インタビュー

日本の健康寿命を延ばすために-長寿に向けた生活習慣

日本の健康寿命を延ばすために-長寿に向けた生活習慣
横手 幸太郎 先生

千葉大学医学部附属病院長 、千葉大学 副学長、千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年...

横手 幸太郎 先生

この記事の最終更新は2017年01月24日です。

日本は長寿の国として知られています。しかし「健康」で「元気」に過ごせる時間、平均寿命よりも約10年短いといわれており、長生きであっても不自由なく幸せに暮らせる方は少ないのかもしれません。ただ長生きするではなく、健康で元気に長生きすためにはどのような対処が必要でしょうか。千葉大学大学院医学研究院 細胞治療内科学講座 教授 横手幸太郎先生に健康長寿に向けた取り組みを伺いました。

日本には「還暦」「百寿」といった長生きをお祝いする風習があります。世界中でも同様のお祝いがあります。このことからもわかるように、人間にとって「長寿」は大きな願いのひとつであるといえます。

日本は昔、人生50年(つまり平均寿命が50歳)と言われた時代もありました。ところが今では男女ともに平均年齢が80代、特に女性の場合には90歳に近いとされ※1、世界一の長寿国といわれています※2

提供:PIXTA

日本の寿命は、生活水準の向上や医療の発展によって延びてきました。その一方で、長寿であっても何らかの病気を発症したり、老弱することで、健康に暮らていない方が実は多いということが注目されるようになってきました。このことから、近年では「長生きすること」よりも「健康でいること」の方が重要視されるようになりました。この健康でいられる寿命の長さ(健康寿命)を延ばすための取り組みが進められています。

1960年代、100歳以上の方は100~200人程度でしたが、直近の2016年の統計では激増し、約65,700人と報告されています※3。しかし、この65,000人のうち、自立している方は2割、寝たきりの方は4割、要介護支援の方は4割と報告されています。

今お話ししたのは100歳以上の方のデータでしたが、80歳、90歳の方であっても年を取るにつれて、自分で自分のことができない、寝たきりになる、介護や支援が必要になってくる方がいらっしゃいます。このように自立できない、寝たきりになってしまう生活は、ご本人にとっても、家族の方にとっても辛いことです。また自立した生活ができない方が増えてくことは社会にとっても大きな負担です。そのような背景から、人々の健康寿命をどのように延ばしていくかしていくかが、今の日本における喫緊の重要課題になっています。

※1 平成27年簡易生命表の概況 厚生労働省
※2 世界保健統計2016 世界保健機関(WHO)
※3 平成28年9月1日現在の住民基本台帳による都道府県・指定都市・中核市からの報告数 厚生労働省プレスリリース

2010年時点の健康寿命は、男性70.42歳、女性73.62歳と報告されています。平均寿命と健康寿命を比べると、約10歳程度の差があります。

なぜ平均寿命と健康寿命の間には約10年もの差が生まるのでしょうか。その要因は2つ考えられます。

生活習慣病

1つ目の要因は、中年から発症する「生活習慣病」です。生活習慣病とは、病原体などではなく、患者さんの遺伝素因や生活習慣などの環境要因が加わり発症・進行してしまう病態の総称です。たとえば糖尿病高血圧などが挙げられます。この糖尿病や高血圧は、病態が進展すると網膜症・腎症・神経障害・心筋梗塞脳梗塞などの合併症があらわれます。

すると身体に麻痺が残る、目が見えなくなる、腎臓を悪くして透析が必要になるなど、健康を害してしまします。このように中年からの生活習慣病が原因となる病気によって、体の機能が障害され、元気でなくなるとことが健康寿命を短くする一つの要因です。

フレイル(虚弱)

2つ目の要因は「フレイル(虚弱)」です。フレイルとは病気ではなく、年を重ねることで筋肉や体の活力が低下している状態を指します。フレイルでは加齢とともに腰が痛くなる、筋肉が衰えて歩けなくなるといった症状で、日々の生活を元気に過ごせなくなります。このような「本質的な老化」も健康寿命を短くする要因の一つでしょう。

健康で元気に過ごす時間を延ばしていくためには、生活習慣病とフレイルを防ぐことが大切です。

生活習慣病の予防

まず生活習慣病を予防するためには、高齢になるまえに生活習慣を改善することが重要です。禁煙する、食生活を見直す、運動量を増やすといった取り組みが必要です。また、糖尿病、高血圧の方が家系にいらっしゃる場合には、より生活習慣病になるリスクが高いと考えられるので注意しましょう。そして糖尿病や高血圧と診断された場合には医療機関を受診して、正常の血糖値・血圧値までコントロールしていきましょう。

フレイルの予防

一方で、フレイルに対する解決策はまだ見出されていません。現段階で、フレイルに有用ではないかと検討されていることは、栄養をしっかり取ること、そして適度な負荷をかけた運動をすることです。フレイルを予防するための食生活は、生活習慣病を予防するときとは逆で、栄養をしっかり取ることをが大切です。特にタンパク質やカルシウムを摂取することが重要だと考えられています。また、運動の場合にも、生活習慣病予防では有酸素運動(ジョギングやウォーキング)が有効とされていますが、フレイルの予防では筋肉トレーニングなどある程度の負荷をかける運動が大切といわれています。

