もう二度と、彼女のような患者さんを生みたくない

横浜市立大学 教授 (大学院医学研究科 顎顔面口腔機能制御学)
藤内 祝 先生

もう二度と、彼女のような患者さんを生みたくない

切らずに治す新しい口腔がんの治療法を生み出した藤内祝先生のストーリー

公開日 : 2017 年 12 月 27 日
更新日 : 2017 年 12 月 27 日

偶然の選択で、医療の道へ

現在、私は大学の口腔外科の教授として教室員の研究や臨床、学生の教育に励んでおり、特に口腔がんの治療に力を注いでいます。

しかし、学生時代はまったくといっていいほど勉強しておらず、クラブ活動や麻雀に明け暮れていました。かろうじて大学を卒業した私は、やっとの思いで名古屋大学の口腔外科学教室へ入局しましたが、この医局で劣等生だった私を変える運命的な出会いを果たすことになります。

恩師に出会って変わった劣等生

入局した医局には、恩師と呼ぶにふさわしい口腔外科医がいました。それが、名古屋大学の教授であった岡先生です。私は、岡先生のすべてを尊敬していました。誰からも慕われる人柄はもちろんのこと、研究者としても、教育者としても、医師としても一流の口腔外科医でした。

一方、入局当初の私ときたら、学生時代の勉強不足がたたり劣等生です。情けない話ですが、学位や博士号という言葉の意味さえ詳しく知りませんでしたし、教授が何なのかさえあまり理解していませんでした。

しかし、岡先生はそんな自分に対しても、非常に親身になって面倒を見てくれました。恩師の厳しくも温かい指導は、私の心を動かすには十分でした。それから私は、人生が一変し研究や臨床に励むようになります。

「医師としての意識」は最初の3年間で決まると私は思っています。「社会人になってからの3年間は重要である」とよくいわれますが、それは医師も例外ではありません。

知識の量は努力の数に比例します。毎年努力を重ねれば、それだけ知識は増え続けます。しかし、「医師としての意識」はそれとは性質が異なります。これは私の持論ですが「患者さんを何よりも大切に扱う」「患者さんの目線に立った医療を提供する」など、医師としての意識の部分は最初の3年間である程度固まってしまうと思うのです。

この医師として大切な期間を、心から尊敬し見習いたいと思える恩師の元で過ごすことができた自分は、非常に幸運だったと思っています。

口腔がん患者さんの切実な思いに触れる

恩師を始めとするたくさんの方のおかげで、なんとか一人前の口腔外科医になった私は患者さんの治療に力を注ぐようになりました。そんな私に大きな転機が訪れます。それは、ある口腔がん患者さんとの出会いがきっかけでした。

それは若くして口腔がんに罹患してしまった32歳の女性。その方は、がんの切除さえすれば治る見込みのある患者さんでした。しかし、ご本人が頑として舌の切除を拒否されたのです。私は患者さんのご主人を始めご家族と一緒に懸命な説得を続けましたが、それでもがんの切除が行われることなく、最終的にその方は亡くなってしまいました。

当初、私は、手術自体が嫌なのだと思っていました。しかし、それは私の単なる思い込み。実は、患者さんにはもっと切実な思いがあったのです。

それは、その女性がお亡くなりになる数週間前のこと、こんなことをおっしゃったのです。

「お腹だったら、いくら切ってもらっても構わない」

彼女は、顔に傷がつき、見た目の問題が残ることを懸念されていたのです。そのとき、私は、口腔がんが患者さんに与える恐怖や不安を改めて知りました。舌を切除し、がんを切れば確かに病気は治るかもしれません。しかし、これですべての患者さんが救われるわけではない。

今から考えると、この出来事が私の考え方を大きく変えました。

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横浜市立大学 教授 (大学院医学研究科 顎顔面口腔機能制御学)

藤内 祝 先生

口腔癌治療における第一人者として横浜市立大学口腔外科学教授を務め、同教室を率いる。口腔癌領域の手術、化学療法、ハイパーサーミア、遺伝子治療のほか、超選択的動注化学療法を用いた「切らない治療」におけるオピニオンリーダー。

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