DOCTOR’S
STORIES
基礎研究で蓄積してきた知識を診療に生かす松原 長秀先生のストーリー
幼い頃は英語が好きだったこともあり、将来は海外で活躍できるような職業に憧れていました。それが、何をきっかけに「医師になりたい」という思いに変わったのか、今となっては覚えていません。しかし、医師を志してから現在に至るまでのなかで、消化器外科として、特に大腸がんについての研究や診療に力を入れるようになったことは、何かの巡り合わせだったのだと思わざるを得ないのです。
愛媛大学の医学部を卒業した私は、1983年、当時の岡山大学第一外科に入局し、消化器外科領域の臨床と研究を行っていました。その後、1991年から2年間アメリカへ留学したのですが、当時の私は、消化器外科領域のなかで特に大腸に興味があったというわけではありませんでした。しかし、留学先での上司だったオブライエン先生が「大腸の研究をやってみなさい」とテーマを振ってくださったのです。こうして振り返ってみると、そのときから私の不思議な巡り合わせが始まったように思います。そのまま留学先では主に大腸がんに関する研究を続け、岡山大学へ戻った際も大腸がんの研究を中心に、研究生の指導にあたることになりました。
留学から帰国した翌年、岡山大学の主催で日本癌治療学会が開催され、海外からヘンリー T.リンチという先生が招かれました。その際、アメリカで大腸がんの研究をしていたという理由から、私はリンチ先生の身の回りのサポートを任されたのです。これは後々知ったことだったのですが、リンチ先生は遺伝性大腸がんのひとつである“リンチ症候群*”の概念を確立した先生でした。リンチ先生が日本で過ごす間、さまざまなお話を聞かせていただき、徐々に“遺伝性の大腸がん”に興味を持つようになっていきました。
こうしてさまざまな偶然が重なり、私は遺伝性の大腸がんの世界へとのめり込んでいきましたが、もっとも衝撃的だったのは、自分自身がリンチ症候群の遺伝家系だと気付いたことでした。幸い、私には遺伝していなかったのですが、父が50歳のときに大腸がんで亡くなっています。私に近い身内の一人も仕事で海外に赴任する直前だった51歳のとき、大腸がんであることが発覚しました。手術は私が担当し、無事に命を救うことができました。彼はがんが発覚する少し前から血便を訴えていたため、再三「早く検査をしなさい」と伝えていました。もしも私が医師ではなかったら、さらには大腸がんを専門にしていなかったら、がんの発見が遅れ、命を落としていたかもしれません。手術後は、私の外来で定期的に検診していますが、何度か早期大腸がんが発生したものの、その都度大腸内視鏡で切除し、現在も元気に社会生活を送っています。このような事実に気付いたとき、私が医師となり今の専門領域を選択したことは、まさに不思議な巡り合わせだったのだと強く感じました。
*リンチ症候群:大腸がんや子宮体がんなどを発症するリスクが高まる遺伝性の病気
私が遺伝性の大腸がんに関して研究を行うなかでは、リンチ先生のほかに、浜松医科大学で外科教授をなさっていた
そういった意味では、私は非常に周囲の方々に恵まれていたと思います。馬場先生や留学時代の上司は人間的にも尊敬できる方で、偉い立場にありながら、誰に対しても分け隔てなく“同じ志を持つ研究者”として普段はフランクに、しかし、求めるべき点はしっかりと求める、という接し方がとても印象的でした。
そうした考え方には非常に影響されており、患者さんや病院のスタッフに対しても同じ目線で“素直に接する”という心がけにつながっています。また、後進に対しては、患者さんはもちろん周囲のスタッフを大切にすることの重要性を伝えるなど、技術面だけではなく、人間的な成長をしてもらえるよう指導をしています。
そのほかに気を付けているのは、患者さんに対しては、できるだけ専門用語を使わずにお話しするという点です。何よりも患者さんに自分の病気について理解していただくことが一番重要なので、患者さんに伝わらない言葉では意味がないと思っています。そのような観点で言うと、現在はインターネットの普及で病気のことを事前にかなりしっかりと調べてから来院される患者さんもいらっしゃいます。そういった方には少し踏み入ったお話をすることもありますし、その一方で、まったくその病気を知らない患者さんであれば、基本的な情報から丁寧にかみ砕いて説明するようにしています。
治療にあたっては当然医師も力を尽くしますが、患者さんご自身に注意いただきたいことなどもあるため、患者さんの協力は必要不可欠です。だからこそ、患者さん一人ひとりに合わせて、どうしたら病気のことを理解していただけるか、ということを考えています。
医学の基礎研究を行うということは、うまくいけば世界中の何千、何万人もの患者さんを救うことにつながる場合もあります。私自身、現在所属する病院へ来る前はずっと大学病院におり、研究と臨床の両方を行っていました。その一方で、臨床の現場でコツコツと目の前の救える命を救い続けることの大切さ、難しさも日々感じていますし、それが今の私の医師としてのやりがいになっています。
また、同時に臨床で働く医師が知的好奇心を持ち続けるなど、研究者としてのマインドを持つことの重要性も感じています。最近では、私がかつて研究していた分野が実臨床に応用され始めてきたという実感があります。こうしたことを実感できるのは、これまで研究をしてきたという基盤があるからこそだと思いますし、非常に面白さを感じている部分です。“昔の常識は今の非常識”という言葉もありますが、医療の世界では特にそれが顕著なのではないかと思います。だからこそ、医療の進歩において行かれることがないように、そして何よりも患者さんを治療するにあたって役に立つ知識を取り入れ続けたいですね。どんなときも、目の前の患者さんに対して誠実に、一つひとつの命に向き合っていきたいと思っています。
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