インタビュー

地域包括ケアを担う医師に求められる「臨床力」-技術革新に伴う医師の在り方の変化

地域包括ケアを担う医師に求められる「臨床力」-技術革新に伴う医師の在り方の変化
宮田 俊男 先生

みいクリニック 院長

宮田 俊男 先生

この記事の最終更新は2017年01月05日です。

科学技術が飛躍的な革新を遂げ、医療現場での人工知能(AI)の活用なども、遠い未来の話ではなくなりつつあります。テクノロジーが果たすことのできる役割が拡大していくなかで、生き残ることのできる医師とはどのような能力を携えた者のことを指すのでしょうか。外科医としての豊富な臨床経験を持ち、厚生労働省で医系技官を務められたこともある、みいクリニック院長の宮田俊男先生にお伺いしました。

※本記事には、みいクリニックがんサバイバーシップ室・室長 轟浩美さんのお取り組みに関する情報も掲載しております。

医師に求められる能力や働き方は、時代に応じて変わっていきます。近年ではテクノロジーが急速に進歩したことで、かつては人間の手で行っていた様々な仕事を、機械が担えるようになりました。そのため、これからの医師は、「機械(AIなど)でもできること」と「人間にしかできないこと」を見極め、生き方や自身の在り方を考えていかねばなりません。

では、医療の現場において、テクノロジーが発展したとしても、人間の手でしかなし得ないことには何があるのでしょうか。

この問いの答えとして、患者さんとの密接なコミュニケーションによる「臨床推論」が挙げられます。

※臨床推論とは『当該患者の疾病を明らかにし、解決しようとする際の思考過程や内容』と定義されます。

試験

薬理学の試験などで、「なぜコンピュータに記憶させられることを、時間を割いて覚える必要があるのだろうか」と、疑問に感じた経験がある医学生の方もいるのではないでしょうか。実は、私もかつてはこのような疑問を抱く学生の一人でした。

これまでの日本の医学教育は、骨や血管、神経の名前を覚えるなど、「暗記力」を鍛えるものが中心でした。そのため、日本の医師には豊富な知識の蓄積があります。

しかし、その知識という糧を運用するための方法論は、いまだ確立されていません。

実際の臨床の現場では、医師は無数の「正解のないこと」に遭遇し、向き合って対応していかねばなりません。

たとえば、インフルエンザの本格的シーズン前の初冬に、38度程度の発熱を主訴とする患者さんが来院された場合、通常であればインフルエンザの検査は行わず、解熱剤などを処方します。しかし、患者さんのご家族に医療関係者がおり、最大限の検査を希望され、検査を行わねば納得感や安心感を得られないというケースもあります。

つまり、罹患している疾患は同じだとしても、患者さんそれぞれのバックグラウンドにより、診察を変えていく必要があるということです。

欧米では、問診や触診に時間をとり、臨床推論を行う風土が確立されています。一方、日本では、病院に患者さんが来ると、すぐに検査を行おうとする傾向が見受けられます。

私が厚生労働省に務めていたときのある夏、まだ幼かった子が熱中症を起こして救急搬送されたと、妻から電話を受けたことがあります。

受け入れ先の病院がみつからず、1時間近く救急車に乗り続けていて、幸いにも車中で元気を取り戻し、病院につく頃にはしっかりと喋ることもできるほどに回復しました。

ところが、救急外来で真っ先にいわれたことは、「CT検査を行いますか?」というものだったのです。私は驚いて妻に断るようにと伝えました。

これは、日本の若い医師の弱点、「臨床推論力の不足」を物語る典型的な出来事であるといえます。

臨床推論は、患者さんの話をよく聞き、患者さんに触診し、相手から情報を得ることなしにはできません。

患者さんがどのような地域で暮らしているか、世帯構造はどうなっているか、日頃どのような生活を送っているか。-こういった情報を導き出すことで、おおよその推論を立てることができるのです。

医療費適正化が叫ばれるなかで、不要な検査や投薬を減らしていくためにも、医師と患者さんのコミュニケーションは重視されるべきものであると考えます。

これは、将来テクノロジーが更なる発展を遂げたとしても、人間に変わって担える質のものではありません。

スマホのメール画面

コミュニケーション能力だけでなく、信頼を得ることやコミュニティを形成していく力も、知識を蓄積していく現代の日本型の医学教育で十分に身につくものではありません。

みいクリニックでは、インターネットを介して複数の常勤・非常勤の医師が繋がり合い、情報共有や症例検討を行うこともあります。このように、進歩するテクノロジーをうまく活用することは、知識の共有や適切な医療の提供のために大変役立っています。

また、私は一般の医師と比較すると異色ともいえる経歴を歩んできたため、全国に学閥を超えたネットワークがあります。たとえば、自身の専門分野と異なる難しい症例に出会ったときには、その疾患の専門家のなかでも第一人者と呼ばれる医師にWEBや電話を介して相談することもあります。

これからの医師は、医局の壁、所属する機関の壁を超えて広いネットワークを築いていく力も問われるでしょう。また、「医学」という枠を越えて、法律や経済などのスペシャリストと連携し、互いのスキルや知識を融合させていくことも求められます。

