子どもの嘔吐は、様々な原因が考えられます。心配する必要のない原因で吐いていることも多くありますが、原因によって対応法も異なってくるため、原因をしっかりと見極めることが必要です。(重症なサインの見極め方は『子どもの嘔吐―子どもが突然吐いてしまったとき どんなサインに注意する?』)子どもの嘔吐の主な原因について、都立小児総合医療センター救命救急科医長の井上信明先生にお話をお聞きしました。
体内に入った飲食物は消化器官(口腔・食道・胃・腸)を通過する過程で消化され、小腸および大腸で栄養素や水分が吸収され、最終的に、肛門から糞便という形で排泄されます。この腸管が閉塞してしまう状態(管が詰まった状態)になると、飲食物が物理的に先に進めなくなり、嘔吐することもあります。また、不快なにおいや味、乗り物酔いのような体のバランスが崩れるようなことなど、何らかの原因で脳にある嘔吐中枢(嘔吐を体に命令するところ)が刺激されると、私たちは「気持ち悪い」と感じます。このように嘔吐中枢が刺激されることでも、嘔吐は起こります。
子どもが嘔吐する原因は様々であり、年齢によっても考えるべき原因が異なるため、一概に述べることはできません。感染症や頭部打撲など、しっかりと原因を見定め、それに見合った治療をしていくことが重要となります。
最も多い原因はウイルス性胃腸炎、細菌性胃腸炎を代表とする感染性胃腸炎です。胃腸炎では通常胃の動きが停滞し嘔吐が始まります。その後炎症が腸に及ぶと下痢が始まります。
ロタウイルスによる胃腸炎は乳児に多いことで有名です(ただしワクチン接種がすすめられていますので、今後その数は減っていくことが予想されます)。その他、ノロウイルスや夏場に流行るエンテロウイルスなどもウイルス性胃腸炎の原因となります。細菌性胃腸炎は一般的に腹痛・発熱・下痢を主症状とし、便に血液が混じることもあります。胃腸炎を起こす感染症はその他にもありますが、多くは細菌かウイルスに感染することによって発症します。
胃腸炎以外の嘔吐の原因には、腸閉塞(腸重積)、尿路感染症、外傷、精巣捻転、アセトン血性嘔吐症、薬剤などがあります。
尿路感染症は、尿の通り道(尿路)である膀胱、腎臓に細菌が感染することで発症する病気です。炎症が起こっている部分によって、上部尿路感染症、下部尿路感染症に分けられます。1歳未満の男の子、4歳未満の女の子が発症することが多いとされます。尿路感染症は、嘔吐だけでなく、発熱、尿意が頻繁に起こる、排尿痛などの症状で始まることが一般的です。尿路感染症は、抗菌薬による治療を行います。
頭をぶつけることにより脳が激しい衝撃を受ける脳しんとうでも、嘔吐中枢が刺激され、嘔吐することがあります。頭を打ったあとの嘔吐で注意しなければならないのは、頻回の嘔吐を短時間に繰り返すことです。そのようなときは頭蓋内に出血している可能性があるため、早急な対応が必要とされます。
脳炎や髄膜炎など、頭蓋内の感染症でも嘔吐することがあります。ただしこの場合は発熱や頭痛を同時に訴えることが一般的です。頭痛を訴えることができない乳児では、非常に不機嫌になったり、ミルクの飲みが悪くなったりすることもあります。脳炎では異常な言動がみられることもあります。
自家中毒とも呼ばれるものです。一般的には運動会や遠足、また風邪などで消耗したあと、食事をしっかりと摂らずに寝てしまった翌朝に嘔吐してしまいます。これは体内の糖分が足りなくなって脂肪分が分解される状態になることに関係しており、糖分が足りないためにぐったりし、脂肪分の代謝産物が蓄積することで発症すると言われています。
重症なアレルギー反応の症状のひとつとして嘔吐することもあります。この場合、食後数時間以内に嘔吐や腹痛がみられ、一般的にはかゆみを伴う発疹がみられます。呼吸障害やショック状態になることもあり、至急対応する必要があります。
赤ちゃんの場合は、ミルクを飲んだ後の溢乳もよくあります。溢乳とは、赤ちゃんがミルクを大量に飲んだときや授乳後におなかを圧迫するような運動をしたとき、ミルクを戻してしまうことです。溢乳は、赤ちゃんの食道と胃の間にある胃内容物の逆流を防ぐ筋肉が十分に発達していないことが原因で起こるため、慌てる必要はありません。授乳時に飲み込んだ空気と一緒にミルクを吐く事もあります。一方、1ヶ月前後の赤ちゃんが大量にミルクを勢いよく吐き出す吐乳(とにゅう)の場合は肥厚性幽門狭窄症など別の病気が原因となっていることもあるため注意が必要です。
子どもが突然吐いたら、すぐに小児科に受診したくなるかもしれませんが、上記に挙げたように、嘔吐の原因は胃腸炎を主にして、様々なものが考えられます。
稀ではありますが、嘔吐の中には重大な疾患が隠れていることがあります。『子どもの嘔吐―子どもが突然吐いてしまったとき どんなサインに注意する?』に述べた重篤なサインに注意して、繰り返しお子さんの様子をみることが大事です。前項に挙げるような状態が疑われるようであれば、すぐに救急車を呼んで病院を受診すべきですが、そうでなければ一般的には小児科外来を受診されるとよいです。ただ頭部打撲などの外傷は、小児科の診療対象外であることもあるので、受診の前に相談されるとよいでしょう。
「こどもの様子がおかしい」と思ったときは、日本小児科学会が運営する「こどもの救急(ONLINEQQ)」も参考にしてみてください。
【先生方の記事が本になりました】
国立国際医療研究センター 国際医療協力局 人材開発部研修課
1996年奈良県立医科大学を卒業後、2002年に小児救急を学ぶために渡米。アメリカおよびオーストラリアで小児救急医療に携わった後、2010年1月に帰国し、都立小児総合医療センター救命救急科医長に就任。2016年より国立国際医療研究センター 国際医療協力局 人材開発部研修課。自らを「子どもの救急医」と称し、内科的分野から外傷など外科的分野まで、子どもに関するあらゆる疾病を診察する。日本で数少ない小児救急医の一人であり、日本に北米型小児ERを普及するべく活動している。その一方で、地域医療や国際保健活動にも積極的に携わる。多くの後進の小児救急医を育成しており、その教育を受けるべく全国各地から若手医師が集う。
井上 信明 先生の所属医療機関