日本は長寿の国として知られています。しかし「健康」で「元気」に過ごせる時間、平均寿命よりも約10年短いといわれており、長生きであっても不自由なく幸せに暮らせる方は少ないのかもしれません。ただ長生きするではなく、健康で元気に長生きすためにはどのような対処が必要でしょうか。千葉大学大学院医学研究院 細胞治療内科学講座 教授 横手幸太郎先生に健康長寿に向けた取り組みを伺いました。
日本には「還暦」「百寿」といった長生きをお祝いする風習があります。世界中でも同様のお祝いがあります。このことからもわかるように、人間にとって「長寿」は大きな願いのひとつであるといえます。
日本は昔、人生50年(つまり平均寿命が50歳)と言われた時代もありました。ところが今では男女ともに平均年齢が80代、特に女性の場合には90歳に近いとされ※1、世界一の長寿国といわれています※2。
日本の寿命は、生活水準の向上や医療の発展によって延びてきました。その一方で、長寿であっても何らかの病気を発症したり、老弱することで、健康に暮らていない方が実は多いということが注目されるようになってきました。このことから、近年では「長生きすること」よりも「健康でいること」の方が重要視されるようになりました。この健康でいられる寿命の長さ(健康寿命)を延ばすための取り組みが進められています。
1960年代、100歳以上の方は100~200人程度でしたが、直近の2016年の統計では激増し、約65,700人と報告されています※3。しかし、この65,000人のうち、自立している方は2割、寝たきりの方は4割、要介護支援の方は4割と報告されています。
今お話ししたのは100歳以上の方のデータでしたが、80歳、90歳の方であっても年を取るにつれて、自分で自分のことができない、寝たきりになる、介護や支援が必要になってくる方がいらっしゃいます。このように自立できない、寝たきりになってしまう生活は、ご本人にとっても、家族の方にとっても辛いことです。また自立した生活ができない方が増えてくことは社会にとっても大きな負担です。そのような背景から、人々の健康寿命をどのように延ばしていくかしていくかが、今の日本における喫緊の重要課題になっています。
※1 平成27年簡易生命表の概況 厚生労働省
※2 世界保健統計2016 世界保健機関(WHO)
※3 平成28年9月1日現在の住民基本台帳による都道府県・指定都市・中核市からの報告数 厚生労働省プレスリリース
2010年時点の健康寿命は、男性70.42歳、女性73.62歳と報告されています。平均寿命と健康寿命を比べると、約10歳程度の差があります。
なぜ平均寿命と健康寿命の間には約10年もの差が生まるのでしょうか。その要因は2つ考えられます。
1つ目の要因は、中年から発症する「生活習慣病」です。生活習慣病とは、病原体などではなく、患者さんの遺伝素因や生活習慣などの環境要因が加わり発症・進行してしまう病態の総称です。たとえば糖尿病や高血圧などが挙げられます。この糖尿病や高血圧は、病態が進展すると網膜症・腎症・神経障害・心筋梗塞・脳梗塞などの合併症があらわれます。
すると身体に麻痺が残る、目が見えなくなる、腎臓を悪くして透析が必要になるなど、健康を害してしまします。このように中年からの生活習慣病が原因となる病気によって、体の機能が障害され、元気でなくなるとことが健康寿命を短くする一つの要因です。
2つ目の要因は「フレイル(虚弱)」です。フレイルとは病気ではなく、年を重ねることで筋肉や体の活力が低下している状態を指します。フレイルでは加齢とともに腰が痛くなる、筋肉が衰えて歩けなくなるといった症状で、日々の生活を元気に過ごせなくなります。このような「本質的な老化」も健康寿命を短くする要因の一つでしょう。
健康で元気に過ごす時間を延ばしていくためには、生活習慣病とフレイルを防ぐことが大切です。
まず生活習慣病を予防するためには、高齢になるまえに生活習慣を改善することが重要です。禁煙する、食生活を見直す、運動量を増やすといった取り組みが必要です。また、糖尿病、高血圧の方が家系にいらっしゃる場合には、より生活習慣病になるリスクが高いと考えられるので注意しましょう。そして糖尿病や高血圧と診断された場合には医療機関を受診して、正常の血糖値・血圧値までコントロールしていきましょう。
一方で、フレイルに対する解決策はまだ見出されていません。現段階で、フレイルに有用ではないかと検討されていることは、栄養をしっかり取ること、そして適度な負荷をかけた運動をすることです。フレイルを予防するための食生活は、生活習慣病を予防するときとは逆で、栄養をしっかり取ることをが大切です。特にタンパク質やカルシウムを摂取することが重要だと考えられています。また、運動の場合にも、生活習慣病予防では有酸素運動(ジョギングやウォーキング)が有効とされていますが、フレイルの予防では筋肉トレーニングなどある程度の負荷をかける運動が大切といわれています。