このように、健康長寿を実現するために、食事では、若いうちには太りすぎ注意、そして一定以上の年代であれば低栄養に注意しましょう。そして運動はどの年代でも非常に重要であり、生活習慣病の予防では有酸素運動を、高齢になったときには筋力を落とさないような運動を心掛けることが良いと考えられます。どの年代から切り替えて考えていくべきなのかは患者さん個々の状態によっても異なってくるため、まだ断言できませんが、このような取り組みが健康で元気な生活へと結びついていきます。

提供:PIXTA

日本の糖尿病の患者数は1970年代以降、右肩上がりで増えています。この原因としてみなさんがよくイメージするものは「食べすぎ」だろうと思います。しかしながら、日本人の平均摂取カロリー量を見てみると、実は過去50年間、あまり変わっていないのです。

では、いったいどんな要因が糖尿病の患者さんの増加をもたらしているのでしょうか。その答えの1つが「動物性脂肪の摂取が増えたこと」です。日本の動物性脂肪の摂取量は、1970年代ごろから増えています。これは糖尿病患者さんの増加しはじめた時代と一致します。このころ日本にはファストフード店が海外から進出してきた時代でもあります。このような食生活の欧米化が糖尿病患者さんの増加の引き金となっていると考えられます。

また、「日本人が保有する自動車台数の増加」も糖尿病患者さんの増加推移とよく一致しています。以前は自動車といえば貴重な存在であり、「歩く」という運動はあたりまえのものでした。しかし今となっては自動車がとても身近なものとなり、多くの日本人の「歩く」という運動の機会が減ってしまいました。自動車以外にもエスカレーターやエレベーターの普及なども同様の影響をもたらしています。動かなくていい「便利な社会」が、この運動不足の一番の要因でしょう。

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生活習慣を改善するために「週1回、運動する機会を設けること」を目標にするのが良いと思います。いま高齢な方の間でスポーツクラブが人気を集めてきています。このような施設も活用しながら、日常生活の中に週に1日でも2日でも運動をする機会を設けることが大事でしょう。

また、厚生労働省では、運動という考え方以外に「生活活動」という考え方を提唱し、日々の生活で積極的に取り組むことを推奨しています。生活活動とは、階段の上り下り、掃除をする、買い物に行く、重い荷物を持つなどの動きのことです。これらは日常で意識せず行っている動きですが、このような動きも健康づくりに繋がります。生活活動は運動(スポーツ)のように楽しむことが目的ではありませんが、日々のこのような動きも健康のためにやっているんだ、という意識をもっていくことが重要になるでしょう。運動ができるときには運動をする。運動ができないときには生活活動を増やすことを心掛けられるとよいでしょう。

医療面からの生活習慣改善は難しい

医療の面から患者さんの生活習慣を改善することはとても難しいといえます。日本の医療保険制度をみてみると、食事面からの治療はある程度保険が認められていますが、運動による治療の保険適用はとても限られています。

また、例えば糖尿病の患者さんに入院していただくと、病院ではベッドの上で生活してもらうことになるので、家で生活していた時よりも運動量が減ってしまうケースもあります。このように病院で治療を受けることで、生活習慣病改善に重要な「運動」の量が減ってしまうという例もあるのです。

病院にスポーツクラブを併設―千葉大学の取り組み

生活習慣の改善に医療・病院側がサポートしづらいという状況を変えるべく、当院では患者さんの生活習慣改善をサポートする取り組みをしています。

例えば、当院はセントラルスポーツクラブと包括協定を結び、定期的な運動教室を開催してもらうことで、患者さんの生活習慣改善をサポートしています。診療とは別として、希望した患者さんに運動教室の開催日に来院いただき、家でもできる運動のレクチャーを受けていただいています。運動教室は毎月2回開催され、65歳未満の若い方向けの教室、65歳以上の高齢な方向けの教室の2つを開催しています。家でもできる運動をレクチャーするので、運動教室が終わった後も続けていただくことができます。また運動教室を受講してみて興味を持った方は、自分の街のセントラルスポーツに通い始めることもあり、長期的な運動習慣づくりのきっかけとしても役立っています。このように民間企業と力を合わせながら、病院だけでは補いきれない「生活習慣改善のサポート」を行っています。このような取り組みは珍しいと思いますが、私たちが先陣を切って進めていくことで、高齢な方々の健康をつくっていけたらと思っています。

生活習慣を改善することは、将来の健康を作ることに繋がります。ただ長生きするということではなく、健康に元気に過ごすことで、少子高齢化が進んでいく中でも「元気な日本」を作っていけるのではないかと思っています。これからも日本の高齢者がより健康で活発に活動できる社会にできるよう、取り組みを続けていきたいと思います。

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  • 千葉大学医学部附属病院長 、千葉大学 副学長、千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学 教授

    横手 幸太郎 先生

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