『医療現場を考える(1)経営学における組織の定義』では、組織の定義と顧客の定義を確認しました。また、医療現場を取り囲む環境がこれからますます急激に変化するであろうということもご説明してきました。それでは、これから将来、組織たる医療現場には何が求められるのでしょうか。国立保健医療科学院医療・福祉サービス研究部主任研究官の熊川寿郎先生にお伺いしました。
組織(この記事では、医療機関)は顧客(この記事では、患者)満足を獲得しなければ存在することができません。存続という概念は現在から未来に至っても常に存在し続けるということです。つまり組織が存続するためには、現在の顧客満足のみならず、未来の顧客満足を獲得し続けることが必要となります。
今は自分たちの病院を高く評価してくれる患者さんが、1年後、3年後、5年後にも同じように高く評価してくれるとは限りません。病院が生き残るためには、今の患者さんから高く評価されるだけでは不十分であり、未来の患者さんからも高く評価されることが必要となります。
社会は絶えず変化していきます。それに伴い、人が住む環境も変化します。そうすると、そこに住む人のものの考え方(価値観や優先順位など)も変わることになります。このことは社会の組織に対する期待・要望が変化することを意味しています。
たとえば、行きつけのお店で一食300円のおかずを買うと決めていた家庭があるとします。おかずの価格が値上がりすると、同じおかずであれば買える量がこれまでよりも少なくなります。このような場合、その家庭のおかずを買う行動は変わるでしょう。まず考えられるのはより安くおかずを買えるお店を探すことです。あるいは、いつもはAという種類のおかずをもっと安いBという種類に換えるでしょう。
つまり人間は、生活環境が変化すると、これまでのものの考え方を変えて、自分が納得できるものを新たに選択しようとするのですこのことは、社会生活のなかで人間がいろいろと活用している組織に対する期待・要望が変化することを意味しています。
病院という組織は多種多様な職業的専門家集団で構成されています。あらゆる専門家集団に対して、顧客としての患者さんの期待・要望があります。組織(病院)のどの部分においても、顧客(患者)の期待・要望を満たすことができなければ、組織(病院)は顧客(患者)を失うことになるでしょう。
このように、社会の環境が変化するに伴って、変化後(未来)の顧客が医療現場たる自分たちの組織に何を求めてくるかは明らかに変わってくることが予測できます。
ですから、自分たちの組織を将来的にも存続させたいのであれば、数年後の未来の顧客が自分たちの組織に何を求めるか先読みして、現段階から準備をしておかないと、組織を存続発展させることができません。
それでは、組織は現在の段階からどのような準備をすればいいのでしょうか。
組織に所属する人は、環境の変化により新しく生まれた枠組みのなかで、なにか悪いことが起こるのではないかと不安になります。自分たちの仕事や収入は同じように維持されるのか、自分の所属する組織はどうなってしまうのかなど、様々な不安が頭をよぎります。その一方で、自分が組織を管理する立場に立ったとき、組織が環境の変化にどう適合して生き残るか、またそういう視点で自分たちがそのために何をするかを考えることが大切になってきます。
医療経営者が最も不安なのは、
組織をつぶさず存続・発展させるポイントは、組織の概念と顧客の概念をしっかりとつかむことにあります。
ここで、公的な組織や非営利組織、民間の営利組織などを区別して考える必要はありません。『医療現場を考える(1)経営学における組織の定義』で述べた通り、組織は①目的があり、②複数の人で構成され、③相乗効果を生みだす仕組みがあるものと定義されます。ここでは、経営・運営の仕方は問いません。あらゆる組織は目的を持っており、その目的は組織の顧客満足の獲得とイコールで結ばれます。
自分たちの組織の顧客満足を獲得し続けることが、組織存続のポイントといえるでしょう。顧客の概念と組織の概念をしっかりと認識することで、そのことが見えてくるはずです。
マンツーマンのサービスが医療の特徴です。そのため、組織の抱えている人材一人ひとりが、未来(変化後)の顧客のニーズに応えられるだけの力をつけていく必要があります。だからこそ、どのような状況においても研修や人材育成をやり続けることが大切です。マンツーマンのサービスであるという特徴を持つからこそ、人材育成は欠かせません。組織の存続・発展を考えるのであれば、どんなに苦しいときでも踏ん張って人材育成に先行投資することが大事でしょう。
未来の顧客のニーズに応えるための準備にはすべてにお金がかかります。人材育成、機器の更新、建物の手入れなど、すべての投資先にはそれなりの経費が必要です。未来の顧客のニーズに応え続けるための準備を怠らないためにはお金が必要になります。では、医療機関において、そのお金はどこから出てくるのでしょうか? 診療報酬の点数の中には、人材育成、機器の買い換え、建物の修復などの点数は入っていません。
一般産業界では、製品やサービスの質が悪いとすぐに顧客が来なくなるので、利益を上げることができません。利益が生まれなければ、まずは従業員の昇給やボーナスがなくなり、長い間それが続くと最終的には会社が倒産してしまうこともあります。したがって、一般産業界では、組織の存続・発展に直結する顧客満足を獲得し続けること、言い換えれば黒字経営を続けることに対して非常に敏感です。
国立保健医療科学院 医療・福祉サービス研究部 主任研究員(再任用)
日本血液学会 血液専門医日本老年医学会 老年科専門医日本内科学会 認定内科医日本医師会 認定産業医
昭和大学医学部を卒業後、東京都老人医療センター血液科・免疫輸血科にて臨床に携わったのち、2003年に筑波大学大学院にてMBAを取得。その後、2004年に国立保健科学院経営科学部に就任し、2011年より同院医療・福祉サービス研究部部長、2015年より主任研究官。血液専門医として豊富な経験と知識を持つ傍ら、病院が組織として高齢化する未来に貢献していくためにはどうすればいいのかを研究し、医学と経営学の双方の観点から医療を見つめる、数少ない研究者のひとり。