払額を抑えることが可能です。

肺の区域切除手術への取り組み

2022年に、2cm以下の早期非小細胞肺がんに対する治療として、従来の肺葉(右の肺に3つ、左の肺に2つある部屋)全体を切除する治療よりも小さく区域切除をするほうが長期的な予後がよい、という調査結果が発表されました。

区域切除は小さな切除とはいっても十分根治性はあると考えられるうえ、呼吸機能もより温存することができます。

これを受けて当院でも、今後は適応となる患者さんに対しては肺葉切除よりも小さな切除となる区域切除を標準的な治療として提供していきます。

ICGを使った肺がんの区域切除

ICG(インドシアニングリーン)という肝臓で処理される緑色の蛍光物質を、切除区域の肺に向かう血管を切った後に静脈注射します。そのうえで近赤外線を照射すると、血管を切っていない、つまり切除しない(残す)部分の肺は光り、切除する部分は光りません。

当院では区域切除にあたってICGを積極的に利用することで、より正確な手術ができるように努めています。

免疫チェックポイント阻害剤による薬物治療

ある種の肺がんに対しては、手術を行った後に、化学療法に加えて免疫チェックポイント阻害剤による治療を行ったほうがその予後がよいことが示され、2022年に保険認可となりました。肺がんの手術後に免疫チェックポイント阻害剤で治療を行うことにより再発や死亡のリスクを下げるもので、当院でも適応となる患者さんには積極的に治療を行っています。

また、手術前に免疫チェックポイント阻害剤と抗がん剤と組み合わせて行うネオアジュバント治療も保険認可に向けて動いており、これにより手術適応のなかった患者さんも切除可能となる可能性があり、当院でも今後積極的に行われるようになると期待しています。

そのほかの肺がん治療

  • 進行した肺がんに対する拡大手術
  • 薬物治療(化学療法・分子標的治療薬)
  • 放射線治療
  • 集学的治療

など

診療体制・医師

風通しのよさと、大学病院の総合力を生かした治療

当院の特徴の1つは、各科間の風通しのよさです。週1回の胸部腫瘍キャンサーボードでは肺がん治療に関わる全部の科が集まり、手術をする全ての患者さんの情報を共有しています。また、それ以外の科との連携も盛んで、たとえば大動脈にまで及んでいる肺がんの場合でも心臓血管外科にステントを入れてもらって、従来よりも簡便で安全性に配慮した手術が可能です。

また、薬剤部や緩和ケアの部門も一緒に治療法の検討をしており、治療をすすめることはもちろん、つらさを和らげることにも力を入れています。

さらに、当院は大学病院なので、がんではない合併症にも同じ病院内で対応できます。ご高齢の方は合併症が多くなる傾向がありますが、そのような患者さんに対しても安全性が高いといえるのではないでしょうか。

治療実績

2020年度の実績

北大加藤先生表

受診方法

当院は紹介制を取っております。受診される際は、ほかの医療機関からの紹介状をお持ちください。紹介状をお持ちでない方の場合、選定療養費として診療にかかる費用とは別に7,700円(税込)をお支払いいただきますので、ご了承ください。

予約方法

初診時の予約は患者さんではなく紹介する医療機関に取っていただきます。個人での予約は受け付けておりませんのでご了承ください。

セカンドオピニオン

当院では、すでに肺がんと診断されており、ほかの医療機関で治療を受けている方を対象にセカンドオピニオンを承っております。ご希望の方は担当医と相談し、申込書と診療情報提供書、相談同意書を当院医事課新来予約受付担当まで郵送またはFaxしてください。1回の相談時間は1時間までで、費用は33,000円(税込)です。なお、セカンドオピニオンは自由診療となり、健康保険は適用されません。

診察・診断の流れ

治療方針の決定方法

当院では比較的早期の肺がんの場合、肺をできるだけ温存しつつ、手術する場合でも胸腔鏡やロボットを用いた低侵襲(ていしんしゅう)な手術で対応します。進行した肺がんでは抗がん剤治療や放射線治療を組み合わせ、がんを小さくしてから手術を行うこともあります。

治療方針を決定する際は、北海道大学病院で肺がん治療に関わる全ての診療科が集まるカンファレスで意見交換を行い、治療方針を決めていきます。

入院が必要になる場合

肺がんの治療において入院が必要となるのは手術治療です。薬物療法や放射線治療は外来での診療が可能ですが、場合によっては入院が必要となることもあります。

患者さんのために病院が力を入れていること

当院の放射線治療では、がんの病変の後ろには放射線がほとんど当たらない“陽子線”を使っています。この陽子線を患者さんの呼吸による動きに合わせた動体追跡によって照射する“動体追跡照射技術”は北海道大学病院が開発したもので、当院の放射線治療の特徴といえるでしょう。

また、当院には“遺伝子診断部”があり、手術や薬を使った治療が見つからない患者さんの遺伝子検査を行い、専門家会議で検討しています。治療が見つかる可能性は決して高いとはいえませんが、見つかった場合は臨床試験に参加いただき新しい薬を無料で試せる可能性があります。

先生からのメッセージ

当院は北海道における肺がん治療の拠点病院として、“症状が出る前に早く見つける”ための検診を推進しています。また肺がんになった場合でも治療によって長くQOL(生活の質)を保てるよう、治療実績の向上や新たな治療法の開発に力を入れています。これらを通じ、今後も道民の皆さんの肺がん死亡率を改善していきたいと考えています。

また、これまで北海道大学病院での肺がん治療は循環器・呼吸器外科が担ってきましたが、2022年に呼吸器外科として独立し、より専門性を持った治療を行うことができるようになりました。

これを受けて当科の大きな目標の1つに、北海道での肺移植を実施することがあります。現在北海道には肺移植ができる施設はありませんが、今後の施設認定に向けて準備を進めており、肺移植を希望する道内の患者さんの経済的・地理的な負担を解消できるようになることは教室の使命と考えています。

北海道大学病院

〒060-8648 北海道札幌市北区北十四条西5丁目 GoogleMapで見る