このように、健康長寿を実現するために、食事では、若いうちには太りすぎ注意、そして一定以上の年代であれば低栄養に注意しましょう。そして運動はどの年代でも非常に重要であり、生活習慣病の予防では有酸素運動を、高齢になったときには筋力を落とさないような運動を心掛けることが良いと考えられます。どの年代から切り替えて考えていくべきなのかは患者さん個々の状態によっても異なってくるため、まだ断言できませんが、このような取り組みが健康で元気な生活へと結びついていきます。
日本の糖尿病の患者数は1970年代以降、右肩上がりで増えています。この原因としてみなさんがよくイメージするものは「食べすぎ」だろうと思います。しかしながら、日本人の平均摂取カロリー量を見てみると、実は過去50年間、あまり変わっていないのです。
では、いったいどんな要因が糖尿病の患者さんの増加をもたらしているのでしょうか。その答えの1つが「動物性脂肪の摂取が増えたこと」です。日本の動物性脂肪の摂取量は、1970年代ごろから増えています。これは糖尿病患者さんの増加しはじめた時代と一致します。このころ日本にはファストフード店が海外から進出してきた時代でもあります。このような食生活の欧米化が糖尿病患者さんの増加の引き金となっていると考えられます。
また、「日本人が保有する自動車台数の増加」も糖尿病患者さんの増加推移とよく一致しています。以前は自動車といえば貴重な存在であり、「歩く」という運動はあたりまえのものでした。しかし今となっては自動車がとても身近なものとなり、多くの日本人の「歩く」という運動の機会が減ってしまいました。自動車以外にもエスカレーターやエレベーターの普及なども同様の影響をもたらしています。動かなくていい「便利な社会」が、この運動不足の一番の要因でしょう。
生活習慣を改善するために「週1回、運動する機会を設けること」を目標にするのが良いと思います。いま高齢な方の間でスポーツクラブが人気を集めてきています。このような施設も活用しながら、日常生活の中に週に1日でも2日でも運動をする機会を設けることが大事でしょう。
また、厚生労働省では、運動という考え方以外に「生活活動」という考え方を提唱し、日々の生活で積極的に取り組むことを推奨しています。生活活動とは、階段の上り下り、掃除をする、買い物に行く、重い荷物を持つなどの動きのことです。これらは日常で意識せず行っている動きですが、このような動きも健康づくりに繋がります。生活活動は運動(スポーツ)のように楽しむことが目的ではありませんが、日々のこのような動きも健康のためにやっているんだ、という意識をもっていくことが重要になるでしょう。運動ができるときには運動をする。運動ができないときには生活活動を増やすことを心掛けられるとよいでしょう。
医療の面から患者さんの生活習慣を改善することはとても難しいといえます。日本の医療保険制度をみてみると、食事面からの治療はある程度保険が認められていますが、運動による治療の保険適用はとても限られています。
また、例えば糖尿病の患者さんに入院していただくと、病院ではベッドの上で生活してもらうことになるので、家で生活していた時よりも運動量が減ってしまうケースもあります。このように病院で治療を受けることで、生活習慣病改善に重要な「運動」の量が減ってしまうという例もあるのです。
生活習慣の改善に医療・病院側がサポートしづらいという状況を変えるべく、当院では患者さんの生活習慣改善をサポートする取り組みをしています。
例えば、当院はセントラルスポーツクラブと包括協定を結び、定期的な運動教室を開催してもらうことで、患者さんの生活習慣改善をサポートしています。診療とは別として、希望した患者さんに運動教室の開催日に来院いただき、家でもできる運動のレクチャーを受けていただいています。運動教室は毎月2回開催され、65歳未満の若い方向けの教室、65歳以上の高齢な方向けの教室の2つを開催しています。家でもできる運動をレクチャーするので、運動教室が終わった後も続けていただくことができます。また運動教室を受講してみて興味を持った方は、自分の街のセントラルスポーツに通い始めることもあり、長期的な運動習慣づくりのきっかけとしても役立っています。このように民間企業と力を合わせながら、病院だけでは補いきれない「生活習慣改善のサポート」を行っています。このような取り組みは珍しいと思いますが、私たちが先陣を切って進めていくことで、高齢な方々の健康をつくっていけたらと思っています。
生活習慣を改善することは、将来の健康を作ることに繋がります。ただ長生きするということではなく、健康に元気に過ごすことで、少子高齢化が進んでいく中でも「元気な日本」を作っていけるのではないかと思っています。これからも日本の高齢者がより健康で活発に活動できる社会にできるよう、取り組みを続けていきたいと思います。