また、地域住民の方と日ごろからメールやSNSで連絡を取り合い、必要に応じて医療者としてアドバイスをする「遠隔医療」も積極的に行っています。

たとえば、私は地域の保育園の主任さんとSNSで繋がっているため、保育中園児の容態が急変したときなどにはすぐに相談を受けることが可能です。近隣に住む患者さんから、時間外に「薬が切れたのだがどうすればよいか」といったメールが来たこともありました。

こういった相談に対するアドバイスは無償で行っていますが、地域からの信頼を得られるため、互いにメリットのある手段だと感じています。

地域住民が気軽に医療相談できる「信頼あるクリニック」が近くにあれば、何らかの症状や不安が生じたとき、はじめから急性期病院を受診してしまう方を減らすことも可能になります。

結果、急性期病院の勤務医は、手術や高度医療といった急性期病院本来の役割を果たせるようになり、現在問題となっている病院勤務医の疲弊も防げるものと考えます。

また、これからの地域のかかりつけ医に求められるものとして、「がんサバイバーシップの支援」も挙げられます。がんで亡くなる方が増えると、それに伴いご遺族も増えていきます。

また、がんの治療の選択肢が増えた時代になったことで、治療後に相談場所を求めるがん患者さんも急増しています。

現在日本では、国立がん研究センターが先頭に立ち、がんサバイバーシップ支援に関する様々な取り組みを行っています。しかしながら、大規模ながんの専門施設は患者さんやご家族にとっては敷居が高く、気軽には相談にいけないという声が上がっているのも事実です。

そこでみいクリニックでは、ご自身ががん遺族でもあるNPO法人「希望の会」理事長・轟浩美さんを室長に任命し、地域の方々が悩みごとを相談できる「がんサバイバーシップ室」を院内に開設しました。

轟さん

私の夫は、早期発見の難しい難治性がんのひとつ、スキルス胃がんで亡くなりました。2016年に成立した改正がん対策基本法では、難治性がんの研究促進が新たな柱となりましたが、夫がスキルス胃がんの告知を受けた当時、難治性がんの治療は病院によって全く異なるという混乱した状態にありました。今も私の心の中には、家族として最善の医療を選択できなかったのではないかという後悔が残っています。

がん患者家族となった経験から、「現状を受け入れ、納得して施設や治療を選択する」ためには、「現在自分たちが置かれている状況を正しく理解すること」が鍵になってくるのではないかと感じています。

そのため、みいクリニックがんサバイバーシップ室は、がん患者さんとご家族の不安を和らげ、理解を促す場となることを目指しています。私達の担う仕事は、セカンドオピニオンとは意味合いが異なります。たとえば、主治医の先生の説明が難しく、十分に理解できなかったときに気軽に相談に来られる場所、日々の不安の蓄積を吐露できる場所、それが地域のがんサバイバーシップ支援の場に求められる役割だと考えます。

がん患者さんやご家族は、告知を受けて混乱状態に陥ることもあります。そのときに、私達は現状を把握するためのお手伝いをし、患者さんを正しい医療に繋いでいく「街なかのハブ」としての役割を果たせるのではないかと考えています。

現在がんサバイバーシップ室では、上述した相談を中心に行い、遺族となってしまわれた方の子育て支援も検討中です。また、2017年には信頼できるがん医療情報の動画配信も開始する予定です。主人の闘病生活中、私は藁をも掴む思いで科学的根拠のないサプリメントや食事療法を試みた経験があり、それがかえって主人の体を弱めてしまったのではないかと後悔し続けています。

がん治療を専門とされる先生のなかで、メディアに出られる方はごく一部に限られています。しかし、患者家族として切迫した状況下に置かれていると、長い文章を読む余裕がなく、どうしても映像や音声による情報に頼りがちになってしまうものです。

このような経験から、正しいがん医療情報を患者さんやご家族のもとへ届けるには、手の空いた時間などに短時間で見られる「動画」という形にまとめることが、最も適しているという結論に至ったのです。

2017年前半には配信できるよう、院長の宮田先生と共に、現在進行系で準備を進めているところです。

 

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  • みいクリニック 院長

    日本外科学会 外科専門医日本医師会 認定産業医

    宮田 俊男 先生

    早稲田大学理工学部にて人工心臓の研究開発を行い、人工心臓の治験を行いたいという夢を持ち、大阪大学医学部に編入し、医師の道を歩み始める。大阪大学医学部附属病院で心臓外科医として実際に人工心臓の医療に携わるもデバイスラグの問題に直面したことがきっかけで、厚生労働省に入省。薬事法改正や再生医療新法の立案、臨床研究予算の増額、治験の規制改革などをはじめとして日本の医療改革に幅広く従事する。その後、黒川清代表理事の日本医療政策機構に参画。現在は地域の跡継ぎがなく閉院したクリニックをみいクリニックとして地域の医療を再生し、病気を持つ患者さんにとどまらず、地域の住民と対話し、地域包括ケアシステムの中のかかりつけ医としても活動している。スマートフォンを用いた医師と薬剤師がコラボするセルフメディケーションサービスの構築など、時代のニーズに応えるべく、多角的な取り組みを行っている。

    宮田 俊男 先生の所属医療機関

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