インタビュー

日本のお年寄りをもっと元気に―「生活習慣病治療」「老年医学」の重要性 千葉大学の取り組み

日本のお年寄りをもっと元気に―「生活習慣病治療」「老年医学」の重要性 千葉大学の取り組み
横手 幸太郎 先生

千葉大学医学部附属病院長 、千葉大学 副学長、千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年...

横手 幸太郎 先生

この記事の最終更新は2017年01月25日です。

日本では少子高齢化が進み、現在65歳以上の高齢者人口は26.7%に達していると報告されています。歳を重ねると、病気になり自立した生活が送れない方、寝たきりになってしまう方が増加します。これにより日本の経済、地域社会、財政、社会保障など様々な問題に影響を及ぼすことが危惧されています。このような問題を解決する上で重要となるのは、高齢者を健康で元気にしていく「医療」の存在です。どのような医療を展開することが、日本の高齢者を元気で健康にしていくのでしょうか。引き続き千葉大学大学院医学研究院 細胞治療内科学講座 教授 横手幸太郎先生にお話を伺いました。

平成28年版高齢社会白書(平成27年度 高齢化の状況及び高齢社会対策の実施状況) 内閣府

横手幸太郎先生が解説する「健康長寿の重要性」の記事は『日本の健康寿命を延ばすために-長寿に向けた生活習慣』をご覧ください。

私は講演の場などで「健康長寿の大切さ」を提唱しています。健康長寿とはただ長生きするのではなく、健康で元気により長く生きるという概念です。生きている間、より健康で元気に過ごすことができる期間が延びることでより活発に暮らせます。

本来なら「寝たきり」の人が「要介護」ですむ、「要介護」だった人が「自立」できるようになる、「自立」だけだった人が「他の人へ力を貸す」ことができるようになる。このようにお年寄りの活動レベルがステップを踏んで上がっていくことで、より自立した、一段階アクティブな社会が生まれてくると考えています。

このような社会が生まれることで、いま日本が抱える「少子高齢化問題」の解決を推し進められると思います。いままでは若い人がお年寄りを支えていましたが、今度はお年寄りの中でお互いに支えあえるようになります。こうした社会がまわっていけば、これから子供が減り、高齢の年齢層が増えても、日本がいまのアクテビティを維持できるのはないかと思います。そうすると若い人の負担も軽くなり、より高齢者を支えようという好循環が生まれると思います。このような社会を実現するために、私は医学の面で健康長寿に力を入れていくことが大事だと考えています。

そのような「より元気で健康な生活」をつくっていくための治療や研究を、千葉大学で行っています。特に私は糖尿病・代謝・内分泌分野、そして老年医学の2つを軸としながら健康長寿へのアプローチを続けています。

糖尿病は血液中の糖濃度が高い病気です。血中の糖濃度が高いだけでは、体にすぐに支障がでてきませんが、血糖値が高い状態をそのままにしておくと、やがて網膜症になったり、神経障害を起こしたり、腎臓を悪くしてしまいます。このような症状を「糖尿病合併症」といいます。糖尿病が進行すると、これらの糖尿病合併症を引き起こす恐れがあります。

糖尿病は、中年で生活習慣が乱れている方が発症するケースが多いです。そしてそのまま症状が進展すると、糖尿病合併症を引き起し、元気な老後を送れなくなります。そのため健康長寿を実現するためには、糖尿病の治療を行うこと、そして発症してしまった糖尿病合併症を治療することが重要です。

この糖尿病の合併症を治療するための施設として、千葉大学には糖尿病コンプリケーションセンターという施設があります。ここでは、多くの診療科が連携を密にとることで、患者さんにとってより良い治療を展開しています。

糖尿病を診察するのは内科や糖尿病内分泌内科などが一般的です。しかし、糖尿病が進展し合併症を引き起こすと、眼・神経・腎臓など様々な臓器に支障が出てきます。そのため糖尿病の合併症治療では、眼科、神経内科、腎臓内科などの診療科の協力が重要となってきます。当院の糖尿病コンプリケーションセンターでは、主要診療科である糖尿病・代謝・内分泌内科がしっかりとリードをとりながら、そのほかの多様な診療科の協力体制を築き、診療科の隔たりなく患者さんをまるごと診療していく体制を築いています。

