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へき地医療とは?人口2300人、西伊豆町田子診療所の取り組み

へき地医療とは?人口2300人、西伊豆町田子診療所の取り組み
笹井  平 先生

西伊豆町田子診療所 診療所長

笹井 平 先生

この記事の最終更新は2016年07月03日です。

地域医療振興協会によって運営されている西伊豆町田子診療所は、西伊豆町田子地区唯一の診療所です。

2008年より西伊豆町田子診療所に勤務する医師の笹井平(ひとし)先生は、診療所での外来診療だけではなく、特別養護老人ホームでの回診や在宅訪問診療も行い、田子地区唯一の医師として地域の皆さんの健康をサポートしています。

西伊豆町田子地区で行われている『へき地医療』とはどのようなものなのでしょうか。西伊豆町田子診療所 笹井平(ひとし)先生にお話を伺いました。

地域医療の支援・それによる地域の振興に取り組んでいる、公益社団法人 地域医療振興会では、医療分野における『へき地』を“交通条件及び自然的、経済的、社会的条件に恵まれない山間地、離島その他の地域のうち、医療の確保が困難である地域をいう。無医地区、無医地区に準じる地区、へき地診療所が開設されている地区等が含まれる。”(*)と定義しています。

*公益社団法人 地域医療振興会『へき地ネット』より引用

静岡県賀茂郡西伊豆町はかつて漁業で栄えた港町で、港を中心に地区がわかれています。

西伊豆町のなかでも鰹漁で有名になった田子地区の現在の人口は2,300人ほどで、住民の高齢化率(65歳以上の方の割合)はおよそ50パーセントです。

田子地区の患者さんの特徴としては、高齢の方が多いので、複数の疾患を併せ持っている方がよくみられることや、整形外科的な疾患をもっている方が多いことが挙げられます。

また、西伊豆町では昔から塩気の多い食事を摂る習慣があるため、腎機能が低下している方も多くいらっしゃいます。

田子の風景

西伊豆町田子地区では、常勤医師不在の状態が続くなど長らく医療事情に恵まれていませんでしたが、医療過疎を解消するために1999年に西伊豆町田子診療所が開設されました。

私は2008年より田子地区唯一の医師として、診療所での外来診療だけでなく、自らの手で車を運転し、特別養護老人ホームや在宅の患者さんの訪問診療を行っています。近隣の西伊豆健育病院や順天堂大学医学部附属静岡病院とも連携しており、緊急の場合は患者さんをドクターヘリで近隣病院へ搬送することもあります。

また、病気になる前の予防は治療と同じく大切だと考え、医療教室の開催や、『田子診療所便り』というリーフレットの発行など健康に関する啓発活動を行っています。

診療所

西伊豆町田子診療所には、様々な症状の患者さんがいらっしゃいますが、ここには私以外に医師はいないので、患者さんのあらゆる訴えに私ひとりで対応しなければなりません。

医療資源の少ないへき地で医師として働くために、地域の皆さんのあらゆる健康問題に対応できるような総合的な能力や知識が必要とされるのです。

また、高齢の患者さんに対しては必ずしも標準的な治療が最善ではない場合があります。たとえば高齢になると複数の疾患をもっている方も多く、数種類の薬を飲んでいる患者さんもいらっしゃいますが、薬の飲み過ぎは体に負担がかかります。そこで薬を減らす方向で治療を進めたところ、体調がよくなった患者さんもいらっしゃいます。

このように日々へき地で患者さんに向き合っていると、医療の知識を振りかざすのではなく、一人ひとりの患者さんと向き合って『オーダーメイドの治療』を行うことが大切だと実感します。

診療の様子

西伊豆町田子診療所は患者さんの病気を治療するだけでなく、患者さんにご自宅で安心してゆっくりと最期を過ごしていただく『看取り』の役割を担っています。実際に田子地区の多くの高齢の方がご自宅で最期まで過ごされます。

田子地区では2007年頃から2017年現在までの約10年で数百名の方が亡くなられましたが、当診療所はたくさんの方の『看取り』に関わってきました。

西伊豆町田子診療所独自の取り組みとして、診療の際に患者さんの写真を撮影しています。これは患者さんのお顔を覚えるためでもありますが、継時的に撮影された写真があることで、患者さんの細かい容体の変化にも気づいていくことができるというメリットにもつながっています。私たちが撮影した写真を遺影に使われる方も多くいらっしゃいます。

診療時に遺影を撮るなど一般の病院ではなかなか見られない光景だと思いますが、これも田子の皆さんの最期を見届ける当診療所の役割のひとつであると感じています。

私は、若き日に夢みた『へき地で働く』ことを実現するために、50歳を過ぎてからへき地医療を担う医師のトレーニングプログラムを受けて、2008年に田子の地へ足を踏み入れました。

私は長い間、民間企業で基礎研究に没頭しており、実は田子にくるまで臨床医としての経験は5年程度しかありませんでした。

研究をしていた頃は誰かに感謝されているという実感はありませんでしたが、田子で地域の皆さんに『ありがとう』と優しく声をかけられるたびに非常にやりがいを感じます。やはり地域の皆さんに感謝され、頼りにされる日々は充実感があって毎日が楽しいです。

もちろん、へき地医療に取り組むなかで大変なこともたくさんあります。この地域には私以外に医師はおりませんし、訪問看護ステーションもないので、患者さんから呼ばれることがあれば24時間365日いつでも私が駆けつけなければなりません。ですから、患者さんからいつ連絡があってもいいように常に体力を温存しておく必要があると感じます。

在宅訪問診療の様子

西伊豆町田子診療所には、現在看護師3名、臨床検査技師1名、栄養士1名、事務スタッフ3名が務めています。医師は私以外にいないものの、彼らがそれぞれの専門性を持って私を支えてくれていますし、彼らがいるからこそへき地医療が実現できているのだと考えます。

この地域は人と人との距離が近く、住民同士の助け合いの精神も強いと感じます。たとえば病気になった方のために、近所の方がご飯を作ることもあります。

私は田子で育ったわけではありませんが、皆さんの顔やお名前、さらには趣味や家の場所、ご家族のことも覚えて、今ではすっかり皆さんと家族のように関わることができています。

地域の皆さんと信頼関係を築くことで、診療所に気軽に立ち寄っていただけますし、皆さんの生活状況を知ることで病気の背景がわかることもあります。

こういった家族のようなつながりは、へき地ならではの魅力だと感じています。

先生が患者さんとお話ししている写真

今後は若い医師にへき地医療の楽しさを伝えていきたいと考えています。

西伊豆町田子診療所では、研修医の受け入れも行っています。研修医の先生には当診療所で医療のスキルだけでなく、患者さんと積極的にコミュニケーションをとり、患者さんを第一に考えるという姿勢を学んでいただけたらと思います。

先生がアルバムをご覧になっている写真

田子の皆さんには感謝の気持ちしかありません。私自身62歳を過ぎ、体力の衰えは感じていますが、皆さんに必要とされていることに生きがいを感じます。

これからも患者さんと向き合う時間を大切にしながら、この地域で皆さんと家族のように暮らしていきたいです。

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  • 西伊豆町田子診療所 診療所長

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