千葉大学医学部附属病院長 、千葉大学 副学長、千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学 教授
千葉大学医学部附属病院長 、千葉大学 副学長、千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学 教授
日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医・内科指導医日本糖尿病学会 糖尿病専門医・糖尿病研修指導医日本老年医学会 老年科専門医・老年科指導医日本内分泌学会 内分泌代謝科専門医
代謝内分泌学、血液病学、老年医学の診療・研究・教育に力を入れて取り組む。「specialistである前にgeneralistであれ」をモットーとし、目の前の患者さんの初期診療にしっかりと向き合うことを怠らず、自身の専門領域では高度な医療を実践し、専門以外の病気では適切な専門家へと委ねることができる内科医になるべきだ、という内科医育成のビジョンを掲げる。また、日々最新の医療を展開する環境で診療をこなす傍ら、講演活動やメディアへの出演も行い、精力的に医療の質の向上へ貢献している。
横手 幸太郎 先生の所属医療機関
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起床時の軽い目眩について
2/3の歯医者で頭の位置がやや低く、椅子を起こしたときに軽いめまいを感じました。 ちょっとふわふわする程度で視界が歪んだり足がふらつくというほどではありませんでした。 それ以来、起床時にめまいを感じるようになりました。 ・起きてすぐだと足が若干ふらつきます。 ・頭にごく軽い圧迫感を感じます。 ・視界には変化はありません(チカチカする、暗くなる等ナシ)。 ・吐き気のような不快感が若干ありますがごく軽く車酔いになりかけ程度です。 ・数分間続きます 歯医者の時のように、短時間横になった程度では発生しないのですが、数時間以上横になるとおこるようです。 しばらくすると治るし加齢もあるのでまあいいかと思っていたのですが、日に日に、若干ずつではありますが悪化している感じがして不安になりました。 今回はじめて歩行に支障がありました(寝不足でいつもより数時間早く就寝したため、通常より3時間ほど早く起床しています)。 倒れ込むほどではありませんが、ちょうど、「ぐるぐるバット」でまっすぐ歩けなくなるような感じで、とっさに机につかまりました。 そこまでの状態になったのは数秒で、そのあとは「ふわふわ」は感じているものの、家事に支障はない、という程度の状態です。 このまま様子を見ていてよいでしょうか。 生活の中でこころがけた方が良い事など(頭を積極的に動かす・動かさないようにする・水分を取るなど)ありますでしょうか。 よろしくお願いいたします。
右脇腹、右側の背中、左脇腹の痛み
今年の1月に人間ドック受診後をし、胆嚢がん疑いで要精密検査となりました。 その後定期的にエコー検査をしており、先生からはおそらく大丈夫だと思うと言われていました。 しかし、6月ごろの検査後、数週間後から右脇腹に痛みが出てきたため、再度病院を受診しました。その際に腹部CTをしましたが特に異常はないとのことでした。 今月の6日にエコー検査をしたところ、胆石と9ミリほどのポリープがあるとのことでした。 先生がおっしゃるには胆石による痛みかもしれないということでしたが、最近左脇腹にも痛みが出てきており、胆嚢がんと膵臓がんではと心配しております。 画像などはなく分からないことが多いと思いますが、痛みの原因として考えられる病気はどのようなものがあるのでしょうか。
生理が早くきた
いつもは30-40日程度の生理周期ですが、前回から2週間で生理?がきました(→現在)。 なお、前回の生理時はいつもと様子が違い(血の色がいつもより黒?っぽい、量が少ない・多い)、今回も前回同様に様子が違います。 生活習慣の乱れや過度なストレスはなく、腹痛もひどくはありません。 症状からweb検索すると、子宮筋腫の疑い?もあるのかと思い、婦人科を受診した方がよいのかご相談です。
大腸便潜血2日目陽性
10月1日に受けた人間ドックで便潜血が陽性となり、精密検査をするように言われました。 人間ドックの前に排便した際に、たしかにトイレットペーパーに少し粘りのある鮮血がつきました。もともと痔があり、たまに出血することもあります。医者にかかったこともあります。 その時は特に固い便ではなかったのですが…その後は2週間で一度も鮮血はついていません。一度痔を診てもらったかかりつけで検査をしようと紹介状をもち、診察に行ったのですが、検査が混んでいるらしく、11月18日となってしまいました。そんなに期間があいて大丈夫なのかと不安に感じています。 それと、かかりつけの医院ではなく、総合病院のほうがいいのか、変更したほうがいいのか迷っています
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