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地域包括ケアシステムから、生活支援企業を巻き込む「地域包括ヘルスケアシステム」へ

地域包括ケアシステムから、生活支援企業を巻き込む「地域包括ヘルスケアシステム」へ

この記事の最終更新は2017年02月16日です。

厚生労働省が推進している地域包括ケアシステムでは、今後増加する高齢者に対して、その日常生活圏域をひとつの単位として医療や介護、生活支援などを一体的に提供することを目指しています。石川県七尾市を中心に能登半島で地域に根ざした医療を展開している社会医療法人財団董仙会・恵寿総合病院の神野正博理事長は、この地域包括ケアシステムをさらに拡大し、生活支援企業との連携を強化する「地域包括ヘルスケアシステム」を提唱しています。その具体的なビジョンについて神野正博理事長にお話をうかがいました。

以下にお示ししたのは厚生労働省による「地域包括ケアシステム」の概念図です。いろいろなところで引用されているので、ご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。しかし、この仕組みの中には、地域医療に携わっている私たちからみると心配な点もいくつかあります。

地域包括ケアシステム

(画像:神野先生ご提供資料より)

 

  • 日常生活圏域として中学校区をひとつの単位として想定しているが・・・
  • 患者さんはどこから来るのか?
  • 生活支援・介護予防の担い手は?

図の中心には、自宅やサービス付き高齢者向け住宅等で暮らす方たち、すなわち地域包括ケアの支援を受ける方たちがいます。その左側には、病気になったときの「医療」の受け皿として、急性期病院のほか、亜急性期・回復期のリハビリ病院などが示されています。

実際に私たち医療者のところにやって来る患者さんは、どこから来ているのでしょうか。急性期病院に限らず、かかりつけの開業医などの場合を考えても、ひとつの中学校区だけで患者さんが完結することはまずありません。

そして図の下の方には、いつまでも元気で暮らすための「生活支援・介護予防」が示され、その担い手は「老人クラブ・自治会・ボランティア・NPO 等」となっています。もちろん、この方たちは地域包括ケアシステムにおける「自助」や「互助」と呼ばれる部分を支える上で重要です。この部分では、基本的にサービス対価などの費用負担を伴わない助け合いが中心となります。

日中であれば町内会で認知症の方を見守ったり、寄り合い所を作ってボランティアの方がみたりすることは可能でしょう。しかし、深夜や早朝はどうするのかという問題があります。夜中まで「老人クラブ・自治会・ボランティア・NPO 」でみることは現実的には無理ですので、ホームセキュリティや24時間警備を行っている民間警備会社など、深夜帯にも仕事ができるプロフェッショナルが関わる必要があります。

ですから、イメージ通りに地域包括ケアシステムを運用していくことは、現実にはなかなか難しいのではないかと私は考えています。

この地域包括ケアシステムのイメージは、広島県の尾道市公立みつぎ総合病院がその原点であるとされています。かつて、尾道市御調町(みつぎちょう)にあった小さな公立病院に町の役場の保健師さんやボランティアステーション、訪問看護ステーションなどが関わり合いながら地域を支える仕組みが生まれ、地域包括ケアシステムのひとつのモデルとなったのです。

御調町は小さな町だったため中学校区もひとつしかありませんでしたが、その後、市町村合併により尾道市に編入されました。尾道市も地域包括ケアシステムの先行例として有名ですが、合併によってひとつの中学校区単位ではなくなってしまいました。地域包括ケアシステムの元となった御調町ですらそうなのですから、それぞれの地域の実情に合わせた、より現実的なシステムが求められるのではないでしょうか。

そこで私たちが進めようとしているのが、下図にお示しした「地域包括ヘルスケアシステム」です。これも元は厚生労働省が作った概念図がベースとなっています。

地域包括ヘルスケアシステム

(画像:神野先生ご提供資料より)

入院が必要な病気になったときには、図の左側の「入院医療」の部分に示されているように高度急性期から慢性期まで、さまざまな医療機関で医療を受けます。

この「入院医療」に対応する形で、図の右側には「介護」のセクションを示しています。ここには「在宅介護サービス」や「特別養護老人ホーム・老人保健施設」があり、「生活支援・介護予防」もここに含まれます。その担い手として、厚生労働省の案では「老人クラブ・自治会・ボランティア・NPO」だったところに私が赤い文字で追加したのが「病院・介護施設・生活支援企業」です。

つまり、私たち病院も「生活支援・介護予防」の担い手として、この部分を受け持つということです。ただし、それは医療保険の枠の外になる場合もあるかもしれません。また、介護施設に関しても、介護保険の範囲内でできること以外の部分については、介護保険の枠の外でカバーしていくことも含めて考えていきます。

スポーツクラブ

そして、ここで大切なのが「生活支援企業」です。たとえば、都会でもフィットネスクラブやスポーツクラブの日中の利用者は高齢者が主体となっていますが、この傾向は地方に行けばもっと極端なものになります。高齢者の方はフレイル(高齢者の虚弱な状態)の予防やコミュニケーション・仲間づくりのために通っています。こうした健康増進施設を運営しているのは、ほとんどが総合型スポーツクラブなどの営利企業です。これらの生活支援企業をもっと活用することが大切であると考えます。

24時間体制の高齢者見守りサービスのように、ボランティアだけではできない部分をカバーできるのは民間警備会社ですし、弁当の宅配サービスをやっている給食業者がお弁当を届けるときに安否確認をすることも見守りサービスになります。あるいはタクシー会社が夜間の駆けつけや安否確認業務で警備会社と提携するといった取り組みも実際に始まっています。

ドラッグストアでも、以前は医薬品しか売っていませんでしたが、今は紙おむつや歯ブラシなどの日用品から生鮮食料品まで扱うようになり、コンビニエンスストアのように生活全般をサポートするようになってきています。調剤薬局を兼ねるドラッグストアでは、薬を届けるときに生活用品を一緒に届けることもできます。

このように生活支援企業はさまざまな業種に及んでいます。それらを含めて図中のグリーンの範囲全体をカバーし、中心にいる患者さんや家族が垣根なくサービスを受けられるようにするのが私の理想とするところです。もちろんこのネットワークはひとつの中学校区単位では収まりません。その範囲はいわゆる二次医療圏や、あるいはひとつの都道府県に相当するような広い範囲になるのではないかと考えます。

さまざまなサービスを繋げることを考えていくと、特別養護老人ホームや老人保健施設も中学校区に必ずひとつあるわけではありませんから、もっと広い範囲を想定する必要があります。そこまで広げてこそ、いろいろなサービスや支援を繋げることが考えられます。ですから、私たちの事業は「点」ではなく「面」で展開しているのです。

たとえば東京で他の病院の面倒をみてほしいと言われても、基本的に受けることは考えていません。それは、拠点を増やす「点」での展開ではなく、いかに「面」で広げていくかというのが私たちのアプローチだからです。先に述べた生活支援企業の役割などは私たちがカバーできない部分ですし、このヘルスケアシステム全体を私たちが手がけることが必ずしも最善であるとは思いません。企業だけでなくさまざまな役割を持った組織や団体があるのですから、志を同じくして手を結べるところとは幅広く連携していくべきであると考えています。