人工心臓は、心臓に重い病気をもつ患者さんのための医療機器で、心臓のポンプ機能の代替や補助をします。
人工心臓の研究をリードしてきた茨城大学では、20年以上にわたって磁石の力を用いた磁気浮上型人工心臓の研究・開発が進められてきました。今回は、その磁気浮上型人工心臓について茨城大学工学部長の増澤徹先生にお話を伺いました。
人工心臓とは、重篤な病気に陥った心臓の機能を機械的に代替または補助する装置のことです。その人工心臓は、全置換型人工心臓と補助人工心臓の大きく2つの種類に分けられます。
全置換型人工心臓は、自分の心臓を取り出して、その空いた場所に挿入する機器です。
補助人工心臓は、心臓移植を受けるまでのつなぎとして、自分の心臓は残したまま心臓のポンプ機能を補助する機器です。心臓の病気のなかでもとりわけ左心室の動きが悪くなると、全身に血液を送れなくなってしまいます。そのため、左心室に脱血管という管を挿して、そこから血液をひいて人工的なポンプで動脈へ送り血流を促す仕組みです。2018年現在は、補助人工心臓が主に使用されています。
重篤な心臓の病気の治療法として心臓移植という手段があるものの、ドナーの数には限りがあります。心臓移植を待つ方のQOL(生活の質)を上げるために、よりよい補助人工心臓がますます必要になってきています。最近では、iPS細胞など再生医療による自己心臓そのものの治療技術の開発が進められています。しかし、それらの治療技術の確立にはまだ時間が必要ですし、実現されても再生医療が効果を発生するまでの期間、機械的な補助人工心臓による循環補助が必要となります。
世界で最初に作られた補助人工心臓は、空気圧で拍動をする拍動流型補助人工心臓でした。
しかし、拍動流型補助人工心臓には、耐久性が低い、血栓ができやすい、人工弁が高額、小型化に限界があるなどの課題がありました。こちらのポンプは可能な限りその欠点をクリアして、2018年現在臨床に使われているポンプですが、残念ながら100%完璧なものであるとは言えません。
次に拍動流型血液ポンプの問題を解決するために、連続流型血液ポンプが開発されました。連続流型血液ポンプでは、拍動をしないタイプのポンプを使用します。連続流型血液ポンプは、軸受(回転する軸を支える部品)を用いて、インペラと呼ばれる羽根車を回すことで血液を送り出す仕組みです。本ポンプを用いた連続流型補助人工心臓は拍動流型補助人工心臓とは駆動方式が異なり、人工弁も必要なく小型化が図れるようになりました。
しかし、このポンプではインペラが回転することで、軸受と軸が接触して熱が発生したり、血液中の赤血球がすり潰されたりすることがありました。こうした熱の発生や、赤血球の破壊は、溶血*1や血栓*2を起こすリスクにつながりました。
1 溶血:赤血球が壊れて、赤血球の中のヘモグロビンが流出すること
2 血栓:血液が異物反応や熱により固まり凝縮すること
改良が重ねられた結果、摩擦を減らすことができる動圧軸受が用いられ、短期間の使用であれば十分なほどになりました。
しかし、血栓ができやすい体質の方でも長期間使用できる補助人工心臓にするためには、課題がまだ残っていました。
磁気浮上型人工心臓は、溶血や血栓など従来の人工心臓の課題を解決するために開発されました。磁気浮上とは、磁石の金属を引きつける力を利用して物体を浮かせる技術です。
日本や欧米などでは、実際に磁気浮上型補助人工心臓が使われています。
磁気浮上型人工心臓のメリットは、何といっても血球成分が壊れにくいところです。
インペラは磁気によって浮いて回るため、どこにも接触しません。合わせて磁石の力で浮上させるために血液が流れる間隔を広くとれるため、赤血球がすり潰されることがありません。
回転させるモータ部分に熱が発生することはあるものの、血液が固まらない人肌程度の温度に抑えることができます。このように、磁気浮上型人工心臓のポンプは血液への影響が少ないといえます。
また、磁気浮上では常にインペラの浮上位置を制御しているため、低速から高速回転までどの回転状態でも安全にインペラを浮上回転維持できるという点もメリットです。
体外設置型磁気浮上補助人工心臓は、体の外に設置する補助人工心臓で、患者さん自身の心臓のポンプ機能を回復させることを目的に開発しました。
このポンプは、通常の補助人工心臓の2倍以上のポンプ性能を有しています。よって体外接続でも余裕を持ってインペラの回転速度を、残っている自分の心臓の脈に合わせて変えることが可能になっています。自己心拍に合わせてポンプの駆出量制御(回転速度制御)を行うと、自己心臓自体に流れる血液量を増やしたり、心臓の仕事自体を減らしたりすることが可能になり、自分の心臓の治りも早くなるという報告があります。
将来的に、磁気浮上型補助人工心臓をつけて自分の心臓を休ませて、治ったら取るという治療もできるようになるかもしれません。
血液への影響が少ない磁気浮上型人工心臓ですが、感染症を起こすリスクがあるという課題があります。
当たり前の話ですが、人工心臓は、常に電力(エネルギ)で動かさなければなりません。今の技術では、そのエネルギを体外から常に送る必要があります。また、体内の人工心臓の状態を監視したり、制御したりするためには、体内と体外の情報のやり取りが必要となります。そのため、現状では体の中の人工心臓と外を結ぶケーブルが必要です。
このケーブルは、体の中から外へ皮膚を貫通するため、貫通部分に感染症を起こすリスクがあります。感染症は、今の医学技術でも予防や治療が難しいもののひとつです。
装置のすべてを体内に完全に埋め込む人工心臓は、まだできていません。いかにケーブルを用いずに、体の外から無線でエネルギや信号を送れる人工心臓を作るかが今後の課題です。
私の研究室の大きな目標は、磁気浮上型人工心臓の基本的な原理を確立して、実用化できるサイズに落とし込み十分な性能のデバイスを実現することです。
21世紀に入り、補助人工心臓の臨床応用が進められていますが、人工心臓に代表される機械的循環補助デバイスは、まだいろいろな解決すべき技術的課題を抱えています。これから、患者さんの病態や体の大きさに応じて最良な循環補助治療を提供できる機械的循環補助デバイスが開発できるように研究を進めていきたいと考えています。
一人ひとりの患者さんの状況に合わせることができる人工心臓ができれば、よりよい治療につながり、患者さんのQOLを上げることができるはずです。
将来的に、IPS細胞など再生医療で心臓を作ることができるようになるかもしれません。
しかし、小さな細胞が必要な心臓の大きさに育つまでは何年もかかる可能性があります。再生医療で心臓ができるまで、またはドナーがみつかるまでは、人工心臓で心臓の機能をなんとか補助しながら待つ形になればよいと考えています。
心臓の病気に限らず、病気を持つ患者さんとそのご家族の方は本当に大変だと思います。
少しでも、そのような困っている方たちの役に立つことができればと、一生懸命研究しています。
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