乳腺外科
乳がん〜リスク低減手術で乳がんの発症を防ぐ〜
名古屋市立大学病院は、名古屋都市圏の中核医療機関として診療にあたっている病院です。
乳腺外科教授の遠山 竜也先生は乳腺外科の医師として、長年乳がんの治療に従事してこられました。今回は名古屋市立大学病院での乳がんに対する治療や取り組みについてお話を伺いました。
乳がんの一般的な治療法についてはこちら
治療・取り組み
名古屋市立大学病院は、遺伝性乳がん卵巣がん症候群に対する予防的切除や乳房再建術などの治療、また患者さんのこころのケアを行う“こころの医療センター”の取り組みに力を入れています。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群に対する予防的切除
当院では、“遺伝性乳がん卵巣がん症候群”と診断された方に対しての予防的な治療を行っています。この予防的切除(“リスク低減乳房切除術”と“リスク低減卵管卵巣摘出術”)は、2020年4月から保険適用されました。もちろん患者さんが希望すればではありますが、乳がんまたは卵巣がんを発症し遺伝性乳がん卵巣がん症候群と診断された方は、保険でリスク低減手術を受けることができます。
ただし、リスク低減手術を行うにはさまざまな条件があり、どの病院でもできるわけではありません。トレーニングを受けた乳腺外科医が、形成外科、婦人科、臨床遺伝医療部などの診療科と連携をとって診療を行う必要があります。
適応
予防的切除を保険適用で受けられるのは、乳がんや卵巣がんを発症し、かつ原因遺伝子(BRCA1およびBRCA2遺伝子)に異常(病的変異)がある人のみです。遺伝性乳がん卵巣がん症候群であると診断されても、乳がんか卵巣がんを発症していなければリスク低減手術に対する保険は適用されず、自由診療となります。
なお、遺伝性乳がん卵巣がん症候群であるかどうかは遺伝学的検査を行うことで分かります。この遺伝学的検査も保険適用で受けられますが、乳がん・卵巣がんの既往や年齢、家族歴などの条件のうちいずれかに合致している必要があります。
入院スケジュール・費用
入院は通常2週間程度になります。ただし、リスク低減卵管卵巣摘出術は腹腔鏡でできるので、技術力の高い先生であれば入院期間の負担は2週間より少なく済みます。
費用に関しては、条件に当てはまれば保険が適用されます。高額医療費制度を利用すれば、所得にもよりますが負担額を10万円程度に抑えられますので活用するとよいでしょう。一方で自由診療の場合、当院では両乳房と卵巣を合わせて200~350万円程度かかります(術式により費用が異なります)。
乳房再建術
当院では、乳がんの手術によって乳房が変形したり失われたりした場合、希望する人に“乳房再建術”を行っています。乳房再建術は、インプラント(シリコン製の人工乳房)で再建する方法と、患者さん自身のお腹や背中の組織(自家組織)で再建する方法があります。
当院では、乳腺外科と形成外科の医師が1つのチーム(“乳がん治療・乳房再建センター”)として、乳がん手術+乳房再建術を実施しています。日本サイコオンコロジー学会登録精神腫瘍医、痛みの専門の医師、各専門医師のほか、日本看護協会認定乳がん看護認定看護師も一丸となって取り組んでいます。
メリットとデメリット
- インプラント
手術時間が短く、手術侵襲も自家組織での再建に比べて少なく、患者さんの体の負担が少ないことがメリットです。ただし、人工物のため、やや硬く温かみにかけるというデメリットがあります。
- 自家組織
柔らかく温かい自然な乳房が手に入ることがメリットです。ただし、手術時間が長く、手術侵襲もインプラントでの再建と比べてやや大きく、傷あとが残るなどというデメリットがあります。
費用・入院スケジュール
乳房再建術は2週間程度の入院が必要です。費用は保険適用となり、患者さんの状態などによって異なりますが、3割負担の場合でおよそ20~40万円(入院費含む)です。ただし、高額医療制度を利用することで費用を低く抑えることができます。
