父が医師、兄も全員医学部という医療がとても身近な環境で育ったこともあり、当然自分も医師になるものだと思い地元の三重大学医学部に進学しました。
医学部に進学して学生生活を送る中で、人生をかけて医師を目指す同級生たちと比較してあまりに自分の目的がないことに唖然と強烈な劣等感を感じていました。そんなときに「自分の違和感は周りに何と言われようと大切にしたほうがよい」という先輩の助言に救われました。そして「今までの自分が絶対やらないことをやろう」と心に決めてバックパッカーをしたり、友人たちと飲食店を経営したり、空き家を改築してシェアハウスをしたりしました。それらの経験を通じてぼんやりと自分の在り方が見えてきました。それは少し引いた視点で社会問題を俯瞰し、それを解決するための社会実装をする人でありたいということでした。そして従来の医師の在り方にとらわれなければ、医師こそ自分がやりたいことができる職業だということに気づきました。本当の意味で医師を目指したのは医学部5年生のときだったと思います。
医師であると同時に社会問題を解決できる仕事をしていきたい――そう感じていた私は、最初のキャリアとして社会課題が集積する救急医療の現場に身を置こうと考えました。その後厚生労働省に行くことも考え三重県から東京に出ることにして、救急を学べて、さらにメンバーに多様性があると定評の東京医療センターで研修を行うことにしました。
救命センターで勤務する中で、人工透析をしている患者さんを診療することが多く、治療をしても何度も心不全などで救命センターに戻ってくる事例も多く遭遇しました。
医師は困っている人を救うのが使命だというのはもちろんだと思います。そして研修医時代の先生方やコメディカルのスタッフは目の前の患者さんを救うために一生懸命尽力されていました。一方で私は、現場の献身性で成り立っているこの構造を無条件で是とする考え方には違和感がありました。そして学生時代と同様にこの違和感を大切にすることを心に決めました。
とはいえ、患者さんは多くの苦労をしながらも一生懸命日々の生活を送られているのも事実です。中には先天的な病気が原因の方もいらっしゃいますし、貧困がベースとなり過重労働が続き医療機関に受診できない方もいらっしゃいました。一方で当時透析患者さんを自業自得と書いたブログが話題になり議論を呼ぶなど、日本を取り巻く社会保障の負担を問題視する意見が暴論も含めてさまざまあることも感じていました。今回も現場にいながらも一歩ひいて社会問題を俯瞰して自分にできることを探してみようと思って、専門は腎臓内科にすることにしました。
その後、千葉東病院、東京北医療センター、ふくだ内科にて腎臓内科医としてのキャリアを積んでいきました。これらの医療機関は腎臓内科の専門性が高く、千葉東病院の統括診療部長であり腎センター長の今澤俊之先生をはじめ、尊敬すべき先生方が多くいらっしゃいました。このまま腎臓内科のスペシャリストの道を極めていく、という選択肢もあったかと思います。しかし、研修中に腎臓の状態が非常に悪化した患者さんを診ることが数多くあり、「手遅れになるまえに生活習慣病の段階で治療介入ができていれば……」と強く思うことが多々ありました。やはり、この問題の根本を解決するためには、病状が悪化する前の早いタイミングから患者さんを診る必要がある、そうした思いから自らこのクリニックを開業しようと考えるようになりました。
充実した毎日を送る中で大きな病院での医療に限界も感じていました。日本の腎臓専門医は数が少なく、役割は腎臓が悪くなった患者さんを専門的に診療することです。そのため前段階のフィールドで診察をしたいと考えるようになりました。加えてメディアでの情報発信や腎臓リハビリテーションなど、診療報酬が限定的であるため、経営面で採算が取りにくい診療にも興味があり、色々考えた結果経営者として携わることで実現できるのではないかと考えました。もともと社会課題への取り組みをするために組織の意思決定者を自分にして取り組むのが自分の在り方のように思い、クリニック開業を決めました。中でも、東京都北区は東京都の中で最も透析患者が多く、隣接する埼玉県も腎臓内科医の数が少ないエリアです。この地域で多くの腎臓疾患を抱える患者さんを診ることで、それを取り巻く社会課題にも立ち向かっていけるのではないかと考え、腎臓疾患に特化したクリニックとして、この地に開院することになりました。
腎臓を取り巻く疾患は長期にわたって向き合っていかなければなりません。私は患者さんに医学的に正しい情報を伝えるだけでなく、その方が置かれている状況を考慮しながら、腎臓疾患と共に生きていく方法も考えていきたいと思うようになりました。
その一例として、当院で取り組んでいる食事療法の指導が挙げられます。失った腎臓の機能を元に戻すことは難しいのですが、正しい食事療法を行うことで病気の進行を抑えることは可能です。腎臓病の初期段階においては食生活のコントロールが重要なのですが、医師からは「塩分、たんぱく質、リンを多く含んだ食材の摂取は控えましょう」と言われても、1日3食、何を食べればよいか、イメージしにくいのではないでしょうか。以前は、慢性腎臓病(CKD)の患者さんが運動するとたんぱく尿が増加し腎障害が悪化するといわれ、なるべく安静を保つことが推奨されていました。しかし最近の研究では、適度な運動は腎機能の低下を防ぎ、透析などの腎代替療法への移行を遅らせること、さらには死亡率も下げることが明らかになっています。
そのため、当院には生活習慣病領域を専門とする看護師・管理栄養士・作業療法士を在籍させ、医師の診察→作業療法士による運動のアドバイス→管理栄養士による食事の指導→専門の看護師の指導といったように、それぞれの専門家がスムーズなバトンリレーをしながら治療をする方式を採用しています。クリニックで管理栄養士、作業療法士を常駐させているところは珍しいと思います。でも、そうした専門領域を持った人たちと手を組んで初めて、患者さんにとって本当に適切な医療が提供できると思っているので、そのような体制を取っています。
繰り返しますが、残念ながら腎臓を再生させることは難しく、長い時間をかけてこの病気と付き合っていくことになります。クリニックではスタッフ一丸となって負担なく日々の生活を送ってもらえるように支援していきたいと思います。健康は目的ではなく、幸せになるための資本だと思っています。そのため健康になるために厳しい食事制限を続けるのは本末転倒です。
腎臓病の患者さんだけでなく、世の中のみなさんに腎臓病の問題を身近な問題として感じてほしいため、クリニックのHP*1での情報発信、Youtubeや自社メディア*2などでも情報発信をしています。そうした活動の中から、日々学ぶことも多いです。今後は日本に限らず、日本で学んだことを世界でも提供できないか、準備などもしています。世界で学んだことを再び日本に持ち帰り、また患者さんに還元できるとよいなと思っています。
*2 じんぞうの学校
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