インタビュー

手術の跡をより小さくする―低侵襲手術の重要性

手術の跡をより小さくする―低侵襲手術の重要性
朝隈 光弘 先生

大阪医科大学付属病院 一般・消化器外科 講師

朝隈 光弘 先生

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この記事の最終更新は2015年09月12日です。

昔の外科においては、手術の傷は大きいということが当たり前でした。傷の大きさがあまり問題にならず、「がんをすべて取り切る」など根本的な部分のみが問題とされ、傷についてはあまり重視されていませんでした。しかし、外科手術の進歩がどんどん進歩するにつれて、腹腔鏡手術という小さな数カ所のキズだけでお腹の中を手術できる方法がうまれ、さらには単孔式腹腔鏡手術というへそからの一箇所だけのキズで手術ができる方法が生まれました。

消化器外科医として手術を行うだけでなく、単孔式腹腔鏡手術を発展させるための手術器具開発にも携わる大阪医科大学消化器外科の朝隈光弘先生に、なぜ低侵襲手術が重要なのか、そして先生自身がどのように低侵襲手術の重要性を学んだのかについてお話をお聞きしました。

もともと、消化器外科領域の手術において主に行われてきたのは、開腹手術というお腹を大きく開く方法でした。根本的な考え方として、きちんとがんなど病変を除去しきることこそが重要だと考えられてきました。しかし、それに加えて徐々に、少しでも傷を小さくしたり手術自体の負担を少なくする手術も大切だという考え方が生まれ、そのような手術が試みられてきました。

手術自体の負担を少なくするものの代表例としては、腹腔鏡手術が挙げられます。歴史的には、腹腔鏡手術は30年前からフランスやドイツで始まりました。対象とされた臓器は胆のうです(ちなみに歴史を紐解くと、低侵襲手術は胆のう摘出術から進歩することが多いのです)。

この腹腔鏡手術から、カメラを体内に入れるための小さな傷のみでの手術が始まりました。その対象が胆のうから大腸、胃へと広まってきたのです。もちろんさまざまな試行錯誤の歴史がありますが、開腹手術よりも明らかに患者さんにとっては楽であることが分かってくるとともに、傷が小さくなることへの患者さんのニーズがあることも分かってきました。

まず、傷が小さいことによって手術の痛みが軽減されます。加えて手術後の回復も早くなるのです。さらに、傷が小さくなると患者さんからは喜ばれます。がんが治ったあとの生活において、たとえば「恥ずかしくてプールに行けない」という方も少なくありませんでした。そのような状況が少しずつ改善されていきました。このように、開腹手術から腹腔鏡手術への移行には大きなインパクトがあったのです。

ここで少し自分自身のお話をします。私は肝胆膵分野(肝臓、胆嚢、膵臓)を専門としています。その中で、2007年にフランスのストラスブールのIRCAD(Institute for Research on Cancers of the Digestive Tract)という施設に留学する機会を頂きました。ストラスブール大学は「リンドバーグ手術」を行ったことで有名な施設です。リンドバーグ手術とは、ロボットを用いた遠隔操作による手術をニューヨークとストラスブールの間で、すなわち大西洋をまたいで行った有名な手術です。この手術はNatureに掲載されました。

この施設は低侵襲手術の総本山としても有名でした。低侵襲手術、とは少しでも傷を小さくして行っていく手術のことをいいます。そこで私が学んだのは、新たに傷をつけて穴をあけなくてもよいという手術です。つまり、体で自然に開いているところから入っていくという考えかたです。そのような手術法は、当時NOTES(Natural Orifice Tranluminal Endoscopic Surgery)と呼ばれ研究が始まったばかりでした。具体的には、この手術では口や、肛門、腟などの自然開口部から内視鏡を入れていきます。ブタを使った動物実験では、そこから例えば胃の一部を切り、胆のうを取り出すこともできます。IRCADで、動物実験後に実際に人に対して行ったのは口から胆のうを取り出す手術です。これは見かけ上皮膚には何も傷は残りません。

結局、日本では現在この手術は数例を除いて標準的には行われていません。しかし、その経験は後で述べる単孔式手術や内視鏡的治療に大きな影響を与えました。また、いかに患者さんにとって低侵襲手術が重要であるかということを実感した貴重な経験でした。