心臓は生まれてからずっと動き続けている臓器であり、それを手術するということは非常に大変なことです。しかし、近年は技術が進歩しており、以前と比べてかなり安全に心臓の手術を受けられるようになりました。心臓の手術全般については別記事で説明しましたが、この記事では特に「低侵襲心臓手術(MICS)」について説明します。これは、最近全国的に広まりつつある、体への負担が少ない方法です。千葉西総合病院の中村喜次先生にお話を聞きました。
「低侵襲心臓手術」とは、これまでの心臓手術に比べて小さな傷で行う、体への負担を少なくすることを目的とした手術です。英語で”Minimal Invasive Cardiac Surgery”というので、頭文字をとってMICS(ミックス)などと呼ばれます。
通常の心臓手術では、胸の中央を15~20センチ程度メスで切ります。この際に胸の中央にある骨(胸骨)も一緒に切ってしまうため、術後にこの骨がくっつくまでに6週間かかります。また、別記事で説明した縦隔炎なども起きる可能性があります。傷の範囲が大きいと、それだけで身体への負担も大きくなり、回復が遅くなります。
「低侵襲手術」では、肋骨と肋骨の間を沿うようにメスで切ります(切る場所は心臓の手術部位によって異なります)。また切る範囲も4~8㎝程度と少なく、胸骨も切りません。このため、従来の手術のように胸骨がくっつくまで長く安静にする必要や、胸骨に関連する合併症などのリスクも減りました。
この手術ではメスで切る範囲が小さいため、手術をするときには特殊な手術器具(内視鏡カメラなど)を使って行います。
胸を切り開く場所や範囲が普通の心臓手術と異なる、というのが特徴ですが、心臓自体に対する手術(冠状動脈をつなぐ、人工弁を付けるなど)の内容は同じです。
最大のメリットは前項で述べたとおり、術後の回復が早いことです。このため入院期間も短くなり、順調であれば5日くらいで退院できます。また、やっかいな合併症である縦隔炎がこの方法ではまず起きない、という大きな利点があります。他に手術中の出血が少ないこと、術後の不整脈(心房細動)の発症が低いこともメリットとして挙げられます。手術痕も小さく、胸のやや外側になるので、手術後の見た目の面でも良いです。
デメリットとしては、心停止時間が長くなることが挙げられます。この方法は、胸を切り開く範囲を小さくしているので、心臓のみえる視野が狭くなります。このため、狭い視野で手術するための特殊な器具を使って、時間をかけて手術を行う必要があります。ただし、手術時間自体は通常の手術とほとんど変わりません。
また、実際に目で見える範囲が小さく、執刀している医師以外の人が確認しにくいので、執刀医によるところが大きい手術です。加えて、人工心肺装置の使い方が従来の方法と異なるため、それに伴う合併症(伴って起こる別の病気)、なかでも脳障害の確率が上がるのではないか、という指摘もあります。そのため、その予防のために術前に綿密に全身状態を評価し人工心肺の装着方法を工夫するなどの対策をします。
このように、低侵襲心臓手術は、施設や術者の経験に大きく左右されます。しかし、メリットとデメリットを天秤にかけて考えると、低侵襲手術による「胸骨を切らない」「傷の範囲が小さい」というメリットがデメリットを大きく上回ると考えられます。低侵襲手術と従来の心臓手術では、術後に病気がきちんと治る割合(治療成績)は同等であり、体への負担が少なく、回復も早いことから、低侵襲手術を積極的に選択することが多くなっています。
低侵襲手術の費用や、どのような方に向く手術なのかといった情報については、別記事で詳しく説明します。
記事1:心臓の手術―どのような種類があるの?手術時間は?
記事2:低侵襲心臓手術ってなに?―メリットとデメリット
記事3:低侵襲心臓手術のいろいろ―どこでも受けられるの? 費用は?
千葉西総合病院 心臓血管部長、低侵襲心臓手術センター長
千葉西総合病院 心臓血管部長、低侵襲心臓手術センター長
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1996年、愛媛大学医学部を卒業。現在は、千葉西総合病院 心臓血管外科 部長として、低侵襲心臓手術を軸に置いた外科治療を行っている。
特に2010年より海外で研鑽を積んだロボット心臓手術に関しては、臨床、研究ともに日本をリードしており、日本のロボット心臓手術の発展に貢献している。
中村 喜次 先生の所属医療機関
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