院長インタビュー

地域医療のメッカを目指す兵庫県立柏原病院の取り組みと秋田穂束院長の人材育成にかける思い

地域医療のメッカを目指す兵庫県立柏原病院の取り組みと秋田穂束院長の人材育成にかける思い
秋田 穂束 先生

兵庫県立柏原病院 院長

秋田 穂束 先生

この記事の最終更新は2017年05月18日です。

兵庫県立柏原(かいばら)病院は、兵庫県神戸市から車で1時間半ほど東部に位置する丹波市にある県立病院です。実はかつて、柏原病院は医師の減少と教育機能の低下により医療崩壊を起こしています。しかし2013年に現院長の秋田穂束先生が赴任されてから教育体制が一新され、今では兵庫県内をはじめ、他府県からも数多くの研修医や医学生が集まる教育機関となりました。さらに2019年には柏原赤十字病院と統合再編され、包括的な医療を提供する「地域医療のメッカ」として、日本で例のない新しい形の新病院が丹波地域に誕生するといいます。秋田先生が一度医療崩壊に陥った柏原病院をここまで再生できた理由は、先生の「教育」にかける熱い思いにありました。今回は柏原病院院長の秋田穂束先生に、赴任時より行われてきた診療機能改善への取り組みと、丹波地域医療の新しい構想モデルについてお話しいただきました。

柏原病院は、元々結核患者の専門治療を行う医療機関として誕生しました。病院のある丹波市は緑が多く空気が澄んでいるため、呼吸器疾患の患者さんの治療場所としては最適な環境だったのです。その後、一時は300床以上を有する総合病院として発展し、常勤医師数は43名に上りました。

しかし、2004年の新臨床研修制度の開始を契機に、柏原病院は医療崩壊を経験することになります。医療崩壊とは、医師不足や供給側の士気の低下などによって医療供給体制のバランスが崩れることを指します。これによって2008年には柏原病院の病床数が半分以下に削減され、常勤医師数は20名、内科医も6名にまで減少しました。

医療崩壊が起こってしまった最大の原因は、教育機能の低下による医師の減少にありました。

若い医師が疲れているような姿

当時の柏原病院は「先輩の姿を見て学べ」という昔ながらの教育がなされており、十分な教育が行われていませんでした。また研修医をマンパワーとみなして酷使していたために彼らが疲弊し、柏原病院を去ってしまうケースが多発していました。2005年に8名いた研修医も2008年にはいなくなってしまいました。

また、医療の専門分化による臓器別の診療体制の確立も関係していました。臓器別の診療体制は、総合的な診療能力の低下につながります。「自分は自分の専門分野しか診ない・診られない」という医師が増えたため、相対的な医師不足が加速したのだと考えられます。こうした状況が続いた結果、柏原病院の診療機能は崩壊します。

人と人が手を取り合う姿

丹波地域は高齢者の割合が非常に多く、核家族化や老老介護が進んでいる現状があります。

高齢者は単一疾患ではなく、複数の病気を抱えている方が多いので、一つの臓器だけを診ていても患者さんの状態はよくなりません。しかし、当時の柏原病院では専門分化された臓器別の診療がなされていたため、複数の病気をもつ高齢の患者さんに対して適切な医療が提供できていない状況だったのです。

高齢化と核家族化が進む丹波地域の医療を守るためには、既存の臓器別の医療ではなく、患者さん一人一人の状況や体調に応じた総合診療を行う「全人医療」へとシフトする必要がありました。

そのためには機械的に検査や投薬をするだけではなく、患者さんの訴えを聞き、顔を見て体を触るという診察が最も大事になります。ところが大学病院のような臓器別の医療体制の場合、全人医療の教育が行われません。急性期の治療だけに特化し、回復期や慢性期以降は各地の後方病院や診療所に患者さんを戻してしまいます。確かに都会であれば各地にこのような医療機関が存在するので、こうした分業も成り立ちます。しかし、丹波地域のように各地に後方病院や診療所が少ない環境の場合は、一つの病院が急性期から回復後の生活の支援までを一手に担う必要があります。

柏原病院は単に病気を治療するだけではなく、患者さんがご自宅に帰った後の生活の支援までを行う「地域医療のメッカ」となる必要があると考えました。そのためには、あらゆる疾患を網羅的に診療できる総合診療医が必要です。

私が院長となった2013年から、地域医療と教育の拠点を作り上げるために、下記のような数々の施策を行いました。

2014年、柏原病院を地域医療推進施設としてPRするための「地域医療教育センター」を立ち上げました。センター長には元自治医科大学准教授で地元出身の見坂恒明先生を迎え、地域枠学生(県養成医)を大々的に募集したのです。

地域枠学生とは、卒後9年間にわたり兵庫県の指定する病院で働くことが義務付けられる代わりに、在学中の学費が一部免除される方々のことを指します。

彼らが10年目以降もこの地域で活躍し、地域医療を担う中心的存在となってもらうようなモデルを作りたいと考えています。

2005年、当時私が在籍していた神戸大学病院にアメリカよりClinician Educator(教育能力と臨床能力を兼ね備えた医師)のSoll教授を招き、研修医への教育をしていただきました。Soll教授は肺を専門とする医師ですが、総合診療医として幅広く内科領域を診察している実績を持ちます。将来的には、柏原病院で教育した研修医を彼のようなClinician Educatorとしてこの地域に輩出することが柏原病院の目標の一つです。