当センターでは症状が深刻な糖尿病・脂質異常症肥満症の患者さんの治療も行っています。例えば体重が120kgもある肥満症の患者さんでは、内科の治療だけではなく、胃腸外科で胃を縮小させる手術、精神科で患者さんの行動を変えるための認知行動療法などを行う場合もあり、多くの診療科の協力が必要です。糖尿病合併症の治療と同様に、多診療科と連携を取りながら患者さんを包括的に診察していきます。

そして、当院では比較的珍しい種類の内分泌疾患(ホルモンの病気)の診療・研究も行っています。研究の分野では、医学研究院、工学部、臨床試験部との連携を図り、新しい医療の開拓や創薬を行います。このような取り組みによって治療法がまだ見つかっていないホルモンの病気の解決法を導き出すことに繋がります。すなわち、健康長寿を基本としてに、まずは長寿を目指す医療も展開しています。

 

横手先生

高齢の方の治療は、若い方の治療とは異なる部分が多くあります。たとえば治療をした結果かえって悪くなってしまうケースや、若い方であれば自然に回復してくるところがなかなか良くならないこともあります。このような高齢者特有の性質があることで病気の治療が難しくなります。そのため、老年医学では全身をしっかりと診察し、お年寄りの性質を考慮しながら診察を進めていかなければなりません。この点が、高齢者を治療するうえで非常に難しいといえるでしょう。

千葉大学には高齢者医療センターという部門があり、高齢者特有の性質を考慮した治療を包括的に行っています。高齢者は多くの疾患を抱え、複雑な治療状況にある方が多くいらっしゃいます。そのためこの場面でも「多診療科の連携」が重要です。糖尿病治療センターと同様に、当センターにおいても多くの診療科が協力体制を築いて患者さんをまるごとサポートしています。

高齢者の治療における問題のひとつに「ポリファーマシー」があります。ポリファーマシーとは薬がたくさん処方されている状態のことです。高齢者の方は多くの疾患を抱えていることが多いため、さまざまな薬を処方されていることがあります。例えば、糖尿病内科から5種類、胃腸科から3種類、循環器内科からは4種類・・・というケースもあります。この状態では、かえって薬の副作用を招き、またその治療のための薬が必要になるといった状況を引き起こしてしまいます。これは患者さんのためにも、そして医療経済的にもよくない状況です。

高齢者医療センターでは、この「多剤併用」を整理する取り組みをしっかりと行っています。一見、小さなことに思われるかもしれませんが、副作用の減少、コストダウン、そして薬剤数が少なくなることで、かえってしっかり内服できるようになり、治療効果が高まるなどの良い面があります。この取り組みを行っていくためには医師だけではなく、薬剤師の存在が重要です。当院では薬剤師が患者さんの処方薬剤数をスクリーニングしてくれています。薬剤師だけではなく、高齢者医療では看護師・ソーシャルワーカーといった職種の方の視点も重要になってきます。彼らの意見は患者さんを診ているチームでディスカッションすることで、共有されます。チームで情報を共有する機会を作ることで提案された意見の必要性をみんなで考え、理解を共有することができます。そういう意味では「他職種連携」というのはこれからの高齢者を含めた医療のカギだといえるでしょう。

そしてここでは、千葉大学で進められる最先端の研究のなかから、いくつか注目の内容をピックアップしてご紹介したいと思います。

未来開拓センターとは、従来の医療では不可能とされてきた様々な難病に関する新しい治療法を研究開発し、その研究結果を実際の患者さんの治療へと結びつけていく「橋渡し」の研究を行う施設です。ここで細胞治療内科学講座が進めている研究テーマのひとつが「脂肪細胞をつかった難病性脂質異常症の治療研究」です。

脂質異常症とは、血液中の脂質(悪玉・善玉コレステロールや中性脂肪)のバランスが過度に偏った病態です。一般的には、過食、運動不足、ストレスといった生活習慣が原因で発症します。

しかし一部では「遺伝」が原因となり、血液中の脂質のバランスが崩れ、脂質異常症を発症するケースがあります。その中のひとつが「家族性LCAT欠損症」です。家族性LCAT欠損症とは、体の機能を保つ上で重要な「善玉コレステロール」を増やす酵素(LCAT)が遺伝的に欠損している難病です。善玉コレステロールが著しく少なくなり、目の角膜が濁ったり、腎臓が悪くなって透析に至ることがあります。この病気は比較的まれで、治療法はまだ確立されていません。