そのほかの乳がん治療
- 手術(乳房部分切除術、乳房全切除術)
- 薬物療法
- 放射線療法
診療体制・医師
当院では、患者さんによりよい治療を提供するために“乳がん治療・乳房再建センター”を開設しました。ここでは、乳腺外科と形成外科の医師が1つのチームとして治療にあたっています。乳がんの再発に対する不安やがんの進行による痛みなど、心身の苦痛の治療のため精神腫瘍医(サイコオンコロジスト)などの緩和チームとも密接に連携して医療を提供しております。
写真:乳腺外科の先生方
受診の方法
名古屋市立大学病院では、以下のように予約受付および診療を行っています。
初診の流れ
当院では、患者さん自身による初診予約は行っていません。特定機能病院であるため、かかりつけ医や一般病院などの医療機関からの予約のみ初診を受け付けています。
詳しくは「名古屋市立大学病院のホームページ」を参照ください。
診察・診断の流れ
乳がんの診断方法
乳がんの検査では、まず視触診、マンモグラフィー、乳房エコー(乳房超音波)などを行います。乳がんの疑いがある場合は針生検で詳細に調べて診断を確定させ、MRIやCT検査などで詳細に調べて治療法を検討します。
治療方針の決め方
全ての患者さんに対し、カンファレンスを開催して治療方針を検討します。カンファレンスには乳腺外科(日本乳癌学会認定 乳腺専門医、日本臨床腫瘍学会認定 薬物療法専門医)、放射線診断医、放射線治療医、放射線技師、臨床検査技師など専門職種のスタッフが参加し、それぞれの専門分野を活かした話し合いを行っています。
入院が必要になる場合
入院が必要になるのは手術を行う場合のみです。
患者さんのために病院として力を入れていること
こころの医療センター
がんは治療から5年ほど再発がなければ治ったとみなされることが多いですが、乳がんの場合は10年経ってから再発することもしばしばあります。がんを発症すると、ただでさえ体のことや生活のこと、仕事のことなどさまざまな心配事が押し寄せてくるものです。それに加え、特に乳がん患者さんは長い間ずっと再発の恐怖に悩まされているのです。このように、メンタル面での負担も大きいことは乳がんの特徴の1つでもあります。
当院の“こころの医療センター”では、精神腫瘍医を中心としたチームでがん患者さんのこころのケアにあたっています。たとえ治療が順調であっても、患者さんの動揺が大きい場合は薬でコントロールできない痛みを感じたり、眠れなくなったりします。そのような場合に、精神腫瘍医は患者さんがどのような苦痛を感じているのか総合的に考え、痛みの原因を明らかにしているのです。
がん患者の就労支援
乳がん患者に限らず、がんと診断されると辞めなくても問題ないにもかかわらず仕事を辞めてしまう方が少なくありません。しかし、いったん仕事を辞めてしまったら、がんの罹患歴がある方の再就職は困難です。たとえ再発せず治っているとみなされても、大抵の会社は雇用してくれないのが現実です。
そこで当院では、患者さんが仕事を辞めずに済むような支援や、そもそも患者さんが仕事を辞めないよう助言するなどの対策を取っています。治療のスケジュールは仕事に合わせてできる限り調整しますので、両立に不安がある場合はまず相談いただきたいと思います。
先生からのメッセージ
私たちのモットーは“質の高い、こころと体に優しい医療”です。乳がんの専門医として“最良・最善の医療”を提供できるよう努めることはもちろん重要です。しかしそれだけではなく、患者さんが病気に対して抱えている不安に寄り添い、心身ともに病気を乗り越えられるようサポートすることも使命だと考えています。
そのために精神腫瘍医と連携したこころのケアや患者さんの就労支援など、さまざまな取り組みを行っています。乳がん患者さんのため、日々新しい治療や支援を取り入れていますので、困りごとなどがあればぜひご相談いただきたいと思います