心臓が体に血液を巡らせるための非常に重要な臓器であることは皆さんご存じかと思います。その血液を体や肺に届けるために必要なのが、心臓からつながる血管(動脈および静脈)です。特に、大動脈は心臓から太く出た血管で、多くの血液を全身に行き渡らせるための重要な役割を果たしています。この大動脈が、何らかの原因によってうまく形成されず、食道や気管を圧迫してしまうことがあります。このような病気を血管輪(Vascular ring)といいます。今回は、血管輪とはどのような病気なのかについて、ヒトの心臓血管の発生を交えて、東京都立小児総合医療センター 心臓血管外科部長の吉村 幸浩先生にお話しいただきました。
ヒトの体は、心臓や肺、顔、腸などそれぞれがまったく左右対称ではなく、少しずつ差が生じています。胎児期(お母さんのお腹の中にいるとき)の最初のころ、つまり発生の初期段階では左右対称なのですが、発生が進むに伴って片側の組織が消失する部分があります。このような過程を経て、左右で役割や大きさ、機能が異なる臓器が完成します。
心臓は最初のうちは頭のほうに位置しており、血管も左右対称に作られているのですが、発生の途中で血管の再構成(リモデリングともいいます)が起こります。この結果、最終的に一部の血管が左右非対称となり、大動脈弓(心臓から出ている太い血管)は左側へと向かうようになっています。
上の図左のように、大動脈付近には発生の過程で全6対の動脈(鰓弓動脈といいます)が形成されます。6つの鰓弓動脈のうち最初に1、2弓が形成されるのですが、この2つの弓はのちに消失します。3弓はのちに内頸動脈となり、左4弓は左大動脈弓に、右4弓は右鎖骨下動脈中枢側に変化します。5弓は完全に消えてなくなり、6弓は両側肺動脈原基となり肺動脈につながります。また、左6弓末梢側は動脈管になります(上の図中央)。
少々専門的な話ですが、このようにして、発生2か月までの間に心臓は頭のほうから下のほうへ降りていき、これに応じて大動脈系が変化していきます。
前項の図のとおり、発生の過程で、もともと1本だった心臓の動脈血管は大動脈と肺動脈の2本に分かれていきます。
1つ(大動脈)は体に、もう1つ(肺動脈)は肺に向かいます。また、体は前側(腹側)と後ろ側(背側)に分けられますが、これに沿って血管も前と後ろに分岐していきます。大動脈弓は背骨の左側を通って下行大動脈につながります。
胸部は心臓を中心として前側(腹側)、後ろ側(背側)に分かれ、その間に気管と食道が位置しています。心臓からは大動脈が出ていますが、本来発生の過程で別の部分に変化し、大動脈には関与しないはずの右側4弓の血管がつながって残ってしまい、リング(輪っか)状になってしまうことがあります。つまり、左大動脈弓と右大動脈弓が両方残ってしまっている状態です。これを重複大動脈弓といい、血管輪の代表的な形式とされます。
血管輪は、重複大動脈弓を含め、リングを形成する血管もしくは血管の名残(索状物のようなもの)により数種に分類されます。東京都立小児総合医療センターでの臨床例は以下の3つに分けられました。
(1)両側の大動脈弓が開存している完全型重複大動脈弓による血管輪
(2)一側大動脈弓が部分閉鎖した不完全型重複大動脈弓による血管輪
*全例左大動脈弓が閉鎖しており、左動脈管索も併存。
(3)右側大動脈弓と左動脈管索による血管輪
*多くに左鎖骨下動脈起始異常が合併しており、食道の後方を大動脈や鎖骨下動脈が走行。
血管輪によって現れる主な症状には以下のものがあります。
この中でも特に喘鳴、気管および食道の圧迫と締め付け感が顕著に現れます。
中には、何度も喘息を繰り返す慢性喘息と間違って診断されていることもあります。