大動脈は、心臓から出てきた大量の血液を、全身に流すための通り道です。これまで生きている人間の大動脈の中を、血流を止めずに確認する技術はなく、大動脈の中で一体どのようなことが起きているのか明らかではありませんでした。しかし2014年、大阪暁明館病院では、「血流維持型血管内視鏡」を使って大動脈を胸から足までくまなくみてプラークを診断することを可能にしました。その結果、これまで動脈硬化の常識が違っていたこと、またこれで病気の概念がずいぶん変わっていくことが想定されます。
今回は、血流維持型血管内視鏡の開発者である、大阪暁明館病院 特別顧問の児玉和久先生と、大動脈プラークの自然破綻に関する研究を行っている大阪暁明館病院 心臓血管病センターの小松誠先生にお話を伺います。
※記事1は『人生100年時代を健やかに–健康寿命を長く生きるために』をご覧ください。
私たち大阪暁明館病院では、これまで冠動脈*に主に使用されていた「血流維持型血管内視鏡」(以下、血管内視鏡)を使って大動脈を観察する方法を開発しました。血管内視鏡とは、生きている人間の血管内腔の状態を実像で表現する医療機器です。
この血管内視鏡は、単純に血管内に挿入しただけでは、大動脈の血流で真っ赤な画像しか写し出されません。そのため、視野を確保するための液体である疎血液(低分子デキストランなど)を流す方法が用いられていましたが、大阪暁明館病院ではより効果的に疎血する方法である「Dual Infusion法」を開発しました1)。これによって、血液が流れている状態の大動脈の観察が可能となったのです。
冠動脈…心臓の周りを取り囲み、心筋(心臓を動かしている筋肉)へ血液を供給している血管
2018年、米国の循環器医学雑誌であるJ Am Coll Cardiol誌(Journal of American College of Cardiology誌)に大阪暁明館病院で行った血管内視鏡に関する研究結果が報告されました2)。
本研究では、冠動脈疾患がある、および冠動脈疾患が疑われる324症例に対し、大動脈の血管内視鏡を行った結果について報告しています。
その結果、血管内視鏡を行った80.9%の方に、大動脈プラーク*の自然破綻がみられました。
さらに、プラークの内容物のうち、「puff-chandelier(パフ・シャンデリア)タイプ」という、内視鏡の光源に反射してシャンデリアのように光り、自然に崩れてパフのように飛んでいくプラークを採取して詳しく調べてみると、アテロームやフィブリン、石灰化、マクロファージといった成分が混在していることも分かりました。
本研究から、冠動脈疾患及び疑い症例というハイリスク症例ではありますが、大動脈プラークの自然破綻は、極めて高い頻度で日常的に起きていることが明らかとなったのです。
プラーク…動脈硬化によって動脈内膜に脂質などの物質が沈着して盛り上がったもの。
また、これまで動脈血液中の内容物を病理組織標本に作成する際には、アルコールなどの液体に漬けていくのですが、その際、重要な成分である「コレステロール結晶」は有機溶媒によって溶かされてしまいます。
そのため、コレステロール結晶は、ゴースト像(標本作成においてコレステロール結晶が抜け落ちたあとにできる細かい穴)としてしか認識されておらず、直接的な確認はできていなかったのです。
そこで、大阪暁明館病院では、それを何とか実像として表現したいと日夜奮闘し、「ろ紙リンス法」という独自の新しい方法でコレステロール結晶を取り出し、観察することに成功しました。
ろ紙リンス法でコレステロール結晶を採取してみると、コレステロール結晶についてこれまで分からなかったことが、次々と明らかになりました。
それまで、血栓塞栓症は漠然と血栓成分だけが飛んでいくと考えられ、その意義については不明なままにされていました。その大きさも、100〜200μm(マイクロメートル)であると予測されており、これが末梢動脈を詰まらせると考えられていました。
しかし、採取したコレステロール結晶を解析してみると、一番小さな遊離するコレステロール結晶で40×30μm、デブリス(浮遊物)の構造が複雑であればミリメートル単位のものもあることが分かりました。
つまり、小さなものから大きなものまで、非常に多彩な成分が日常的に血管内を飛散していることが明らかとなったのです。
血管内視鏡を用いた大動脈内の観察は、心臓カテーテル検査の際に同時に行うことができます。このとき経皮的冠動脈形成術(心臓カテーテル治療)で用いるシステムを使用し、冠動脈の観察を行うと同時に、心臓に近い上行大動脈から、お腹にある腸骨動脈までを網羅的に観察することが可能です。
また、ろ紙リンス法によるコレステロール結晶の採取も、誰でもできる簡単な方法です。心臓カテーテル検査室の横に顕微鏡を設置しておくことで、術中迅速病理診断*のように行うことができます。
このように、血管内視鏡を用いた大動脈内の観察は、決して研究レベルのものではなく、日常的な診療で行うことができる検査なのです。
引き続き、記事3『大動脈プラークのかけらが老化の引き金となる』では、大動脈プラークの自然破綻によって起こる塞栓症が、私たちの体にどのような影響を及ぼす可能性があるかについてお話ししていきます。
術中迅速病理診断…手術中などで早急に診断結果が必要な場合に行う病理診断
【参考】
1) Komatsu S, et al. Int J Cardiovasc Imaging 2017 Jun;33(6):789-796.
2) Komatsu S, et al. J Am Coll Cardiol,2018 Jun 26;71(25):2893-2902.
社会福祉法人 大阪暁明館病院 心臓血管病センター長
児玉 和久 先生の所属医療機関
社会福祉法人 大阪暁明館病院 心臓血管病センター長
日本循環器学会 循環器専門医日本内科学会 認定内科医・内科指導医
生活習慣病の患者さんと長くお付き合いし、その時々の流行に左右されすぎない医療を行っている。オリジナルな発想で、臨床現場にすぐに活かせるような研究により、これまで未知であった問題の本質を明らかにし、解決させるように取り組むことで知られている。研究マインドで診療を行い、新発見をしたい、若手医師の弟子入りも募集している。
1.大動脈の破綻プラークを血管内視鏡で同定する方法を児玉和久先生のグループで開発。
2.心臓CTのPlaque Mapというプラーク解析法を開発。また心臓CTで染まりをコントロールするCT Number-controlling Systemを発表。被ばく、造影剤量共に低減した低侵襲CTの方法論を開発。
小松 誠 先生の所属医療機関
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