この難しい病気の治療技術を開発すべく、未来開拓センターで考案されたのが「脂肪細胞を用いた酵素・蛋白補充療法」です。これまでの研究で、脂肪細胞は、多数の機能的なたんぱく質を分泌する機能を持つ、組織欠損の修復に役立つ、がん化しにくいなど、とても優れた特性を持つことが分かっています。このことから、脂肪細胞に手を加えて、欠損してしまっているLCATを分泌できる機能を持たせ、それを患者さんの体内に戻すことで、家族性LCAT欠損症の症状を改善していこうとする全く新しい治療法が考案されました。厚生労働省の許可を得て、いま未来研究センターで臨床応用へ向けたこの治療法の開発が進められています。

この治療法が開発されることは、これまで治療法のなかった家族性LCAT欠損症の患者さんにとって大きな救いとなります。また、このような難病のメカニズムや治療法の研究が進むことは、そもそもの病気発症の機序や、あらたな治療法開発のカギになります。このような最先端の治療が進むことでより多くの人々が「健康で長生できる」ということに貢献していきます。

 

老人

もう一つご紹介したいのが私たちが取り組んでいる「ウェルナー症候群」の研究です。

ウェルナー症候群とは、思春期を過ぎたころから急速に老化が進んでしまい、20代から白髪・脱毛・両目の白内障・筋肉の衰えなどがあらわれるなど、実年齢よりも老いてみえることが多くなる病気で、早老症とも呼ばれます。この病気は、国の難病に指定されており、根本的な治療法はまだ開発されていません。

・ウェルナー症候群の診断・診療ガイドラインの作成

ウェルナー症候群を誰でも正確かつ簡便に診断でき,全国どこにあっても標準的な治療を行えるための初の手引き書として「ウェルナー症候群の診断・診療ガイドライン」が2012年に発表されました。このガイドラインには、平成21年に行われた「ウェルナー症候群の病態把握と治療指針作成を目的とした全国研究」などの最新知見が盛り込まれています。本教室ではこの全国研究に対し精力を上げて取り組みました。

(参考URL http://www.m.chiba-u.ac.jp/class/clin-cellbiol/werner/pdf/guideline.pdf

・ウェルナー症候群の症例登録システム構築

ウェルナー症候群の治療法を開発するためには、病気を発症している患者さんのデータを集めることが重要です。そこで、本教室では「ウェルナー症候群の症例登録システム」を構築しました。このシステムを作ることで、病気のプロファイル、自然歴、予後といった膨大なデータを集め、今後の研究に反映させます。

(参考URL http://www.nanbyou.or.jp/upload_files/amed-04_32.pdf

・ウェルナー症候群患者由来のiPS細胞作製

我々のグループでは広島大学の田原栄俊教授、嶋本顕准教授との共同研究により、ウェルナー症候群の患者さんの細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立することに成功しました。このiPS細胞を使うことで、治療薬のスクリーニングや移植治療への利用、さらに老化の機序の解明が期待されます。

(参考URL http://mwjp.ccsv.okayama-u.ac.jp/topics/index.cgi?c=zoom&pk=9

ウェルナー症候群は、私が老年医学に関心を持ち始めるきっかけとなった病気です。早く老いてしまうメカニズムの解明が進めば、ウェルナー症候群の治療法開発のみならず、人間が老いていくこと自体のメカニズム解明に繋がる可能性があります。当院、当研究室で行われているこれらの研究によって、より多くの人の健康長寿に結びつけていきたいと考えています。

 

高齢者

私が医師になった25年ほど前、日本の高齢化率はまだ10%を超えたばかりで「来院するお年寄りの患者さん」もそれほど多くありませんでした。いまでは日本全体の高齢者も増え、来院する高齢者も増加し、老年医学の分野は大きく発展してきています。

日本の戦後の医療は「死なないための医療」であったように思います。がんができれば取り除く、血管が狭くなったら拡げるなど生存率の向上を追求してきました。このような医療によって寿命は大幅に延びましたが、人間の生物学的な寿命の限界は120歳だろうともいわれており、そろそろ生物学的な限界に近づきつつあります。このような状況から、次に重要視すべきは人生の「長さ」ではなく「質」だといえます。限られた期間をいかに充実させて、より健康に生きていくかが重要です。「病気を治すこと」は大切ですが、唯一のゴールではなく、いかにその人ができるだけ元気に天寿を全うできるかという視点も、高齢者医療の重要な部分だといえるでしょう。

 

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  • 千葉大学医学部附属病院長 、千葉大学 副学長、千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学 教授

    横手 幸太郎 先生

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