地域の健康と患者さんの人生を守れる医師でありたい

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地域の健康と患者さんの人生を守れる医師でありたい

患者さんにとって最良は何か――地域医療に思いを尽くす盛口佳宏先生のストーリー

宮城厚生協会 坂総合病院 外科科長/がん診療支援室室長
盛口 佳宏 先生

医師を志したきっかけ――人のためになる仕事をしたかった

医師という職業を考え始めたのは、中学生のときでした。進路指導のタイミングで将来どのような職業に就くのかを考えたときに「どうせやるなら世のため人のためになる仕事をしたい」と思ったのです。実は子どものころから昔懐かしい正義の味方が大好きでした。もしかしたら「自分も正義の味方になりたい」という気持ちがどこかにずっとあったのかもしれませんね。子どものころ憧れていた“人のために戦うかっこいい姿”は、いつの間にか“医師”という職業に結びついていました。

患者さんの人生全てを診るがん診療に興味を持った

がん診療を専門とすることを考えたのは、医師になってからの外科研修がきっかけです。当時はまだ集学的治療*という概念は今ほど浸透していませんでしたし、内科と外科で担当がきっちり分けられている時代でした。しかし、医療過疎地である東北の地で一定の診療を維持するためには外科だけを学ぶわけにはいかず、全てに対応できる医師が求められます。研修では、領域問わずさまざまな病気に対する治療を学びましたが、その中でもっとも興味を持ったのが“がん診療”でした。がん診療は手術をしたら終わりではなく、少なくとも5年は経過観察をしなければなりませんし、病気を抱えながら生きる患者さんの生活や社会背景、不安な気持ちなども全て含めた“全人的医療”を提供しなければなりません。「人のためになりたい」と医師を目指した私は研修を経て、患者さんの人生全てを診るがん診療を専門とすることを決意しました。

*集学的治療:手術や放射線治療、薬物治療など複数の方法を組み合わせて行う治療のこと。

“自分が何とかしなくては”――国立がんセンターで学び、再び坂総合病院へ

がんの中でも特に大腸がんの患者さんを診る機会が多くありました。腫瘍から出血をしている患者さんや腸閉塞(ちょうへいそく)になっている患者さんなど状態はさまざまでしたが、医療資源が限られたこの土地では、どのような状態であれ担当医である私が何とかしなくてはなりません。医療は常に進歩していますが、研究を行う機関は首都圏に集中しており、最新の知見が東北の地まで届くのにはどうしてもタイムラグが発生してしまいます。「このままでは救える患者さんも救えないかもしれない」と考えた私は、がん治療に特化した国立がんセンター 中央病院(現・国立がん研究センター 中央病院)に修行に行くことにしました。手術以外にも、抗がん薬の効果や鎮痛薬の使い方、緩和ケアの考え方など非常に多くのことを学ばせていただき、3年ほどたったころ再び坂総合病院に戻って現在に至ります。

状況問わず患者さんとよく話し、最良を追求するのが使命

当院は高齢の患者さんが多いこともあり、コミュニケーションがいつもスムーズにいくとは限りません。視力や聴力が落ちている方の診察をすることもよくありますし、認知機能が低下している患者さんも多くいらっしゃいますが、当然ながら診療は患者さんファーストです。「耳が聞こえない」という患者さんには診察室に置いてあるホワイトボードで筆談をすることもありますし、「録音させてほしい」と言われれば、もちろん快諾します。繰り返しになりますが、がん診療では“患者さんの人生全て”を診る必要があり、それぞれ大切にしていることや求めることも異なります。まず、診断された病気の悩みや不安な気持ちも含めて、話しやすい診察室の雰囲気をつくり、信頼関係を構築することを何よりも大切にしています。

これまで多くの患者さんを診てきましたが、中でも特に印象に残っているのは腹痛で当院に救急搬送された1人の患者さんです。40歳代と比較的若い女性でしたが、診断結果は大腸がんで、腸閉塞も発症しており、すでにステージIVまで進行していました。今すぐにでも手術が必要な状況だったのですが、女手一つで2人のお子さんを育てていた彼女は治療に対してすぐに首を縦には振らず、就労の継続を望んだのです。私は「この状況で治療は待てない」と何とか治療を受けていただけるよう何度もご説明し、症状が落ち着いたところで今後の話や悩みなどをじっくりお伺いしました。治療を継続するための経済的な対策を考えたり、「脱毛が耐えられない」とおっしゃったときには治療方法を変更したりするなど、さまざまな工夫を行いました。終末期には訪問診療を活用しながら自宅療養をし、最期は病院で迎えられましたが、実は亡くなる2か月ほど前まで彼女はずっと就労を継続していました。当時中学生と高校生だったお子さんは、彼女が亡くなるころには大学生と社会人になっていました。病気と闘いながら最期まで母親としての役割を全うした彼女はとても立派だと思いますし、約6年間大切な人生に寄り添わせていただいたことは決して忘れることはありません。

坂総合病院で育った仲間と地域の患者さんを守り続ける

当院に所属する医師は、私を含めほとんどが研修医時代を坂総合病院で過ごした医師たちです。患者さんが高齢になればなるほど、さまざまな病気を抱えていることも多く、よりよい医療を提供するためには医師間でのコミュニケーションが欠かせません。その点、研修医のころからずっと知っていて、何かあれば気軽に相談できる関係性が構築できているのは当院の強みの1つだと感じています。また、坂総合病院で研修をし、今もなお坂総合病院で診療を続けているということは、それだけ地域への思いが強いということでもあります。当院のスタッフは全員が“地域の患者さんの健康を守る”というプライドを持って日々患者さんと向き合っていますので、分からないこと・不安なことがあれば些細なことでもお話いただけるとうれしいです。

私は、大腸がんはどんなに困難な状況であっても何かしら手の施しようがある病気だと思っています。たとえば、病変に対してできる治療がない状況だったとしても、痛みを緩和したり、吐き気を抑えたりすることはできます。患者さんと相談しつつ、たとえ坐薬1つだったとしても必ず何かできることを考えます。患者さんが病院に来ているということは、“何かをしてほしい”から来ているわけですし、そこで医師である私が「何もできることはありません」とはとても言えません。医療を求める患者さんがいる限り、同じ志を持つ仲間と共にこの地に尽くしたいと思っていますし、体調面で不安なことがあったときに真っ先に思い出していただけるような心の拠り所でありたいと思っています。

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  • 宮城厚生協会 坂総合病院 外科科長/がん診療支援室室長

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