子どもの頃から“おじいちゃんっ子”でした。医師を選んだのも、祖父の病気が大きなきっかけです。高校3年生のある日、隣棟に住んでいた祖父の容体が急変し、救急車で搬送されることになりました。神経の難病を抱えていた祖父は、それまでにも治療を受けていましたが、まさか突然救急車で運ばれるような事態になるとは思ってもいませんでした。救急車に乗せられるとき、祖父は私に向かって一言「順、助けてくれ」と。その言葉を聞いても何もできず、ただただ大きなショックを受け立ちつくすのみでした。
結局そのまま祖父の病状は悪化し、最終的に亡くなりました。“なぜこんなに近くにいたのに気付いてあげられなかったのだろう”という強い後悔におそわれたことを覚えています。大好きだった祖父に何もしてあげられなかった。そんな自分がとにかく歯がゆかったのです。
このときに感じたどうしようもない歯がゆさ。それが1つのきっかけとなり医師に興味を持った私は、浪人して受験勉強に勤しみ医学部への進学を果たしました。
山梨大学の医学部を卒業した後は、東京大学医学部附属病院の胸部外科講座に入局。自身の技術を磨き、診療や手術を通して直接患者さんへ還元することができる“臨床家”として生きていくことを希望していました。
入局当初は、少なからず憧れを抱いていた心臓外科を専門にしようと考えていました。心臓外科医であればダイナミックな手術に携わることができますし、持ち前の手先の器用さも生かせるのではないかと考えたのです。しかし、実際に心臓外科医の先輩たちを目の当たりにすると、本当に自分に適した分野なのか徐々に迷いが生じました。迷いの中で、所属していた胸部外科の医局のつながりで、さまざまな呼吸器外科医の先輩たちとお話しさせていただく機会を得ました。このような交流を通して呼吸器外科の世界も面白いと思うようになっていったのです。
結局、入局後の約8年間は、心臓外科と呼吸器外科、並列してどちらにも携わっていました。最終的には呼吸器外科を選択するに至るわけですが、心臓の手術の経験は、呼吸器の手術を専門とするようになってからも大いに生かされています。たとえば、心臓外科の手術に従事したことで、心臓と肺の関係などの理解にもつながっています。その結果、手術でトラブルが起こったときにも、その原因が分かったり迅速な処置につながったりするなど、心臓外科での経験を患者さんにフィードバックすることができていると感じます。
現在、私はNTT東日本関東病院の呼吸器外科部長および呼吸器センター長として、手術や診療、後進の育成に従事しています。
呼吸器外科を自身の専門にして幸せだといつも思っています。私の母は手先が器用で、その遺伝なのか私自身も幼い頃から細かい作業が得意でした。自分で言うのもおこがましいですが、この特性は、手術時に細かい操作を必要とする今の仕事に少なからず生かされていると思います。また、肺の手術は非常に興味深く、やりがいがあります。手術の考え方が無限で、患者さん1人ひとりに合わせたさまざまなアプローチが可能なのです。
さらに、近年肺がんの手術などで用いている手術支援ロボットでは“1人の相棒”を手に入れたと思っています。ロボット手術のメリットは、3Dカメラによる視野の拡大などによって安全で死角が少ない手術が可能となる点です。結果、手術時間が短くなり出血量も少なくなります。術後の回復も従来の開胸手術と比べて早いです。このようにロボット手術にも積極的に取り組みながら、患者さん1人ひとりの状態に合わせて、ダメージの少ない手術を提供するよう努めています。
手術を丁寧に行うことはもちろんですが、それ以上に大切なことは、病気や治療について患者さんへ丁寧に説明することであると思っています。
たとえば、手術前に患者さんとお話しするときには、患者さんの手術に対する不安を少しでも取り除くよう努めています。私は、患者さんによって話す内容を少しずつ変えています。言うべきことを1から10まで伝えることが必ずしも全ての患者さんにとってよい影響を与えるわけではないと考えているからです。手術に対する不安が強い方には、過度に不安を煽ることがないよう注意しています。不安を抱えたまま手術を迎えると精神的な余裕がなくなってしまうこともあるからです。
また、患者さんが受けるべき治療について迷っていることも少なくありません。このような場合には、患者さんの迷いがなくなり安心して治療を選択することができるよう、十分な情報を提示するよう心がけています。
呼吸器外科医は、自分の仕事や患者さんへ思い入れがないとできない仕事であると考えています。私にとって、担当した患者さんの術後の経過観察は“家族の付き添い”のようなものです。それくらい強い思い入れを持ち、術後もしっかりと診させていただきます。
呼吸器の手術は、たとえ手術が無事に終わったとしても術後の経過が良好ではないケースも少なくありません。そのため、術後も目を光らせてしっかりと診るようにしています。休日であっても必要があれば術後の診療に出向くこともあります。
臨床を主とする私の仕事は、患者さんの手術を無事に完了し、その後の経過が少しでも良好なものであるよう観察・診療し、1日でも早い退院につなげることだと思っています。手術をきっちり終わらせるだけではなく、できるだけよりよい術後経過になっていることをしっかりと見届けたいのです。困難な手術を終えた後に「ありがとう」と言って無事に退院してくださったときは、とにかく嬉しいですね。
心臓外科の手術に携わっていた頃、周囲は皆自分の患者さんとその手術内容への思い入れが強い方ばかりでした。術後もとことん患者さんの変化を見るという現在の私のスタイルは、東京大学医学部附属病院 胸部外科講座に在籍していた頃の術後管理がルーツであるような気がしています。
定年が近づいている現在は、患者さんの手術や診療と同じくらい、後進の育成も私の大切な役割の1つです。後進を育成する立場になってみると、影響を受けた今は亡き恩師が思い浮かびます。それが
登先生には、外科医になったばかりの最初の2年程お世話になりました。外科医の基本から教えていただき、足を向けて寝られないと思うほど感謝しています。登先生はとにかく若手にも仕事を積極的に任せるような方でした。難しい手術であっても“自分が見ているから”と何かあったときのサポートを約束したうえで若手に任せることを大切にされていました。
若手医師のときには、手術のミスがトラウマとなってしまうことがあります。登先生は若手医師がミスをしたとしても、克服する機会を与える方でした。そうして、若手医師のトラウマを決して作らないのです。私は、成功体験はもちろん大切ですが、それ以上に失敗した経験がなければ、よい外科医になることはできないと思っています。失敗から学ぶものは、それほど大きいからです。
私も“不測の事態があったとしても自分がリカバーする”という意識で、ある程度後進に手術を任せるようにしています。うまくいかない場面があったとしても責めるのではなく、次はうまくいくよう共に修練を重ねることを大切にしています。
私は日本呼吸器外科学会が認定するロボット支援手術のプロクター(手術指導医)を取得しています。現在は、ロボット手術の指導のために、さまざまな病院を訪問させていただいています。自分の経験を所属する病院に限らず、ほかの医療機関にも広めていく活動に取り組んでいます。具体的には、ロボット手術の立ち上げから実施、アフターケアまでをサポートさせていただいています。
このロボット手術のプロクターの活動は、外科医人生の最後に与えてもらった大切な仕事だと思っています。当院の院長である
忙しくはありますが、広く患者さんのためになる活動に従事させていただいていることにやりがいを感じる日々です。
お話ししたように、最近ではロボット手術のプロクターの活動にも従事させていただき、呼吸器外科医として働いてきて本当に幸せだと思っています。私にとって、手術や診療をきちんと行うこと、そして後進を育てること、その両方が大切な仕事です。これからも呼吸器外科医として、どちらにも精力を注いでいくつもりです。
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北部地区医師会病院
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