DOCTOR’S
STORIES
医師として、病院長として、未来を変えるために歩み続ける田邉 一成先生のストーリー
医学部生の頃、外科系に進もうということは考えていました。ただ、明確にどの科がよいとは決めずに、研修医として各科を回っていました。泌尿器科へ研修に行った際、たまたま同じマンションに泌尿器科の先生が住んでいたことが分かりました。その方と食事に行くと、泌尿器科は外科であると同時に、内科的な治療のアプローチも必要とする幅広さが魅力なのだと教えてくれたのです。昔から、常に柔軟性をもって物事に取り組みたいという思いがあったので、泌尿器科であればさまざまな治療を経験できるのではないかと考え、泌尿器科に進むことを決めました。
しかし実際に入局してみると、自分の手で救えない患者さんを何人も目の当たりにし、無力感を覚えました。「せっかく入局したけれど、辞めてしまおうか」とまで考えた時期もありました。
ちょうど医局を辞めることを考えていた時期、学会で、ある先生が“腎臓移植”について講演をされているのを聞きました。私はあっという間に講演の内容に引き込まれると同時に、「これだ!」と感じたのです。当時、私は九州大学の医局にいましたが、すぐさま東京女子医科大学の泌尿器科 腎臓病総合医療センターへ移ることを決めました。こうして私は腎臓移植を専門とするに至りました。
東京女子医科大学に移ってから少し経った頃、外部の病院へ1年間の外科研修に出ることを決めました。当時、血管を縫うことができなかった私は、「血管も縫えずに、外科医と胸を張れるのだろうか」と自問自答していたのです。研修先の病院で出会った先生はとても丁寧な手術をする方で、初めて手術に立ち会ったときには、「流れるような手術とは、こういうことをいうのか」と驚嘆しました。この先生から手術のいろはを全て教わったと言っても過言ではありません。
特に先生から受けた指導のなかで、記憶に残っているエピソードが2つあります。1つは、手術の準備中の会話がきっかけでした。ある手術を行う前、唐突に先生から「この手術室にある手術道具の名前を全て言えるか?」と問われました。私が正直に、全ては分からないということを伝えると、先生は「自分が使う道具を覚えていなくてどうするんだ」と私を叱ったあと、ひとつひとつ丁寧に、道具を使用する目的まで教えてくれました。
もう1つのエピソードも手術に関わるものでした。外科研修に出て2週間ほどが経ったとき、先生から胃がんの手術を行うように言われました。「やったことがありません」と返事をすると「本で勉強してやりなさい」と、取り付く島もありませんでした。そこまで言われて腹をくくった私は、入念に準備をして手術に臨みました。そしていざ手術を行っている最中に不明点を聞くと「君が手術するんだから、僕に聞くな。自分で決めなさい」と言われたのです。私は言われるがまま、自分が考えたとおりに手術を進めました。途中、このまま進めては危険だというところになって、やっと軌道修正のために先生が手を貸してくれました。
そして手術後に先生から「術者は1人だ。自分で考えて、自分で決めなさい」という言葉をかけられました。私に、患者さんの命を預かる重みを教えてくれたこの言葉は、いまだに忘れられません。それからはよりいっそう、先生の手術方法を目に焼き付けるようにし、自身の技術向上に努めました。また、先生は技術面のみならず、人間性においても尊敬できる方で、特に患者さんや周囲のスタッフとのかかわり方などについて、影響を受けています。
2015年から東京女子医科大学病院の病院長に就任しているのですが、病院長という立場として心がけているのは、病院で働くスタッフのことを大切にするということです。その根底には、管理者となる人間がスタッフを大切にしなければ、スタッフたちは患者さんを大切にできないのではないか、という考えがあるのです。私がスタッフたちを大切にし、スタッフたちは患者さんを大切にする。このような好循環を作ることが病院長としての務めだと思います。
特に力を入れているのは、業務の合理化です。たとえば、低侵襲手術と開腹手術を比較すると、一般的に低侵襲手術は術後の回復が早いため、術後管理などを行うスタッフの負担も減ります。患者さんにとっても、スタッフにとってもプラスになります。医療を受ける側、提供する側、どちらにとってもプラスになることであれば、積極的に新しいことにチャレンジしていきたいです。昨日と同じことを繰り返すのではなく、常に目標をしっかりと定めて、それに向かって毎日1歩でも近づいていくような気持ちで、日々考えを巡らせています。
何事においても大切なことは、“できるわけがない”と勝手に可能性を閉ざさないことだと思っています。困難な状況になったとき、多くの人は“できない理由”を口にします。しかし私は、できない理由を並べるのではなく、できるようにするためにはどうすべきかを考える姿勢が大切だと考えています。できるようにするためにアンテナを張り巡らせておかないと、情報は入ってこないのではないでしょうか。
特に私が今、もっとも興味をもっているのは、AIをいかにして医療に導入するか、ということです。これは、業務の効率化だけではなく、患者さんの安全性を高めることにつながるのではないかと思っています。世の中のどの分野においてもヒューマンエラーというものは存在しており、医療も例外ではありません。ヒューマンエラーが起こり得る部分をいかにしてAIに置き換えていくか、というところは、今後の大きな鍵になるのではないかと考えています。
どんなときでも忘れたくないのは「何が患者さんにとって最善か」という視点です。柔軟な思考を持ちながらも、その芯は絶対に曲げないようにしています。このように思えるのは、医師になりたての頃に覚えた無力感が、いまだに残っているからなのかもしれません。
自分が得た知識や経験が明日の医療を作ることに、そして、患者さんを救う未来につながると思うと、本当にワクワクします。これからも、少しでも明るい医療の未来を切り開けるよう、“どうしたらできるか”を考え続けていきたいと思います。
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