DOCTOR’S
STORIES
医師として進むべき道を模索しながら、自らの手で目の前を切り開いてきた渋谷 肇先生のストーリー
代々医師の家系で育った私は、物心ついた頃から、医師を目指すよう父から言われていました。小学生のときにはすでに、将来の夢を聞かれれば「医師になること」と答えていたと思います。祖父も医師だったので、そういうものか、と特に違和感もなく受け入れており、ほかの職業には目が向かなかった、という表現のほうが正しいかもしれません。父は研究医として神経薬理という分野を専門にしており、神経系の仕組みについて話を聞く機会が多くありました。
どちらかといえば自分は手先が器用だと感じていたこともあり、医学部時代には、なんとなく、自分は外科に向いているのではないかと考えていました。ただ、外科といってもさまざまな領域があり、当時は脳神経外科以外にも、呼吸器外科や心臓血管外科に魅力を感じていました。さらに、外科だけではなく、医学部生のときに血液系の勉強が得意だったこともあり、血液内科にも興味をもっていました。進路に迷いながら各科の臨床実習を回る日々でしたが、あるとき、脳神経外科の手術を見学する機会が訪れました。私は、そこで目の当たりにした手術から、患者さんの命や手術後のQOL(生活の質)を左右するという、脳神経外科の手術が持つ重圧と、医師としての責任の大きさをひしひしと感じたのです。プレッシャーが大きければ大きいほど燃えるタイプだったので、そのような厳しい環境で自分の実力を磨きたいと、脳神経外科に進む決意をしました。
1984年に日本大学医学部を卒業し、同大学の脳神経外科の医局に入局しましたが、当時はCTの台数も少なく、検査時には各科で奪い合いが起きていました。MRIの画像も今ほどの鮮明さがなく、検査の主流となっていたのは血管撮影です。これは血管内に造影剤を注入して撮影するもので、若手医師が1人で任される仕事のひとつでした。
ちょうど私が入局した頃は、セルジンガー法という、カテーテルを使用した血管撮影方法が徐々に普及してきていました。そのため、先輩医師の中にも、その血管撮影方法に慣れている方はいらっしゃいませんでした。それをチャンスだと思った私は、いち早く検査の技術を磨きたい一心で、試行錯誤を繰り返しながら任された検査に取り組みました。すると、いつしかコツをつかみ、入局してから2年が経つ頃には、医局内で造影が難しい症例があった際に「うまく動脈瘤を見つけられないから、頼む」と声がかかるほど、血管撮影に詳しくなっていました。
そうして何度も検査を繰り返すことで、血管内にカテーテルを挿入する技術が磨かれていきました。検査と同様に、脳血管内治療も血管内にカテーテルを挿入して行う治療です。検査を通して自信をもてるようになった手技が、のちに脳血管内治療を専門することにつながっています。
最近は、後進の育成体制を作ることの難しさを感じています。特に、技術面では、実際に経験しないと分からないことも数多くあります。自分がやってしまったほうが早いことでも、私が進めてしまっては若手医師が経験を積めないので、根気強く向き合う必要があります。しかし一方で、当然、患者さんの安全は守らなくてはならない。“失敗から学ぶ”という言葉もありますが、医師の教育の場合には、防ぎうる失敗を見過ごすわけにはいきません。
まずは若手医師にやらせてみて、患者さんに危険がおよびそうな場合には、手を貸して軌道修正を行い、なにがよくなかったのかを伝える、という方法で地道に向き合うしかないと思っています。シミュレーターを使用した手技の訓練などもありますが、手術独特の緊張感はやはり特別です。どのようにして患者さんの安全性を守りながら、実際の手術を経験させるのかという点は、今後の課題となっています。
脳は、人間が生活するうえで非常に重要な役割を担っています。一般にもその認識が広まっているからこそ、「脳の手術を実施する」と言われたら、不安を覚える方も多いのではないでしょうか。そこで「100%成功しますから、任せてください」と言えればいいのですが、現実的には、どんな手術でもリスクを伴います。リスクがあると分かれば、患者さんは不安になりますよね。
だからこそ私は、病気ではなく患者さんをみる医師でありたいと思っています。人によって価値観はさまざまですから、その方にとって何が重要になるかも異なります。私たちが一方的に「こうした方がいい」と決めてしまっては、肝心の患者さん本人が置いてけぼりになってしまいます。
私は、手術をしたほうがいいと思ったら、まずはそれを患者さんに伝えます。ですが、患者さんがどうしても手術をしたくないのであれば、できるだけその意向を尊重したい。ただ、患者さんに最終的な判断をしていただくには、まずは患者さんに、誤解がないよう正しい情報を伝える必要があります。術前の説明を行うときには、たとえ時間がかかったとしても、患者さんが納得するまで話し合うことを心がけています。
私は、外科を選択した当時、技術の上達には手先の器用さも大きく関係すると考えていました。しかし今となっては、必ずしもそれが必要だとは思いません。どんな人であっても、結局は鍛錬を積むことが重要なのだと感じています。世間的には、効率化を求められる場面が増えてきたように思いますが、ときには根気よく時間をかけ、技術や知識を習得することも必要なのではないでしょうか。
そして、せっかく習得したものも、使わなければさびついていきます。私の医師としての目標は、引退までに2,000件の手術に関わるということ。ですが、ただ2,000件の手術に関われればよい、というわけではありません。やはり私が見たいのは、患者さんやその周囲の方々の嬉しそうな顔です。医師を引退するまでに、1回でも多く患者さんの笑顔が見られるよう、これからも守りに入ることなく、常にスキルアップを目指して努力をしていきたい。常に“現状維持は衰退の始まりだ”という言葉を頭の片隅に置き、引退のときまで駆け抜けるつもりでいます。
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武蔵野徳洲会病院
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