教育回診の様子

無線聴診器を用いた教育回診の様子。写真右が秋田穂束先生 画像提供:県立柏原病院

現代の研修医は検査やデータの数値だけに頼りがちで、患者さんの話を聞かない、また実際の心音や呼吸音を聞いても容体の変化がわからない、診察ができない傾向にあります。データを診なければ患者さんのことがわからない医師を、優秀な総合内科医とは呼べません。

柏原病院では研修医の診療レベルを磨くため、私自身が週に2回病歴聴取からの臨床推論に主眼をおいたカンファレンスと、週に一度研修医を連れた病棟回診(教育回診)を行っています。この際、研修医は無線聴診器を装着し、私が聴診器で聴く患者さんの心音や呼吸音を一緒に聴きます。こうした教育により、データ以外の情報から患者さんの容体を判断する能力を身に着けてほしいと考えています。このH&P(病歴と身体診察)が研修医として身につけるべき最も大事なスキルだと考えています。

医師として最も大事な能力とは、患者さんとの信頼関係を構築できるスキルです。大学で教わるようなデータの読み方や検査方法、単一臓器の解剖の知識だけでは、患者さんとの信頼関係は築かれません。一人の人間として患者さんの話に耳を傾け、その手で体に触れ、顔を見て診察をして初めて信頼関係を作ることができます。私は、若手の先生方や研修医にこのことをよく覚えておいていただきたいと考えています。知識は後からいくらでも身に着けられますが、患者さんに向き合う姿勢そのものは若い頃でなければ備わりません。

柏原病院は神戸大学と連携体制を築いており、神戸大学からの厚い教育支援・診療支援を受けています。研修医は定期的に派遣された神戸大学の先生方から、大学レベルの高度な医療について教育を受けることができます。

地域医療機関の総合内科医は診療レベルが低くなるのではないかと気にされる方もいるようですが、こうした連携体制を整えているため、柏原病院の診療レベルは神戸大学と同様極めて高い水準にあります。

2016年現在、柏原病院で研修を受けている研修医は10名、うち県養成医が4名です。彼らは柏原病院だけではなく、他の県立病院に行き来することができます。また柏原病院では、神戸大学や県立尼崎総合医療センター、県立西宮病院、県立加古川医療センターといった他施設からの研修医や神戸大学6年次生の学生実習を受け入れています。

このように、柏原病院には他の病院の人々と「混ざる文化」が構築されています。他の病院と交わることで柏原病院の研修医が外部の研修医から刺激を受け、反対に外部の研修医、医学生は丹波の土地の良さや柏原病院の診療レベルの高さを知るきっかけになります。さらに、この文化は病院同士の交流にもつながり、病院同士が互いに刺激を与えあいながらともに発展していくことができると考えています。

病院は総合力が重要ですから、医師の診療レベルが高いだけでは総合的な医療は提供できません。そのため最近では、コメディカルの育成にも力を注いでいます。多職種カンファレンスを実施して看護師や臨床工学士などにも情報を共有し、病院全体で総合力を高めています。

地域の方々と医師の触れ合いは、地域医療の振興に欠かせない取り組みです。柏原病院では、一般の方が自由に参加できる地域懇談会やお祭り行事を定期的に開催しています。病気の診察以外の場面で研修医と地域住民が交流することで、地域医療がさらに推進していくと考えます。

2016年10月1日に実施された柏原病院フェスタのポスター 画像提供:県立柏原病院

こうした取り組みを行った結果、最近では研修医間の口コミで柏原病院のことが広まり、人気の研修先として名前が挙げられるようになってきました。実際に研修医数も増加しましたし、外部の先生から「柏原病院の研修医は極めて診療能力が高い」といっていただくことも増えました。

柏原病院では総合診療を重視した研修を行っているため、研修医は自らの持つ知識を総動員しなければなりません。そのため、常にすべての領域に対する知識と実力が試されることになります。大学に比べると仕事量や覚えるべき知識が多く、きついと感じる方もいるかもしれません。そのぶん、強い熱意のある方にとっては最適な環境といえるでしょう。

医師と患者

地域医療の本質は、地域住民の病気治療だけではなく健康を守ることにあります。ですから急性期から回復期に至るまで、一つの施設で幅広い医療を提供することが求められます。だからこそ、あえて分業化の時代に逆行したオンリーワンのモデルを作りたいと考えています。

2019年に、柏原病院と柏原赤十字病院を統合再編した新病院が開設される予定です。この新病院は、急性期・回復期・慢性期といった機能分化傾向にある現代の病院とは真逆の形をとった施設になります。急性期の治療にとどまらず、疾患予防や健康維持、健康増進、そして日常生活への復帰支援といった包括ケアを提供し、トータルで地域住民の皆様の健康を守る医療を提供します。こうした形の病院は、全国的にもほとんど例がありません。

新統合病院を創設するにあたっての現在の課題は、脳神経外科と神経内科に常勤医がいないことです。現状、脳卒中で運ばれてきた患者さんは遠方の病院にお送りしているので、この点を早急に改善し、この地域内で脳卒中の治療が行えるようにしたいと考えています。

教育体制の一新により、柏原病院は非常に診療レベルが高く、優秀なスタッフが揃う施設に変化しました。今後は地域医療のメッカとしてさらに発展していくでしょう。研修医の方々には当院でしっかりと全人医療の教育を受け、地域医療の担い手として各地に羽ばたいていってほしいと思っています。地域医療に関わりたい、診療能力を磨きたいと考えている方はぜひ、研修先としてこの環境を利用してみてはいかがでしょうか。

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